第一話「雨降る中で」
それは、いつものようにアルバイトを終え、真っ直ぐマンションへと帰宅する途中に起こった。
「ようやく復活!! そして、見つけたぞ!! 俺を倒した強者よ!!」
「……」
十八時過ぎなので、普通に学校帰りの学生や、会社帰りの大人まで多くの人々がいる中、俺の目の前に現れた漆黒の衣を纏いし男。
そいつは、俺が一撃で倒したはずのザインという男だ。
こいつが、あの黒いオーラを配っている主犯。
倒したと思ったのに、復活したのか。まあ、なんとなく予想は出来ていたんだけど。
「俺は、貴様に受けたこの屈辱を晴らすため! この日を待ち望んでいた!」
「……」
あっ、雨が振ってきた。
傘差そうっと。
「俺は、初めてだ。あれだけの深手を負わせられたのは! おかげで、復活するのに二週間もかかった!! 俺を倒して強者である貴様を倒すため一日たりとも、忘れることなく脳内でイメージトレーニングをしていた!!」
「……」
さて、とりあえず近道でもするか。なるべく人目のつかない場所を通ろう
この後ろで、周りの視線など、雨など気にせずに喋り続けている中二病を片付けるために。
明らかに、ザインは何も知らない人達から見れば痛い人にしか見えないだろう。
「さあ、戦え! 俺の、黒の力が貴様を!!」
「はいはい。ご苦労さまー」
「ぐはっ!?」
周りに人がいないことを確認して、俺はあの時と同じで魔力を込めたアッパーカットを叩き込む。一瞬、なにか障壁のようなものを張っていたような気もしたが……。
天高く吹き飛んだザインは、綺麗な弧を描き、地面に叩きつけられるように落ちた。
「ま、またもや……いや、今の俺は……!」
と、起き上がろうとした刹那。
「刃太郎よ!!」
「ぐあああっ!?」
傘も差さずに上から降ってくる銀髪ツインテールのバルトロッサ改め、ロッサ。虫の息だったザインは、ロッサの一撃にて沈黙。
また粒子となって四散し、消えていく。もうこれで二度と現れないでほしいけど……また、復活してきそう。
完全消滅させるには、どうすればいいんだろう。
「ん? なにか踏みつけたような気がしたが……」
「気のせいだろ。んで? 傘も差さずに何のようだ?」
仕方がないので、俺の傘に入れてやった。
「うむ。実はな。先ほど、妙な男に声をかけられたんだ」
「へえ、妙な男ね。それで?」
「なにやら、我が孤児だと思いこんでいたらしくてな。行くところがないのなら、自分のところへ来ないか? と言ってきたのだ」
「それって普通に、保護してくれる人だったんじゃないか?」
おそらく、毎日のようにこいつが街中をうろちょろしているから、誰かが報告でもしたんだろう。明らかに、こいつは目立つ。
そして、見た目だけなら子供だからな。
聞くところによると、夜の街にも結構行っているようだ。次元ホールがあるからといって、自由気ままにっていうか。満喫し過ぎだろ。
金はいったいどこから持ってきているんだ? と問いかけたら、なんて言ったと思う?
部下から貰っている、だそうだ。
どういうことだ? と再度問いかけると。昔の部下が、人間として転生し、記憶を持ったまま地球で普通に生活しているの偶然見つけ出したんだそうで。
ちなみに、年齢は二十八歳の男とのこと。お互い姿が変わっているとはいえ、再び会えて嬉し泣きしたそうだ。
もし、部下とやらがいなければ、幻術を使って金を奪っていたという。
「だからこそだ。刃太郎よ、我についてくるがいい。そして、確かめてくれ。この世界に詳しい貴様なら、わかるであろう?」
「どういうことだ?」
めんどくさいと思いつつ、近くだからと俺は仕方なくついていくことにした。そして、廃ビルのような場所に到着。
ここは実際、まだゲームセンターが残っている。昔の筐体がマニアに人気なんだそうで。
っと、いうか。
こいつも丸くなったものだ。本来のこいつならば、その男の命を奪っているところなのに。どうしていいのか、わざわざ俺に聞きにくるとは。
俺としては、このまま毒されていってくれれば非常に助かるんだが。
「ここにいるのか?」
「ふむ。そこの路地だ」
「……」
指差す小さな路地。
俺はなんだか嫌な予感がしてならない。雨が激しくなる中、俺はそーっとその男がいるという路地を野祖着込む。
「……うわぁ」
そこにいたのは、明らかに顔を思いっきり殴られた後。漫画やアニメでよくありそうなアヒル口になるほど頬が張れた男が倒れていた。
現在雨が降っているため、ずぶ濡れである。
見た目は、太っていて、めがねをかけ、リュックサック持参。
「これ、お前がやったのか?」
「だが、殺してはいない。偶然だ。振り払おうとしたら平手が頬に当たってしまっただけだ」
それでこれか。見た目が変わって弱まっても力はあるほうってことか。俺は、どうしたものかと男を観察していた。
そこで、ズボンのポケットから落ちそうになっているスマホに目がつく。
「……あ、うん。了解。だいたい理解できた」
「なにがだ?」
他人のスマホを覗くのはいけないことだと思いつつも、確認してしまった。まあ、確認したと言ってもホーム画面だけなんだが。
でも、こいつの話と重ね合わせなんとなく理解できた。
「こいつ。お前のストーカーだ」
「なんだと!? この我に付き纏っていた奴であったか。そういえば、何度か写真なるものを撮られたことがあったな」
ホーム画面には、それもう満面な笑顔でチョコバナナを頬張っているロッサの姿があった。
とりあえず、通報しておくか。
あーでも、事情聴取とかになったらこいつの素性とか絶対聞かれるだろうし……。
「おい。こいつの記憶。操作することできるか?」
「多少ならばな。今は、力が弱まって完全な記憶操作はできん」
「それだけで十分だ。とりあえず、こいつからお前の記憶を消すんだ。それだけで、付き纏われることはないだろう」
たぶんだけど。
「なるほど。それぐらいならば、容易い」
と、手をかざしたところで振り返る。
「殺しちゃ駄目か?」
「駄目です」
そうだ。こいつのスマホの中に保存されている、こいつの画像も全部消しておかないと。そう思い、画像データを確認すると……ロッサだけで、軽く五十枚は越えているファイルを発見。
全て、食べ物を食べている写真。
更に貴重なツインテールを下ろした姿まで。あぁ……だらしなく欠伸をしているところも撮られているな。マジで、油断し過ぎだろ、こいつ。
それとも、この男が写真を気取られず撮ることに関してプロフェッショナルなのか。
とりあえず、データは消した。他のもかなり気になるところだが……どうやら他は、普通にアニメキャラの画像データだけのようだ。
・・・☆・・・
「むふ」
「リリー。嬉しいのはわかるけど。スマホ見過ぎ。それじゃ、穴空いちゃうよ」
「空かないよー、空くわけないじゃーん。えへへ」
とあるバーガーショップにて、有奈、リリー、華燐の三人はいつものようにポテトや飲み物を適当に買い、会話に華を咲かせていた。
しかし、ここ最近リリーは、スマホをじっと見てにやにやすることが多くなっている。
その理由は、刃太郎と連絡先を交換したことにある。
最初は、バイクに轢かれそうになったところを助けて貰い、一目惚れ。そこから、何度か、刃太郎を探していたが見つからず。
だが、ひょんなことから刃太郎のことを色々と知ることになった。
「それにしても、有奈の兄貴だったなんてね。あの時は、びっくりしちゃった。コンビニでばったり会ってさ」
「別に隠しておくつもりはなかったんだけど……兄貴、最近になって突然帰ってきたばかりだったから」
コンビニで華燐が、リリーを助けてくれた人に出会った。
しかも、それが有奈の兄だったと聞き、驚愕。
そこからは、有奈にどんな人なのかと色々聞いていた最中……テレビで目撃。
「しかも、テレビにまで出ちゃってさ。一躍有名人になっちゃったね、刃太郎さん」
「う、うん。家にも、結構電話がかかってきたんだ。ほとんどは、兄貴が高校生の時仲良くしていた人達なんだけど」
「……ねえ、有奈。すごく気になっていたんだけどさ」
「なに?」
ポテトを齧り、華燐は呟く。
「有奈って……ブラコンだよね?」
「え!? な、ななななに言ってるの?! 突然!」
「うわー……わかりやすい動揺」
「ち、違うよ! おに、兄貴のことなんか別に!」
「はい、お兄ちゃんって言いそうになったー。しかも、有奈さ。スマホのホーム画面。明らかに、刃太郎さんでしょ?」
なぜそれを!? と思ったが、これまで数え切れないほど付き合ってきた華燐だ。もしかすると、気づかないうちに見られていたのかもしれない。
そんな話題に、今までスマホを見詰めていたリリーも反応し会話に加わってくる。
「マジで! ねね! どんな写真なの!?」
「うう……そ、それは」
「ほら、隠すことないじゃん。それにさ、刃太郎さんはあんたのことすごく好きそうだったよ? 必死になって探していたもん。そんな人をなんで、なんで無理に毛嫌いしてるの?」
「そうだよ! あんなに優しくてかっこいい人を!」
言い逃れできない。
だけど、その理由を言うのが恥ずかしい。昔の自分ならば、羞恥心など関係なく言えていたのだろうが。もうそこまで子供ではない。
有奈も、十分成長しているのだ。
「え、えっと……」
四年間ずっと自分の中に閉まっておいたもの。
彼女達なら……と、有奈は静かに語りだす。どうして、自分が悪い子になったのか。どうして、刃太郎を無理に毛嫌いしいるのかを。
有奈の話を、静かに聞いていた二人は、会話が終わった瞬間、にやっと笑みを浮かべた。
「やだー! 有奈ってば可愛いー!!」
「確かに、それは人には言いにくいことだね。ふふっ」
「わ、笑わないでよー!!
案の定、からかわれてしまっている。
リリーは、隣に座り子供を抱きしめるかのように、その大きな胸に有奈の顔を埋めさせた。
「そっかー。有奈ってば、そんなにお兄ちゃんのこと大好きだったんだね~。しかも、帰ってきてからも意地悪してやる! って?」
「い、言わないでー! 言われると恥ずかしいー!!」
「こらこら。あんまり騒がないの。可愛い気持ちはわかるけどさ」
彼女達の騒ぎに、周りの人達は自然と視線がいってしまっている。
ある者は、微笑ましく見詰めていたり。ある者は、なにやら興奮していたり……。隠していたことを、打ち上げたことで、確実に彼女達の友情は深まっただろう。
有奈も、なんだか少し楽になったような気がしている。
やはり、友達というのは……良いものだと。
「ね、ねえリリーちゃん。そろそろ離れてよー!」
「やーだ! もうちょっと抱きしめさせろー! それそれー!!」
「助けてー! 華燐ちゃーん!?」
「ほどほどにしなさいよ、リリー」
「ええええ!?」
その後、満足げな表情でリリーは帰っていったそうだ。




