第二十四話「話がある」
「それで、その後キャロルの様子はどうだ?」
「とても礼儀正しくて、家の家事なども積極的に手伝っています。なんだか、欠点がない完璧超人! って感じですね。正直、女の子として自信をなくしそうになりました……容姿も性格も家事も完璧なんて」
「ま、まあまあ。人には得て不得手があるんだから。あんまり、完璧な人と比べるのはよくないよリリー」
キャロルが訪れた週の土曜日。
あれから、彼女は凪森家にお世話になり続けている。未だに、啓二さんのことを狙っているようだ。何度か、会社の駐車場や一人で買い物に行った時などに襲われていると聞いた。
だが、それは襲撃というよりも正面から堂々と来たので啓二さんも容易に対応できたとも話していた。
「うんうん。それに、完璧そうに見えて何か不得手なことがあるかもしれないよ。なにか、一緒に暮らしていて気づいたこととかないの?」
と、落ち込んでいるリリーへと有奈が問いかける。
あいつの不得手なことか。
アニメや漫画なんかでは、ああいう性格の子は案外恋愛系が不得手っていうのは定番だが。キャロルの場合はどうなんだろうな。
「そう言われても、隙がないっていうか。常に完璧を! て雰囲気があって……あっ、そういえば」
どうやら、何かあったようだな。
「なんだか熱心にライトノベルを読んでいました。最近発売された新作です」
「あー、それは多分山下書店に来た時に俺がふざけてオススメしたやつだな」
ちゃんと読んでくれていたのか。
てっきり、あの時は流れというか。性格的に、店に訪れておいて何も買わずになんて、という感じで仕方なく買っていったのかと思ったが。
やっぱり、根はいい子なんだな。
「しかもですよ。ちゃんと椅子に座って読んでいたんです。あたしなんてベッドに寝転がりながらだったのに! やっぱり、育ちがいいとこうも違うんだなって……」
「こ、こらこら。だからマイナス方向に待っていかないの!」
「そ、そうだね。あっ、そうだ! 意外と面白かったことがありました」
「お? なんだ?」
再び落ち込んだリリーだったが、華燐言葉に元気を取り戻し話を続ける。
「すごい感情移入をしていたんです。なんだか、そんなのありえない! とか。そこは、もっと攻めるべきよ!! とか。清楚な印象でしたが、ああいう一面もあるんだなって。いや、そっちが素なんでしたっけ」
そういうタイプか、キャロルは。
俺がオススメした新作のあらすじを簡単に言えば。舞台は日本で、主人公がマーケットでたまたま目をつけた玩具の剣。本来は、姉の息子へのプレゼントと思い買ったものだったが、なんと聖剣だった。
しかも、その聖剣は一本だけじゃなかった。何本も存在しており、それぞれ違った特殊能力を持っている。主人公は、いつの間にか聖剣使い達の争いに巻き込まれてしまい……という感じ。
マーケットで聖剣を買うという導入以外は、よくある巻き込まれ展開だが。それほど感情移入できる作品だったのか?
「そっちが素だろうな。まあ、ともあれだ。啓二さんのほうは、キャロルの親に連絡を入れておいたらしいから。近々なんとかなると思う。話じゃ、そっちに迎えに行くって言っていたから。伝えておいてくれないか?」
「あ、はい。わかりました」
さすがに、こう何度も襲撃をされるのは堪える。背後から襲われないだけ、まだマシだとは言っていたけど。話では、友達の家に泊まりに行くと伝えていたらしく。父親も、初めて嘘をつかれたことに驚きつつものん気に笑っていたらしい。
まあそれは、啓二さんのことを信用してのことなんだろうな。簡単には、やられないだろうという。
「そういえば、キャロルちゃんって。普段は何をしているのかな」
「そりゃあ……啓二さんを倒す算段を考えているんじゃないか?」
有奈の疑問に俺はそう答えたが、俺も実際なにをしているかなんてわからない。リリーの話では、毎日のように外に出かけているそうだが。
キャロルは十五歳だったな。
まだ学校に通っている年齢だ。学校に通っているとしたら、休学をしている。もしくは、学校に通っていないとか?
・・・★・・・
「おっかいもの~。おっかいもの~。刃くんと一緒にお買い物なのです~」
「楽しそうだな。それで、シェフ。今日の献立はなんでしょうか?」
次の日の昼時。
夕飯の買い物をするために、俺はニィと一緒に買い物に来ていた。久しぶりに、二人で出かけるということで大喜びだ。
「うーん……やっぱり、寒い時期になってきたので。おでんに挑戦してみたいのです!」
「おでんか。いいんじゃないか? 好きだぜ、俺」
そう考えると、買うものは……ん? スーパーへと向かおうとした時だった。ゲームセンターから仲良く出てくる少女二人を目撃。
一人はロッサ。もう一人はキャロルだった。
二人とも、息切れをしており睨み合っている。
「やるではないか。退魔士の小娘よ。我とここまで戦うとは」
「悪魔、なんか……負けていられない、のよ!」
とはいえ、ロッサのほうが優勢のように見える。
「なにやってんだ、お前達」
「おお、刃太郎ではないか。なに、この小娘が我を倒すと言うのでな。まずは、ゲームで我を倒してからにするのだな! とここで勝負をしていたのだ」
……こいつも本当変わったな。
最初の頃なら、真っ先に本気の戦いに持ち込もうとしていたのに。まあ、それはいい方向に行っているから俺はよしとしよう。
「それで、どっちが勝ったのです?」
「ふむ。一勝差で我が勝っている。だが、こやつも負けず嫌いでな。まだ戦えると諦めぬのだ。だから、他の場所へ移動しようとしていたところだ」
「他のところと言うと、ここからだとあの廃ビルにあるゲームセンターが近いのです」
「そこへ行くつもりだ。……ん? おい、どうした」
キャロルは、じっとニィのことを見つめていた。
もしかして、こいつが神だってことに気づいているのか?
「あ、あの失礼ではあるのですが。あなた様は……」
「神様なのですよー」
あっさりばらしてしまう気軽な神様であった。それを聞いた、キャロルは慌ててその場で膝をつき頭を下げる。
「あ、でもこっちの世界の神様ではないので。かしこまる必要はないですよ」
「で、ですが」
「それに、周りの視線も考えたほうがいいのです。さっ、立って立ってなのです」
確かに、そうだな。今日は日曜日で、更に昼時だ。人通りも多いから、普通に視線が集まってしまう。それに気づいたキャロルはすぐに立ち上がり、こほんっと咳払い。
冷静さを保とうとしているが、顔は蒸気しており真っ赤である。
「しかし、御身はなぜこのような下界に? しかも、このような男に」
ギロリと睨まれる俺。
こいつの中では、俺ってどんな風になっているんだろう。なんだか、リリアが増えたような感じだな。
「刃くんとは、とーっても仲良しなのです。今も、今晩の買い物に行くところだったのですよ」
「仲良し?」
「はいなのです。そこにいる銀髪とも一応仲がいいのです」
「誰が仲良しだ。我は、そいつと仲良しになったつもりなどない。刃太郎は我が倒すべき相手。ただ、それだけだ」
「た、倒す相手?」
うん、完璧に混乱しているな。これ以上、混乱させないためにも一時撤退するべきだな。俺は、ニィの手を取りその場から無理やり離れていく。
「それじゃ、俺達は買い物があるから」
「待ちなさい!!」
しかし、回り込まれてしまう。
「な、なんだ?」
「……ちょっと話があるの。私について来てくれる?」
話、ねえ。口ではそう言っているけど、目がそうは言っていない。とはいえ、このまま断ったり、無視をしてもまた回り込まれるだろうし。
ここは、素直に従っておくか。
それに誤解をされているかもしれないから、ここで解いておくとしよう。ニィも俺の袖を引っ張って、付き合ってあげるのです、と訴えているし。
「……ああ、いいぜ」
「ありがとう。じゃあ、ついて来て」
緊迫する空気の中、俺はキャロルの後をついていく。
しかし、そこへなぜかロッサまでついてきてしまう。俺は視線を向けることなく、とても嫌そうな感じに呟く。
「なんでお前もついてくるんだよ」
「面白そうだからな」
「邪魔だけはするなよ」
「場合によるな」
こいつは……。




