第十五話「停止する世界」
「お待たせしたのです、オージオ様。ニィーテスタ、リフィル。二柱が地球から一時帰還したのです」
「あたしは、早く帰って、イベントの続きをしたいので用件は早めにお願い致します。オージオ様」
創造神であるオージオに呼び出され、一時ヴィスターラに帰還したニィーテスタとリフィル。オージオは、いつのものように一面の花畑の中で、岩にどっかりと座っていた。
しかし、いつもと違うところがあった。
なによりも大好きな酒を飲んでいたのだ。これには、ニィーテスタはもちろんのことリフィルも首を傾げる。
「おう。来てくれたか」
「どうしたのですか? 何よりも大好きなお酒を飲んでいないだなんて」
「それだけ深刻なことが起こっている、ということです」
めがねの位置を直しながら、グリッドはいつも以上に真剣な表情で現れた。
「なにが、起こったのですか?」
「あぁ……実はな。ヴィスターラがまだ出来て間もない頃だ。俺が、まだお前達を創っていない。一人でヴィスターラを監視していた時、別世界から侵入してきた奴がいてな」
「そんなことが」
ニィーテスタやリフィル、グリッドが創造されたのはヴィスターラが創造されてからすぐではない。順調に文化が発展していき、人々が活気になってきてから。
オージオ一人では、監視しきれない頃からだ。
もちろん、自分達が生まれる前の話は少しずつだが聞いたことがある。しかし、大半はオージオによるこんなことがあったけなぁ、という酔いながら明かされる軽い話。
だが、今から語られるのは一切酔っておらず、オージオにとっても真剣な話なのだろう。
「そいつは、出来たばかりのヴィスターラを我が物にしようとたった一人で俺に立ち向かってきた。だが、勝ったのは俺だ。じゃなきゃ、今のヴィスターラはねぇからな。けど、そいつを完全に殺すことはできなかったみてぇなんだ」
「どういうこと?」
「そいつは、死んでも時を得て記憶を受け継いだまま転生するらしくてな。んで、その転生先なんだが」
ニィーテスタは、いやリフィルも察した。
なぜ自分達が呼び出されたのか。
そう、そのオージオが倒した敵が転生した場所。
それが。
「地球、ということね」
「ああ。まったく、想定外だ。俺自身が地球に赴いた時、気づかなかっただなんて……いや、その時は奴もまだ力に目覚めていなかったんだろうな。だから、うまいこと俺に気づかれずに済んだ」
「でも、こうしてオージオ様が気づいたということは。もうそいつは力に目覚めている、ということなのですね?」
ああ、その通りだ。
深いため息を漏らしながら、オージオは頷く。なんということだ。これから、年末年始で盛り上がろうとしている頃に。
このままでは、楽しい思い出がなくなってしまう。
「……まあだが」
なんとしてでも、そいつを! と張り切っていたが、オージオは空を仰ぎこう呟いた。
「転生したのが、地球で尚且つ人間だ。俺と戦った時よりも格段に弱いはずだ」
「では、即刻そいつを見つけ出し消去を」
「ああ。だが、それは奴も予測しているはずだ。その証拠に、すぐ力を抑えて気配を絶った」
「そんなの関係ないわよ。年末年始はイベントが盛りだくさんなのよ。それを邪魔するっていうなら、あたしも久しぶりに本気を出してやるわ!」
いつもはのらりくらりとしているリフィルだが、今回に限ってはやる気があるようだ。いや、それはニィーテスタも同じだ。
せっかくの年末年始を台無しにされるわけにはいかない。
「ほう。それは頼もしいものだな。だが、貴様らには地球へはいかせぬよ」
「……おいおい。ここが、ヴィスターラの創造神オージオの聖域とわかっての侵入か?」
聖域の空間が割れる。
そこから、のっそりと現れたのは邪悪な力を放つ者達だった。ただの邪悪な者達ではない。聖域への強制的な侵入。
こんなことができるのは、神々に対抗できるほどの力を持っているということだ。
一人は、屈強な体つきで右手には巨大な大剣を持っている。
「知っているとも。だからこそ、俺達は攻めてきたのだ。平和ボケをしている馬鹿な神々を落とし、今度こそこの世界を奪うためにな」
「まったく。奴の復活が遅いせいで、俺達が腐っちまうところだったぜ」
と、ぎょろりと不気味な雰囲気を放つ目玉がついた槍を持つ色白の男が呟く。
「やっぱり、お前らはあいつの仲間か。ご苦労なこったな。あいつが復活するのを待っているなんて」
「あいつが作戦の立案者だ。俺達は、規律に、作戦を忠実に実行する」
「ちなみに次元移動は使えないぜ? 俺達を倒さない限りなぁ!」
「さあ、あなた方の魂……いただけるかしら?」
最後に決め台詞を言ったのは、紅一点の腕や足などに刃をつけたお色気たっぷりな女性。腕に装着されてある刃を舐め戦闘体勢に入った。
オージオも、いやニィーテスタ達も感じている。
この三人は、強いと。
だが、それでも。
「邪魔なのです!!」
「邪魔よ!! あたしは帰ってイベントをやらなくちゃならないのよ!!」
自分達は、神々。こんな奴らに負けるわけがない。そして、早く地球に戻り刃太郎達にこのことを知らせなくては……!
・・・★・・・
「……」
俺は、時計をじっと見詰めている。
現在の時刻は十一時五十八分。
そして、現在は十二月三十一日。
つまり、後二分で今年が終わり、新たな年を始まろうとしている。そうだと言うのに……。
「ニィちゃんもリフィルさんも戻ってこないわねぇ。せっかく、人数分の年越しうどんを作ったのに……」
舞香さんが、器に入っているうでんを見詰めながらはあっとため息を漏らす。
そう、数日前にヴィスターラに一時帰還したニィとリフィルがまだ戻ってきていないのだ。年越し前には絶対戻ってくると約束したのに。
それだけ、あっちで何か問題が起こっているということなんだろうが。
「だ、大丈夫だよ! まあ、ニィやリフィルさんと一緒に年を越せないのは残念だけど……それでも、二人なら絶対戻ってくる! だから、笑顔で年越しをしようよ。ほら! カウントダウンが始まったよ!」
有奈の言う通りだ。
あいつらは、絶対戻ってくる。ニィはもちろんのこと。リフィルの場合は、年末年始にはゲームのイベントが盛りだくさんだからな。
それを逃すなんてありえない。
だから、絶対戻ってくると信じて。
「それじゃ、一緒にカウントダウン! 三!」
「二!」
「一!」
ゼロ!! と一緒に叫ぼうとした刹那。
空間が何かの力に包み込まれた。
バッと即座に立ち上がり、俺は周りを見渡す。だが、どこにも違和感は……いや、これは。テレビが停止している。
それに時計も。
いや時計だけじゃない。
「舞香さん? 舞香さん!!」
だめだ。完全に停止している。まるで、時を止められたかのように。
「お、お兄ちゃん。これって……どういうこと?」
「有奈!? お前は、無事、だったのか?」
「う、うん。なんとか」
舞香さんが停止して、どうして有奈は無事なんだ? それに、この現象は。どういうことかさっぱりだったところに、次元ホールが出現する。
そこから現れたのは、傷ついたニィとリフィルだった。
「や、やっぱり間に合わなかったわね……あぁもう! 体が痛いー!!」
「じ、刃くん。ごめんなさい、なのです。もっと早くこっちに戻ってくれていれば……いたっ!?」
「どうしたんだ二人とも。傷だらけじゃないか」
この二人が傷ついたところなんて初めて見たかもしれない。
まさかこの現象と二人が傷ついているのには関連性が。
「お兄ちゃん! て、テレビ見て!!」
「テレビ?」
有奈の驚いた声に、俺はテレビのほうへと視線を向ける。今まで停止していたテレビは真っ暗な画面となっており、ノイズのようなものが現れる。
そして、徐々にそれは形を成していき、人の姿に。
『さあ、今動いている選ばれし諸君。ゲームを始めよう』
こいつが、時間を停止させた張本人……!




