第二十二話「勘違いは知らぬ間に」
「ありがとうございました!」
山下書店は今日も、売り上げは上々。
今日発売されたライトノベルの最新刊が次々に購入されていく。なにせ、発売されたのは数年ぶりに発売されたものだから。
そりゃあもう、ファンの人達は街中、いやネットでも探して購入するだろう。漫画も、ライトノベルもよくあることだが、いつの間にか発売がされなくなりそのまま放置されることが多い。
よく調べても、あまり情報がなく。
まあでも、中には知らぬ間に打ち切りになっていた、なんてことも少なくはないけど。それでも、また連載が始まったり、最新刊が発売されるんじゃないかとファンは待っている。
今日の売れ筋でそれがよくわかった。
俺は、読んだことがなかったけど。読んでみようかな……。
「いらっしゃいま……せ」
客が入ってくる音がしたので、顔を上げると。予想外の来訪者がそこにいた。むすっとした表情で、本など見ることなくレジ。
つまり、俺のところへやってきた。
銀色の髪の毛に、青く大きなリボン。太陽の日差しを浴びていないんじゃないか? と思うほどの真っ白な肌。
「先日ぶりね」
「なにか、お探しですか?」
あくまで、俺は店員として彼女。キャロルへ対応する。先日は、修道服のような服装だったが、今日は毛糸の真っ白なセーターに赤と黒のチャック柄のスカート、黒のタイツを穿き、首には赤く長いマフラーを巻いており、完全防備である。
エンブレムであるのか。先日の服にもついていた十字架に見立てた剣に羽が生えたものをアクセサリーとして手首に巻くような形で身につけていた。
「あんたを探していたのよ」
「ということは、やはり何かをお探しで?」
「店員としてのあんたじゃないわ。先日、私の聖具を簡単に砕いたでしょ。あんた何者なの?」
聖具。なるほど、あれはそういうものだったのか。確かに、聖なる力を感じられたが……正直、そこまで強いものではなかった。
とはいえ、魔なるものが受ければ結構な致命傷になるだろうけど。
「あぁ、もしかしてこちらのライトノベルをお求めですか? マーケットで聖剣を買ったんだが。こちらは、最近発売された最新のライトノベルなんです」
「そんなものには興味はないわ。あんたからは悪魔の気配を感じる。……でも、聖なる力も感じられるわ。どういうことなのか説明して」
うーん、どうしたらいいものか。
おそらく、悪魔の気配っていうのは主にロッサのことだろうな。聖なる力は、ニィとかリフィル。もしくはアイオラスに気づいている?
いや、それはないか。
今あるのはあいつを呼び出す指輪で、アイオラス自体はヴィスターラにある。それとも、残りカス的なものを感じ取っているのか……。
「刃太郎くん。どうしたの?」
「あ、絵里さん。実は」
ちょうどいいタイミングで絵里さんが出てきてくれた。ここは店長の力を借りて……と思った刹那。キャロルは突然にっこりと笑い頭を下げる。
「初めまして、私はキャロル・スミスと言います」
「あら? 初めまして。店長。妻のほうの絵里です。キャロルちゃんね。日本語上手なのね」
「はい。どこでも会話に不自由がないように、色んな国の言葉を勉強しましたから」
こうして真直で見るとすごい変わりようだな。さっきまでの強気な性格からは考えられない。
「それで、当店に何か用事かしら?」
「実は、こちらの店員さんに少々お話がありまして」
「そうだったの。刃太郎くん、レジは私に任せて、キャロルちゃんとお話をしてあげなさい」
「え? いやでも」
絵里さん。何か勘違いをしているみたいですけど、違うんです。彼女は、そういうあれな関係じゃなくてですね。明らかに、怪しい者を見つけて、取調べをする警察のような存在なんですよ。
「いえ、大丈夫です。今日は、ご挨拶をと思って来ただけですので。お忙しい中、失礼致しました。それでは、また。あ、先ほどオススメした本。お詫びに購入します」
「え? あ、はい」
引き下がったようだけど……。
俺がオススメしたライトノベルをレジに通し袋に入れ、金を受け取った。そのまま、おつりを渡し……何事もなく去っていく。
しかも、眩しく可愛らしい笑顔で会釈して。
静寂に包まれた店内で、絵里さんはぽんっと俺の肩に手を置く。振り返ると、とてもにやっとした表情をしていた。
「また新しい美少女! うん、やっぱり刃太郎くんが傍にいると二次元みたいな出来事が起こるから飽きないわね!! それで、キャロルちゃんとはどういう関係なのかしら?」
「別に関係なんてありませんよ。この間、咲子の家に行った時、偶然出会っただけです」
「咲子ちゃんの?」
「そうです。特別な関係とかそういうのはありませんから。さっ、仕事に戻ってください。さあ、さあ」
「こらこら、店長を押さないのぉ」
無理やり仕事に戻らせ、俺は一息つき天井を見上げた。
関係ない、って自分では思っているんだけど。
あれは明らかに、俺にターゲットをロックオンしている感じだったな。早いところ、誤解を解いておかないと。おそらく、彼女は敵である悪魔と関係があるんじゃないかと思っているんだろう。
・・・☆・・・
「ふう……怪しい。すごく怪しいわ、やっぱりあの男」
キャロルは、山下書店から出てからずっと考えている。
自分が持っている聖具は、神々の加護を受けし聖なる武器。魔なる者は触れるだけで、ダメージを受けるもので、普通の武器と違って神々の加護を受けているため耐久度も段違いだ。
例え、戦車の砲弾でも砕けることはない。
はず、だったのが。
彼……刃太郎は、簡単に。それも拳ひとつで砕いてしまった。あの時は、予想外の出来事にびびって……いや驚いてしまって一時退却をした。
しかし、啓二を倒すのを諦めたわけじゃない。
「とりあえず、あの刃太郎って奴のことを調べてからに……違う。今は、アルバイト中だからその間にあの吸血鬼を!」
倒してみせる。幸い、聖具は壊れても修復することができる。それに、他にも大量に持ってきているためひとつ砕かれても心配はない。
「ん? この気配は……悪魔!?」
どうやって、啓二を倒そうか。考えた刹那、強大な悪魔の気配を感じ取った。近い。まさか、こんな街中に? しかも、この気配。今まで感じたかことがないほど強力だ。
そんな悪魔が、日本に?
こんな人ごみでは、戦えない。いや、それ以前にこんな強大な悪魔に一人で立ち向かえるのか?
(だめ。弱気になっちゃ。キャロル。あなたは決めたんでしょう。お父さんと肩を並べられるような退魔士になるって!)
決意を再度固めたキャロルは、気配のする方向へと走り出す。
近づけば近づくほど、強く濃くなっていく。
まるで、嵐の中を進んでいるような感覚だ。押し返される……でも、諦めない。こんな強大な悪魔を野放しにしていたら、人々の命が危ない。
それに、退魔士。魔なる者を祓う者として見過ごすわけにいかない。
「この角を曲がった先に!」
飛び込んだ。
そこに居たのは。
「オヤジよ! たこ焼きをひとつ!!」
「はいよ! いやぁ、ロッサちゃん。今日もいっぱい食べるねぇ。さすが商店街の大食いアイドルだ!!」
「ふっ。アイドルなどという称号など我には似合わぬ。言うのなら、帝王と言うがいい!! あっ、ソースはたっぷりで頼む」
「はいよ!! 今、出来立てのでかいやつを作ってやるからな!!」
たこ焼きを買っている銀髪ツインテールの少女だった。悪魔は? 何かの勘違いだろうと周りを見渡すも、それらしい者はいない。
それに、間違いなく魔なる気配はあのたこ焼きを今か今かと待っているツインテールの少女から感じられる。
(今まで出会ってきた悪魔にも、人に擬態しているのだっていたけど……どいつもあんな人間らしい行動は取っていなかった……)
ツインテールの少女の手にはこの商店街で買ったであろう食べ物が詰まっていた。あれを全部一人で食べるつもりなのか?
しかも、この商店街ではかなり名の知れた者のようだ。
通り掛る者達も気軽に挨拶をしたり、食べ物を分け与えている。
(い、いや。あれは、人間を油断させるための演技! 信用を得てから貶めて、その絶望を食らう計画に違いないわ! さすが、悪魔。やることが汚いわ)
「できたぜ、ロッサちゃん! ソースたっぷりのたこ焼きだ!! 今日のタコはかなり歯ごたえがあるからめちゃくちゃおいしいぞ!!」
「おお! それは期待大だな。ではな、オヤジ! また来てやる!!」
「またのお越しをー!」
ツインテールの少女が去った後、キャロルはたこ焼き屋の店主に話しかけた。
「あの、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「おっ、連続で銀髪か。いやぁ、この商店街もなんだかにぎやかになってきたなぁ。んで、なんだ? 聞きたいことってのは」
キャロルは聞いた。先ほどの少女のことを。
すると、たこ焼き屋の店主はにかっと笑いこう答える。
「ロッサちゃんは、商店街じゃ有名だぜ? あんなにおいしそうに食べ物を、大量に食べる子はそうはいねぇだろうさ」
「彼女は、どういう子なんでしょうか?」
「そうだなぁ……数ヶ月前に突然現れたんだ。見た目に似合わず、すごく難しい言葉を使うから俺は印象が強かったなぁ。あっ! そうだ!」
「なんですか?」
なにが重大なことでも思い出したんだろうか。キャロルは、表情を引き締め耳を傾ける。
「刃太郎と随分仲良くしてたっけなぁ。よく追いかけっこをしたり、ゲームセンターで遊んでいるって聞いてるぜ。あ、刃太郎ってのはこの商店街にある山下書店っていうところでバイトをしてる坊主のことなんだが……って、その袋は山下書店の。なんだ、もう会ってるのか?」
「え、ええ。先ほど」
その後、キャロルはたこ焼き屋を後にしてツインテールの少女ロッサが歩いていった方へと足を進めた。
(あの悪魔とあいつが仲間……なるほど。だったら、悪魔の気配がしたのも納得ね。でも、彼からは聖なる力も感じた。悪魔の仲間なのにどうして……いや、とくにかく今は彼女を追うのが先決ね)




