第二十一話「猫被り?」
「そ、それでどうなったんですか?」
「その後は、まるで嵐のようだったな。言うだけ言って、襲いかかろうとしてきたから、俺は反射的に盾になって止めたんだ」
振りかぶったハンマーをとりあえず打ち砕いたな。
武器を失えば、戦意を喪失するかと思ったからな。
「そうしたら、律儀に野菜を置いていって夜道には気をつけろ、とか言って出て行ったんだ」
「か、過激な子なんだね」
巽家を訪れた次の日のこと。
学校が終わり、リリーと華燐が遊びに来た時、こんなことがあったんだと話していた。女子高生三人は、藤原と咲子の関係がどうなったのかと知りたがっていたので、そこから自然とあの襲撃のことを話したのだ。
「どうやら、啓二さんが昔古い友人に会いに行った時に出会った退魔士らしくて。互いに、敵同士だったようだけどそんなのお構いなしに酒を酌みあって意気投合したんだってさ」
「それで、どうやってその退魔士さんを農民に変えてしまったんですか?」
と、ココアが入ったコップをテーブルに置いてリリーが問いかけてくる。
「どうやら、その退魔士さんも最近神々への奉仕をもっと別の方法でできないだろうかって考え始めていたんだ。そこで、啓二さんはただ一言。だったら、家庭菜園でもしてみたらどうだ? って」
「それで、立派な農民に?」
「啓二さんが言うにはそうらしいぞ」
それ以上のことは言っていないと啓二さんは断言していた。ちなみに、その退魔士さんとは今でも連絡を取り合っている仲で、毎回のように丹精込めて育てた野菜を送ってくれるらしい。
おそらく、あの少女が持ってきたのもそういうことなんだろう。
「それで、襲撃してきた子の名前は?」
ニィの問いに、俺はあっと声を漏らす。
「そういえば聞いていなかった。農民になった退魔士の名前は聞いたんだけど」
名前は、アラディン・スミスらしい。退魔士として有名だった人らしいが、今ではうまい野菜を育てる農民として名が知られるようになっているとか。
農民に転職してから、もう七年も経っているらしい。
「あんたも、とことん厄介ごとを呼び込む体質らしいわねぇ。終わったと思ったら、休む間もなく次の厄介ごとなんて」
けらけらと他人事のようにタブレットでアプリゲームをやりながら、笑うリフィルに俺は言い返すことができなかった。
厄介ごとか……正直、今回の厄介ごとは俺との関係は薄い、というかないに等しいと思うが。
(なにも起こらなければいいけど)
そう切実に思いながら、俺はココアを飲み体を温めた。
「さて、そろそろお帰りの時間なのですよ。それぞれの家の近くまで次元ホールを作るので、準備をするのです」
二人が遊びに着てから二時間ちょっと。
もう十八時を過ぎていた。
次元ホールだと、自転車よりも車よりも確実に早く目的地まで到着することができる。なので、二人も学校終わりにこうして気軽に遊びに来れるんだ。
「っとと。そうだった。それじゃ、あたしから」
「はいなのです」
残りのココアをくいっと流し込み、鞄を持って立ち上がるリリー。ニィが作り出した次元ホールの中に入り、俺達に手を振った。
「それじゃ、また! お邪魔しました!!」
元気に挨拶をして姿を消す。
それじゃ、次は私かなっと華燐が立ち上がった……と同時にだった。次元ホールが閉じる前にリリーが戻ってきたのだ。
しかも、かなり大慌てで。
「たたたた大変!! すごーく!! 大変な事態にぃ!?」
「お、落ち着いてリリー。どうしたの?」
一瞬転びそうになるほどの慌て様に有奈と華燐が傍により深呼吸をさせる。そして、落ち着いたところでリリーが次元ホールを指差し、説明をする。
「さ、さっき話していた襲撃者が家の前にいる!!」
「なに?」
俺は、確認のため次元ホールから顔を覗かせる。
そこは、リリーの家から離れた場所。
今は暗くなっており、人気がない。
歩いて一分もしないところにあるのだが、そこから見える。確かに、あの襲撃者である少女がいた。リリーの家の前で何か考え事をしていた。
入ろうか、それとも止めようか、そんな様子に見える。
「ど、どうですか? 話にあった特徴と一致していると思うんですけど」
次元ホールから顔を離し、俺は確かにっと頷く。
「リリー。もしかして、知り合いってことはないか? 俺が見た限りじゃ、お前の家に入ろうかどうか迷っているみたいなんだが」
「ど、どうでしょうか……。お母さんが外国出身だから、もしかしたらって可能性もありますけど」
もう一度、覗いてみる。
リリーの家は、塀に囲まれておりそこにインターホンが設置されているんだ。少女は、未だにそこで立ち往生していた。
「ど、どうしましょう?」
「どうしようもこうしようも……普通にリリーが話しかけたほうがいいだろうな」
「大丈夫、でしょうか?」
確かに、あんな話をした後だと少し不安になるのもわかる。
「大丈夫だ。基本はいい子だって俺は一目でわかったからな。それに、あそこはリリーの家だ。住人が自宅に帰るのはごく自然。もし、なにかあった場合は俺達が助けに行く」
「……わかりました。それでは、凪森リリー! 行って来ます!!」
意を決し、リリーは再度次元ホールに入っていく。その後、俺は別の場所に次元ホールを作ってくれと指示しそこから二人の様子を伺うことにした。
位置的には、空中である。
リリーは深呼吸をしてから、家の前にいる少女へと近づいていく。
「あの、どちらさまですか?」
「っ!? ……こほん。もしかして、あなたはこの家の者ですか?」
一瞬、驚いていたがすぐ平常心を保ちリリーと会話を始めた。あの襲撃の時とは違い、なんだか丁寧な言葉遣いだな。
格好も格好なだけに、シスターのように見えなくもない。
「はい。あたしは、凪森リリーって言います。もしかして、父か母に御用ですか?」
いいぞ、リリー。その調子だ。さっきの慌て様が嘘のような落ち着きように俺達は安心して見守ることができている。
そして、少女はリリーの問いに小さく頷いた。
「実は、今日日本に来たのですが。泊まる場所を決めていなくて。そこで、以前母から日本に知り合いが住んでいると話していたのを思い出したんです」
「それが家ということですか」
「はい。ですが、連絡もなしに突然の訪問。そして、一晩泊めてほしいというのは、失礼ではないかと。とはいえ、日本の地理には全然慣れていなくて。無事に泊まれる宿に辿り着けるかどうか、とずっと考えていたんです」
なるほど。あの時は、やっと見つけたと言っていたっけ。ただただ啓二さんを見つけ出すために日本に単独でやってきた。
だが、それだけを目標にしていたために、その後のことを考えていなかった。おそらく、本来は日帰りするつもりだったんだろうな。
「そう、だったんですか」
「あ、申し送れました。私の名前は、キャロル・スミスと言います。今年で十五歳になりました」
「年下だったんだね。なんだか、大人な雰囲気があったから年上かと思った」
「よく友達からも言われます。あなたはしっかりし過ぎていて、同年代に見えないと」
「あたしなんて、子供っぽいってよく言われるんだよ! しかも、年下の子から! お前は体だけ立派に成長した子供だ! って」
ふむ、それは一理あるかもしれない。リリーは元気のよさが、魅力的な少女だと思っているが。それが逆に子供っぽく見える時がある。
とはいえ、体は立派に大人に成長している。まあ、身長ちょっと低めだけど。ここから見える限り、キャロルという子よりも小さい。
「それは、その方の見る目がないだけだと思います。リリーさんはとても魅力的な女性だと私は思いますよ」
「え? そ、そうかなぁ……えへへ。なんだかそう言われると照れちゃうよぉ」
うーん、それにしてもあの襲撃と違って大人しいっていうかまるで別人のような感じだな。俺的には、襲撃の時が素なんだろうって思うけど。
「あ、こんなところで立ち話もなんだから中に入ろうよ!」
「え? よろしいのですか?」
「いいのいいの! ほら、今は寒いから。こんなところにいつまでも居たら風邪引いちゃうよ。ささ! 入って入って!!」
「は、はい」
どうやら、何事もなく進んだようだが。二人一緒に家の中へと入っていくのを見送り、俺達は次元ホールから離れる。
「なんだか、とても礼儀正しい子だったね」
「いや、あれは絶対猫被ってるわよ。もうめっちゃ被りまくってるわ!」
「とはいえ、荒事はなかったから今はよしとしよう。彼女のことは、後でリリーに聞けばいいだけのことだ」
「そうですね。それじゃ、ニィ。次は鳳堂家の近くにお願い」
「了解なのです!」
華燐が帰った後俺達は、夕飯にありつく。その間も、なんとなくキャロルのことが気になってしまっていた。おそらく、彼女は今後も啓二さんを狙って襲うだろう。
あの人なら、大丈夫かもしれないけど……一応、注意はしておくか。




