第九話「恋する乙女の試練」
「やっぱり、クリスマスイヴだから人が多いな。これは、早めにプレゼントを選ばないと欲しいものがなくなってしまうぞ」
まだ朝早い時間帯なのに、ショッピングモールは人で溢れていた。
俺達も早めに来たつもりだったのだが、他の人達はもっと早く来ていたようだ。
「そうですね。刃太郎さんは、どんなものを買うのかは決まっているんですか?」
「うーん。それがずっと考えているんだけど、まだ決まっていないんだよ。俺、本当に誰かにプレゼントするなんて経験が少ないから。そう言うリリーは決まっているのか?」
「じ、実はあたしもまだなんです」
一緒に並んでショッピングモールを歩きながら、俺達はお互いにどんなプレゼントにするかを決めていないことを知り、笑いあう。
「じゃあ、一緒に考えながら店を回るか」
「は、はい!」
それから、まず訪れたのは小物売り場だ。
こういうところは、やっぱり女性客が多く、小さな人形や、アクセサリーなどを楽しそうに選んでいる。中には、クリスマス仕様の小物もあり、俺はその内のひとつを手に取った。
「これもなかなか良いけど、やっぱり買うとしたら、もう少し大きいものがいいな」
俺が手に取ったのは、よくありそうな猫のキーホルダーだった。だが、違うところは、赤いサンタ帽子を被っていたり、メリークリスマスとロゴが追加されているところ。
クリスマスのプレゼントだ。
受け取った人達が驚いたり、喜びそうな。
大きなプレゼントが好ましいだろう。とはいえ、あまり大きすぎてもだめだろう。中にも、小さくても気持ちが篭っていれば、なんて意見も少なくはないけど。
それでも、今年最後の一大イベント。
こっちの世界に帰還してから、半年。
半年だが、色んな人達に出会って、色んな出来事があった。それを記念するようなプレゼント……いやいやさすがに重過ぎるか。
もっと気軽に選んだほうがいいのかな。
「どうだ? リリー。そっちは、何か決まったか?」
隣で、色んな小物を見ていたリリー。
見ると、スマホを操作してた。
どうやら、LINKで誰かと連絡を取り合っていたようだ。俺に声をかけられ慌ててスマホを隠した。
「す、すみません。こんな時に、スマホを操作したりして」
「いや別に気にしてないって。それよりも、どうだ? ここに良いものはあったか?」
「そう、ですね。個人的に欲しいものはありましたけど。クリスマス用のプレゼントとしては……なかったです」
「ちなみに、欲しかったものっていうのは?」
俺の問いかけに、え? と反応するもすぐその物を指差した。それは、猫同士が頬を擦りあっている可愛らしいキーホルダーだった。
しかも、それもクリスマス仕様。
ロゴに、いつまでも仲良く! と。どうやら、これはペアキーホルダーらしく、取り外し可能。互いに一匹の猫を持っているとより仲がよくなるぞ! と書いてある。
俺はそれを手にして、レジへと歩いていった。
「あ、あの」
「一緒に買い物に来た記念だ。俺もこれからリリーと仲良くしていきたいからな」
購入したキーホルダーの猫を取り外し、その一匹を笑顔と共に渡した。これからも仲良くしていこうぜと。
すると、ボッと顔を赤くして突然ふらふらと酔っ払っているかのように店から出て行く。
「はうあ……あう、あう……」
「お、おい。大丈夫か?」
「ひゃい……だ、大丈夫です」
本当に大丈夫なんだろうか。もしかして、風邪を引いているんじゃないだろうか? それなのに、俺との約束があるから無理してきたとか。
はっ!? まさか、俺が待たせ過ぎたからか!? そう思った俺は、ちょっと失礼とリリーの額に手を当てどれくらい熱があるか計ったみた。
「結構あるな」
「だだだ、大丈夫れす! 風邪とかじゃないので!! さ、さあ!! 次のお店に向かいましょう!!」
「ほ、本当に大丈夫なのかぁ!? ちょ、リリー!! 待てって!!」
突然逃げるように走り出すリリーを追いかけ俺はショッピングモールで走り出す。これから、二分ほどかけっこが続いたのであった。
・・・☆・・・
「さすがクリスマスイブ。でも、これだけ人がいれば、簡単には気づかれないよね? 華燐ちゃん」
「うん。それに、気づかれたとしても刃太郎さんからしたら。私達もここにプレゼントを買いに来ているんだと思うだろうし。いくらでも、言い訳はできると思うよ」
そして、刃太郎達は現在、小物がたくさん売られている店に入っていた。そこで、有奈達は目撃する。刃太郎がペアのキーホルダーを手にしたことを。
それを購入し、一匹取り外してリリーに渡した。
「お、お兄ちゃん絶対気づいてないよね、あれ」
「う、うん。たぶん、本当に仲良くなりたいってだけで買ったんだと思う」
しかし、その純粋な攻撃をまともに受けたリリーは、相当なダメージを受けている。ふらふらと危ない足取りで店から出てしまった。
「わぁ……お兄ちゃん、容赦ないなぁ」
目撃したのは、ダメージから回復していないリリーに対しての追撃。風邪を引いているのだと勘違いをしているようで、額に手を当てていた。
それにより、リリーは限界を突破する。
脱兎の如く、その場から逃げだすリリー。突然の猛ダッシュに驚きながらも見失わないように追いかけていく刃太郎。
ショッピングモールは軽く、騒ぎになった。
「……ちょっとは落ち着いたみたいだね」
「でも、油断はできないよ。またお兄ちゃんの天然攻撃がリリーを襲うかもしれないから」
ショッピングモールでの追いかけっこは終わり、現在は子供のおもちゃから人形、ゲーム機まで色んなコーナーが集まった場所を訪れている。
先ほどのこともあり、二人には若干の距離がある。
「リリーからだ」
LINKに連絡が入る。スマホを取り出し、身を隠しながら視線を落とす。
《始まったばかりなのに、もう限界だよぉ!! た、助けてぇ!!!》
刃太郎が、最新のゲームソフトを見ている後ろで、リリーはいそいそとスマホを操作していた。
《お、落ち着いてリリー。ここで、止めちゃったらこれからもこんな風になっちゃうよ!》
そう、リリーは恋する乙女。
恋愛には興味津々だが、いざ自分が体験すると恥ずかしさのあまりすぐ逃げてしまう。もっと積極的にと言っても、乙女心がそれは無理だよ! と邪魔をする。
だからこそ、クリスマスイヴのようなイベントで多くを経験し、これからに生かそうと提案したのだ。それはリリー自身も承諾したこと。
《お兄ちゃんの予想外の攻撃に負けないで! ファイト!!》
《で、でもでも! もう刃太郎さんの目をまともに見れないよぉ……》
と、顔を赤く染め顔を手で覆っているアニメキャラのスタンプを送ってきた。
「あ、お兄ちゃんが動いた!」
どうやら、次に向かおうとリリーに話しかけるようだ。背後から話しかけられたリリーはひゃあっ!? と声を上げてしまう。
周りには人もいて、どうしたんだ? と見られていた。
それに対し、刃太郎は周りに頭を下げながら、リリーの手を引いてその場から立ち去っていく。
「あー! 今のリリーちゃんに手を繋ぐ行為はぁ!」
「た、堪えてリリー。これも、試練だよ!」
もはや、デートというよりも、人見知りの妹を兄が人ごみから連れて行く、みたいな光景である。リリーは、終始恥ずかしそうに俯いたままだった。
そして、そんなリリーから今の気持ちが送られてくる。
うつ伏せに倒れ、魂が口から抜けていくアニメキャラのスタンプだった。




