第四話「誤解なんだ……」
「え? 刃太郎さんに、霊能力があるかもって?」
今日は、アルバイトが休みだったらしい。だから、有奈に頼み家まで連れて行ってもらうことにした華燐。当然、リリーもついてきている。
「うん。二人は見たんでしょ? 刃太郎さんが霊を祓ったところ」
「見ては……いないかな。私達、ずっと目を瞑ってたから、ね?」
「そうそう。あぁ……刃太郎さん。すごく頼もしくて逞しかったなぁ」
あの時のことを思い出し、うっとりした表情になるリリー。だが、その隣で華燐は一人考え込んでいる。
二人がもし刃太郎が霊を祓ったところを目撃していれば、それを理由にしてスムーズに話しかけられると、思っていた。
だが、見ていなかったのならしょうがない。
「え?」
「ん? どうしたの、有奈」
突如、有奈が立ち止まる。
どうしたのかと、有奈の視線を辿っていくと……そこには、刃太郎の姿があった。それだけじゃない。見知らぬ少女と一緒だ。
銀髪のツインテール。年齢は明らかに自分達よりも下に見える。
「あ、あれって……」
「じ、刃太郎さん……もしかしてあんな小さな子と!?」
「いやいや、さすがにそれはないと思うけど」
距離にして、五十メートルは離れているだろうか。どんな会話をしているのかは、聞こえないが。見たままを伝えると、刃太郎が頭を掻きながら歩いている横で、銀髪のツインテール少女がフランクフルトを突きつけ、何かを叫んでいる。
見ようによっては楽しげに歩いている、かもしれない。
「で、でもなんかいい雰囲気な感じするし……」
「リリー。動揺し過ぎだよ。ほら、有奈を少しは見習って……あー」
明らかに動揺しているリリーに対して、平常心を保っていると思っていた有奈を見た。そこには、ぷるぷると震えながらスマホのカメラ機能で二人の写真を撮ろうとしている姿があった。
まるで、浮気現場を目撃したかのように。その証拠として。
これは、二人ともだめだ。
これほど刃太郎が二人にとって大きいとは。そう思っていると、更に動揺させるような出来事が目の前で起こった。
「あっ、刃太郎さんがフランクフルトを食べた」
そう、銀髪少女のフランクフルトを刃太郎が食べたのだ。だが、明らかに食べさせたのではなく、食べられたというのが正しいだろう。
華燐の見立てでは、銀髪少女が刃太郎にしつこく付き纏っている。それに、イラついて刃太郎はフランクフルトを食べることで、彼女を動揺させようとした。
しかし、そう見えていない二人がいる。
その光景を見たことで、更に顔が青ざめていた。
「はわわわ!? あ、あーんまで!? そ、そこまでの仲なの、あの二人?!」
「しょ、証拠……証拠写真を……。やっぱりあの二人は」
「やばい。このままじゃ、二人とも失神しちゃうかも」
どうにかしようと行動に移る華燐だったが。
「あっ」
刃太郎、猛ダッシュ。そして、それを追いかける銀髪少女。一瞬にして、三人の目の前から姿を消した。これはこれでよかったのだろうが……この状況、どうしようか。
「かかか、華燐! どうしよう! どうしよう!?」
「ま、まあ落ち着いて。とりあえず、ほら。喫茶店に入って落ち着こう? 有奈も」
「……ま、舞香さんにほ、報告を……!」
これは、自分のことよりも先に解決させなければ話ができなさそうだ。
・・・★・・・
「たくっ。なんでお前がついてくるんだ? お前との用事はもう終わっただろ」
今日はちょっと遅くなるかもしれない、という連絡を舞香さんから貰い、俺はだったら買い物を代わりにしようと外に赴いた。
しかし、そこへ用事が終わったはずのバルトロッサ改めロッサがついてきていた。
途中で買ったフランクフルトを突きつけ、俺にこう言う。
「何を言うか! 貴様との決着がまだついていないというのに我が引き下がるわけなかろう! さあ、今日はいったい何で勝負をするのだ!!」
「しねぇよ。これから買い物なんだ。お前は大人しく、部下の家とやらに帰ってくれ」
未だに、俺との勝負に拘っているロッサ。だが、結局どの勝負も俺が勝っている。毎日ではないのだが、隙があらば俺に近づいてきて勝負を仕掛けてくる。
この間なんて、公衆トイレで勝負を仕掛けてきやがった。他にも人がいたからおかげで変な目で見られて大変だったんだよ……。
そうそう。こいつの世話をしている人間に転生した部下は、この近くにあるマンションで暮らしているそうだ。俺が住んでいるところとは別のな。
一人暮らしで、一般のサラリーマンなんだそうだ。なので、日中はロッサに小遣いを渡し、仕事に行くんだと。
正直、俺に構わず、元の世界に帰って欲しいんだが。どうやら、今のこいつの力ではあっちの世界に行くのは相当難しいそうだ。
一度、次元ホールでこっちの世界に来た時もかなり無理やりだったらしく、次うまく繋げられるかわからないと言っていた。
「買い物など、いつでもできるであろう! それよりも我との勝負だ!! さあ!!」
「あー! もう!! やらないって言ってんだろ!!」
しつこいので、俺は突きつけてきたフランクフルトへと豪快に齧り付く。
「あー!?」
「うん、うまい」
「き、貴様! 我のフランクフルトを!?」
「しつこいお前が悪い。いいか? 何度も言っているが、もう勝負を仕掛けてくるな。正直、疲れるからお前との勝負」
普通の人とやるならそこまでではないが、こいつの場合は多少なりとも力を出さなければ対抗できない。伊達に、魔帝じゃないってことだ。
……ん? この気配は。
ロッサと会話しているようなふりをして、俺は後ろに視線を向ける。
(……ふおお!? あ、有奈にリリー、華燐まで!?)
後ろには、なにやらすごく動揺している有奈とリリー。それを宥めている華燐の三人が。有奈にいたっては俺のほうにスマホを向けている? ま、まさかとは思うが証拠写真として撮っているんじゃ。
これは非常にやばいっところ見られてしまった。
本来であるなら、これは誤解だ! とか言えばよかったところ、俺はなんと。なにを血迷ったのか。
「刃太郎! いきなり走り出してどうしたのだ!!」
走り出していた。
おそらく、俺はロッサから離れれば誤解は解けるだろう思っていたのだろう。いや、違うかもしれない。もしかしたら……ただ逃げただけなのかも。
こうして、走ること数分。
俺は人がよく集まる商店街へと足を運んでいた。当然、ここには俺がバイトをしている山下書店もある。
「ふっ。俺、馬鹿なことをしてしまったな……」
「まったく、どうしたのだ? 急に」
「なんでお前がついてきている」
「貴様が逃げるからだ」
このままこいつを振り切ってしまえればよかったのに。周りが見えていなかったのか……はあ、家に帰った時の有奈の反応が怖い。
待て。有奈は、ロッサのことを知っているはずだ。ちょっとあれな紹介をしてしまったが。だとすると、変な誤解はされていないんじゃないか? ……いや、されているかもしれない。
あの表情とスマホをこちらに向けていたのが何よりの証拠。
「……もう買い物を早く終わらせて帰りたい」
そう思っていると。
「バルトロッサ様!!」
俺以外に魔帝の名前を呼ぶ者が。誰だ? と視線を向ける。
サラリーマンだ。
スーツ姿のサラリーマンだ。顔は……とても平凡だな。黒い髪の毛は丁寧に整えられており、買い物後だろうか。手には鞄の他にも食べ物が詰まった袋を持っている。
まさか、こいつが?
「おお。光太ではないか。なんだ、今日は早いではないか」
「はい。バルトロッサ様のことがしんぱ―――いえ、思っていたより仕事が早く片付きましたので。それよりも……誰ですか、こいつは」
明らかに、俺に敵意を向けている。
ロッサの前に立ち、彼女を護る体勢に。やっぱり、こいつが元部下ってやつか。
「いや、俺は」
「紹介しておく。刃太郎よ、こいつが我の元部下ジルファー改め松田光太だ。光太よ、貴様は知らぬだろう? 実は、こいつが我を殺した勇者刃太郎だ!」
おいおい、そんな大きな声で勇者とか、殺したとか言わないでくれ。ここ、商店街で今の時間帯が特に多いんだからさ。
「貴様が……! そうか、勇者としてまたバルトロッサ様を!」
「いや、だからな? 俺は、そういうんじゃ。別に、そいつのことなんか」
痛い……周りの視線がすごく痛い。
まるで、俺が女の子に攻め入っているようじゃないか。違うんだ。違うんです。逆に、俺が女の子に攻め入られているんです。
しかも、こいつ中身は男ですから! と言っても信じてくれないだろう。
「こほん……あのさ。俺、これから買い物があるんだ。お前もさ、迎えが来たから。もう、な?」
「……仕方あるまい。今日のところはお預けだ! だが、次こそは貴様を葬り、従わせてやる!! 覚悟するのだな。ふっはっはっはっは!!!」
「ぺっ!」
「……」
俺が何をしたっていうんだ。周りの視線に堪えながら、俺はスーパーへと赴き買い物をした。とても、憂鬱だった……。
ちゃんと誤解を解いておかないとな。もしも勘違いしていたら。
だ、大丈夫だ。あの子達は、とても純粋だからきっと誠意を込めて説明すればきっと……きっと、誤解は解けるはず! はず……。
正直、ハーレム系の主人公ってすごく大変だよね……。




