第二話「屋敷の幽霊」
「ごめんねぇ、こんなこと頼んじゃって」
「いやいや。これぐらいならどうってことないですよ」
今日はアルバイトが休みだ。
なにをしようかと考えていると、舞香さんが俺のことを呼んでいたので、なんだろう? と赴く。どうやら、隣に住んでいる木村さんがいらなくなったものを捨てようとダンボールに溜めたのはいいけど、持ちきれないほどの重さになったそうだ。
だから、俺が呼ばれたんだ。
ダンボールは二つ。
どれも結構な重さだ。だけど、今の俺にとって二つ同時に持つことさえ容易。
「よいしょっと」
「あら、すごいわね。二つ同時なんて」
「ははは。俺、意外と力持ちなんですよ」
余裕の笑みで、俺はダンボール二つを持っていく。ちなみに、これは現在木村さんの親戚が来ているらしく、その親戚に渡すそうだ。
どうやら、木村さんの親戚の朝山さんは、古くなったものを集めるのが趣味らしい。
「こっちだ! こっち!!」
ワゴン車の前にいる小太りのおじさん。
彼が、朝山さんのようだ。
俺はそのまま、荷台にダンボール二つを置き朝山さんに一礼する。
「いやぁ、一人で二つも持ってくるなんてね。君、中々良い筋肉しているじゃないか」
「それほどでもないです」
「……刃太郎くん、だったかな?」
「はい、そうですけど」
何か俺に言いたそうにしている。また、何かを運んで欲しいということだろうか?
「よければ、なんだけど。とある屋敷からあるものを運んで欲しいんだ」
「屋敷?」
「ああ。屋敷の元住人さんからは許可は貰っているんだが……ひとつのもののために業者に頼むのもあれだし。これから取りに行くんだけど。他の知り合いも用事があるって言っていてね……」
どうやら、朝山さんが言う屋敷というのはここから来るまで十五分ほどかかるところにある古い屋敷のことを言っているようだ。
そこは、大分老朽化が進んでおり、来週取り壊しが決定したようなのだ。取り壊しが決定したことで、屋敷にある必要なものだけが運ばれ、いらないものはそのまま取り壊すそうで。
でも、その屋敷に残されているものの中に朝山さんが欲しがっているものがあるとか。そこの屋敷の人とは昔知り合い仲良くなったことで、快く頼みを受け入れてくれたそうだ。
「それに……」
「それに?」
「若い者の噂なんだけどね? どうやら、あの屋敷には……幽霊が出るんだってさ」
これまた定番な。
おそらく、若者達が夜遅い時間にその屋敷に侵入してちょっと早めの肝試しでも始めたんだろう。古い建物での肝試し……よくあること。
「その幽霊がなにか?」
「うん……それがね、その幽霊。どうやら僕が欲しがっているものの近くで出るようになったんだってさ。あ、ちなみに僕が欲しがっているのは箱なんだけど。まるで宝箱のようで、ものを詰めたくなるほどのものなんだよ」
その箱だが、朝山さんは実際に見たことはないようだ。その屋敷の持ち主に写真で見せてもらっただけ。だが、一目見た瞬間、これが欲しい! と思ったようで。
「へぇ。それってこのダンボールぐらいの大きさと重さなんですか?」
「うーん、大きさはもうちょっとあるかな。重さは……大分重いって聞いている。なにせ、鉄も使われているからね」
なるほど……それは結構重そうだ。
「わかりました。俺も丁度暇していますし、手伝いますよ」
「おお! ありがとう! まあ、幽霊に関しては大丈夫だろう。どうせ、出るのは暗くなってからだろうし」
そうだと思いたいな。
それにしても幽霊か……あっちの世界で何度か見たことがあるけど。こっちの幽霊はどんな感じなんだろうな。
ちょっとだけ、幽霊のことが気になりつつも、俺は舞香さんにちょっと手伝ってくると伝えて朝山さんと共にその屋敷へと向かった。
・・・★・・・
「さあ、僕がそこまで案内するよ」
屋敷に到着した俺達は、さっそく中へと入っていく。目的のものは、どうやら屋敷の左端にあるようだ。蜘蛛の巣、埃、崩れた後。
かなり放置されているというのが伝わってくる。
「ん?」
「どうしたんだい?」
そこで俺は気づいた。埃が床に大分溜まっているのだが……。
「足跡……それも複数ありますね」
「あー、たぶん肝試しに入った子達のものだろうね。昨日も侵入したんだろうさ」
靴の大きさから考えて、おそらく女子。
俺も、そこまで正確にわかるわけじゃないが……これは大分新しいな。靴跡のところに埃が溜まっていないのが何よりの証拠だ。
もし、昨日入ってきたのであれば、多少なりとも埃が溜まっているはずだ。靴跡の方向は、俺達と逆方向だな。
「刃太郎くん。こっちだよ?」
「あ、はい!」
気になるが、今はこっちが最優先だ。
運ぶものを運んでおかないとな。
一番左まで行くのに、ドアは二つ。ひとつは客室で、もうひとつは書斎なんだそうだ。だが、もう書斎には本一冊すらない。
そして、俺達がこれから行くところは物置部屋。その奥に、お目当ての箱が置いてある。
「ここだ。さあ、鍵を開けるよ」
部屋に行くまでは何事もなく。となると、この部屋に入ってからか? 特に何も感じないんだが……異世界で力をつけたとはいえ、俺は霊能力者じゃないからなぁ。
そこまで、幽霊を感じる力はないのか?
朝山さんが、開錠し俺が先に中に入る。周りを見渡すが……特に何もない。大分、ものは持っていかれているらしく、残っているものは壊れたものばかり。
「おっ。あれだ! あれだよ、刃太郎くん!」
窓から差し込む日差しに照らされている箱。
確かに、宝箱っぽい形をしている。
「じゃあ、持ちますね」
「気をつけるんだよ。……やっぱり、僕も手伝おうか?」
「いやいや。これぐらい一人で十分!」
ダンボールより確かに重いが、これぐらいならどうということはない。片手でも持ち上げられると思うが、ここは常識的な方向で。
「おお! 本当に持ち上げてしまうとは。知り合いからは、大人でもきついと聞いていたから心配していたんだ」
それでも、軽々と持ち上げたことで驚かれてしまう。
「さ、早く行きましょう。じゃないと幽霊が出てきそうです」
「はっはっは。そうだね、幽霊が出ないうちに行くとしようか」
などと、冗談を言い合いつつ俺達は何事もなく屋敷から箱を運び出し、ワゴン車の荷台に乗せた。
「ありがとう、刃太郎くん。これは、少しだがお礼だよ」
そう言って、二千円を渡してくる。
「多過ぎじゃないですか? ただ、箱を運んだけですよ?」
「そうかい? 僕は別に構わないよ」
「じゅ、ジュースだけで十分です!」
「まあまあ、そう言わずに。君も、色々あって大変だろうから。テレビで見たよ? 神隠しにあって、記憶がないんだってね」
「ま、まあ」
本当は、記憶なんて失っていないんですけど。
「支援金だと思って」
「……はい。ありがとうございます」
人の好意は、素直に受け取れ、かな。とはいえ、箱を運んだだけで二千円……普通にバイトをしていたら無理な金額だな。
こんな短い時間で二千円なんて。五分も経っていない。
「それじゃ、帰ろうか」
「はい」
と、鍵を閉めようとした刹那。
「きゃあああっ!?」
「ひゃあああっ!?」
少女らしき二人の悲鳴が屋敷内から響いてきた。
「今のは……まさか、中に人がいたのか?」
さっきの声。
俺は、知っている。
「朝山さん! 俺、ちょっと行ってきます!!」
「あ! 刃太郎くん!?」
声が響いたのは、右方向。
足跡は二階のほうにも続いていた。それに……なにか感じる。これは、幽霊のものか? くそっ。気配察知能力をもうちょっと高めていれば!
迷うことなく、俺は二階へとあがっていき、一番奥のドアを乱暴に開けた。
「大丈夫か!!」
その部屋にいたのは……やっぱり、有奈とリリーだった。互いに抱き合いながら震えていた二人だったが、俺の存在に気づき、大慌てで抱きついてくる。
「おおおお、お兄ちゃん! で、出た! 出たぁ!?」
「出たんです! 出たんですよ!?」
いかん。
両側から巨乳美少女。
男としては幸せではあるが……ぐっと堪えるんだ。二人は、明らかに動揺している。そして、この屋敷で出た、というのは。
「……」
物が浮いている。
これが噂のポルターガイストってやつか。さて、それを操っているやつは……。
『きひひ! 怖がってる怖がってる。うっひょー!!』
見つけた。
なんだかチャラそうな幽霊だな。服装も、現代っぽいし。
「おい、お前」
『は? ……え? もしかして、俺のこと見えてる?』
「当たり前だ」
どうやら幽霊は、見えるはずがないと思っていたらしく。話しかけられて驚いている。
「お、お兄ちゃん、誰と喋ってるの?」
「まさか……幽霊とですか?!」
「まあ、そうだな」
俺は二人に抱きつかれたまま、幽霊と会話を続ける。
「おい、幽霊。大人しくここからっていうか、この世からいなくなってくれないか?」
『はっ! 誰が!! 俺は、このまま気安く肝試しにきた奴らを驚かせてやるぜ!!』
この屋敷が取り壊されるって知らないのか、こいつは。
「どうしても成仏してくれないか?」
『するかよ! つーか、俺に指図すんじゃねぇよ! ボケが!! 俺の力、受けて見やがれっ!!』
叫び、椅子を飛ばしてくる。
はあ……しょうがねぇな。
「そい」
軽く魔力を込めて、それを飛ばす。椅子は俺が受け止め、魔力はそのままチャライ幽霊に当たった。
『うおおおおおっ!? な、なんじゃこりゃああ!? か、体が……きえ……』
霊能力者ではない俺だが、あっちの世界で魔力によるダメージで幽霊を消滅させたことがある。幽霊が消えたことで、浮いていたものは床に落ちる。
「ひぐっ!?」
「ど、どうなったんですか? 刃太郎さん?」
「あー、大丈夫だ。幽霊はどっかに行っちまったよ。俺達も今のうちに屋敷の外に出ようぜ」
もう幽霊はいないが、二人は怖がったまま俺から離れてくれない。
屋敷から出ると、すぐ朝山さんが駆けつける。
「その子達が?」
「はい。実は、俺の妹と友達なんですよ」
「おお、そうだったのか。無事でなによりだった……」
「おい、二人とも。もう屋敷の外だぞ? もう幽霊は出てこないって」
そうして、やっと俺から離れる二人。
近くの自動販売機で買ってきたジュースを飲みながら、二人がどうしてこの屋敷に来たのかと聞いてみたところ。
「実は、友達が先日肝試しの時なんですけど。幽霊から逃げる際に、財布を落としたんです」
「その子は、もう怖くて取りにいけないからって、私達が代わりに」
友達とは華燐のことではない。他の友達のようだ。ちゃんと目的の財布は発見できたのだが、その直後にあの幽霊に襲われた、ということだ。
「そ、それにしても刃太郎さんすごいですね! 幽霊と会話ができちゃうなんて! ね? 有奈」
「……う、うん」
まあ、無事で何よりだ。
「おーい、二人ともー!」
「華燐?」
安堵していたところに、華燐が手を振ってこっちに近づいてきていた。
「華燐ー!!」
「怖かったよー!」
「うわっとと……まったく、あんな頼み引き受けるとか。どんだけお人よしなの? それに、行くときは私に声をかけてって言ったじゃん」
華燐へと一斉に飛びつく二人。
本当に仲がいいな、この三人は。まるで、大きな妹二人をあやしているかのようだ。微笑ましい光景だなぁ……俺も、有奈を撫で撫でしたい。
「……あれ?」
「どうかしたか? 華燐」
ふと、屋敷のほうを見詰めた華燐が首を傾げる。
「いえ、なんでもないです。ねえ、二人とも。幽霊に会った?」
「そりゃーもう! めちゃくちゃ物が浮いててさ!」
「でも、おに……兄貴がなんとかしてくれたんだよ」
有奈ぁ! そこはそのままお兄ちゃんって言ってくれー! 屋敷ではあんなに言ってくれたのに……!
「刃太郎さんが?」
「ま、まあな。やってみるものだな! 消えろ! って言ったら消えてくれんだよ。結構、聞き分けのいい幽霊だったぜ?」
うーん、我ながら結構下手な嘘だ。魔力で、消滅させました! なんて言ってもね。
「そう、ですか」
「ん?」
どうしたんだろう、華燐は。何か、知っているっていうか。意味深な反応だな……。だが、華燐はそれ以上は何も語らず、三人仲良く帰っていった。
俺は、荷物を下ろす作業があるのでこのまま朝山さんについていくことに。
……それにしても、二人とも大きかったな。
柔らかさは、有奈が……いや、リリーも中々だった気が……やべ、思い出したら息子が。
し、静まるんだ! 俺の息子よ……!
「どうしたんだい?」
「い、いえ。なんでもないです」
これだから童貞は……くそっ。その後、ワゴン車の中で、俺は若干前かがみになりながら息子が静まるのを待っていたとさ。
巨乳美少女二人に挟まれるとか……想像しただけで……うっ! あ、すみません。
エッチぃことはだめですね、はい。自重します。




