第二十話「お詫びそして来訪者」
あの出来事から二日ほど経ったある日。
俺はいつも通りアルバイトのために山下書店へと向かった。そこで、俺と入れ替わるように出て行く咲子に休憩所で出会ったのだが。
「あの、威田さん。少しお話いいですか?」
「別に良いけど。もしかして、また啓二さん絡みか?」
あれから、二人の関係がどうなったのかずっと気になっていた。咲子は咲子で、藤原とこれまで以上に仲良くしているらしいが、啓二さんの話題はなかった。
ちゃんと家にも帰っていて、アルバイトにも来てくれている。
家出、ということはしていないようだが。
俺は上着を脱いでから椅子に座り咲子と向き合う。
「……実は、昨日お父さんが二郎くんと話がしたいと」
「お? それで、どうなったんだ?」
おそらく、咲子による両頬ビンタと良子さんの説教でついに折れたんだろうな。俺の問いに、嬉しそうな表情で咲子は告げる。
「認めてくれました。二郎くんと付き合うことを。昨日は一緒に夕食もしたんです」
「そっか……よかったな。これからは、幸せに楽しく過ごせるじゃないか。それにしても、そんなことがあったのか。藤原の奴、教えてくれればいいのに」
それとも嬉しさのあまり、眠れなくて寝不足になり今も尚眠っているのか。けど、二人が啓二さんに認められたことは良いことだ。
友達として、二人を護衛した身としては嬉しい気持ちでいっぱいだ。
「二郎くん。結構お酒を飲んでいたので。たぶん、二日酔いになっていると思います。今は、私の家で寝ています」
認められた当日に彼女の家にもう泊まったのか。あいつ、かなり行動が早いな。それとも酒が入り過ぎて帰るのも辛かったのか……。
ま、まさか大人の階段とかをもう上ったりはしていないよな?
咲子にそんなことを聞くのも、どうかと思うしここは藤原に聞くとするか。
「あ、てことは啓二さんとも仲直りしたのか?」
「は、はい。あの遊園地の時、玄関で思いっきり土下座をしてきたんです。もう二軒、三軒先まで聞こえるかもって思うぐらいの声量で。とても驚きました」
やったんだな、土下座。
あんなダンディな見た目の人が全力で土下座。しかも、自分の娘に。啓二さんには悪いけど、想像したらちょっとくすっと来てしまった。
「それで、ですね。お父さんが、私の護衛をしてくれたリーダーである威田さんにもお詫びをしたいと言っていて。アルバイトが終わった後、お時間ありますか?」
別にリーダーってわけじゃないんだけどな。
まあでも、そういうことなら言ってみるか。これから別に用事があるわけじゃないしな。
「わかった。それじゃ、バイトが終わったら向かうよ」
「はい。お待ちしています。それじゃ、お先です」
「ああ、お疲れ様」
・・・★・・・
「この間は、すまなかった。あれから、私も考え話し合い反省した……。そして、君達にも多大な迷惑をかけてしまったことを謝りたく今日は声をかけた」
「いえ。俺達は、そこまで気にしてはいませんから。ただ、今後はもっと娘さんと話し合ってください」
アルバイトが終わり、俺は真っ直ぐ巽宅へとやってきた。
場所は、護衛の際に聞いていたので迷うことなく来る事ができた。インターホンを鳴らし、最初に出てきたのは啓二さん。
この前のきちっとした姿とは違い、休日のお父さんのような服装をしていた。
サシャーナさんの情報から自宅ではそういう服装をしているというのは聞いていたが。
「ああ。これからは、一方的な心配ではなく。ちゃんと娘と話し合ってから心配することにした。それで、君と一緒にいた人達のことなんだが。咲子から聞いたところ天宮家の者達、とか。本当なのか?」
「本当ですよ。天宮家とはちょっとした縁があって、協力してもらうことができたんですよ」
「いや、ちょっとの縁であれだけの者達を動かせるとは思えないのだが……」
確かに、そう言われても簡単には信じられないだろう。
でも、あんまり情報の公開は控えている。
啓二さんのように、遠くから会話などを聞くことができる者達がいるかもしれない。それでもし、天宮家に被害が出るようなことが……いや、なんだかあの家だったら大丈夫なような気がしてきた。
「俺も、まさかあの天宮と縁ができるだなんて思ってもいませんでしたからね」
今では、色んなところと縁ができているけど。
「君は計り知れない者だとは幽場館で出会った時から思っていたが。まさか、ここまでの少年だったとは。いや、青年か。咲子と同い年だからな。酒がいける口か? 君へのお詫びにと、用意した上物があるのだが」
そう言って、高級そうなビンを取り出す啓二さん。
しかし、俺は眉を顰めて待ってくださいと止めてから、説明をした。実は俺は二十歳ではなく、十七歳だということを。
このことは、御夜さんにも話していないので当然咲子も知らないことだ。
俺の実年齢を聞いた巽家族は、唖然。
「本当にすみません。でも、俺は異世界で一年を過ごし、戻ってきた時にはこっちでは四年も経っていて……だから、俺は十七歳なんです。なので、酒は飲めない、と言いますか」
あぁ……こういうことがあるんだったら、先に教えておけばよかった。でも、一般的には俺は二十歳てことになっているわけだし。
一応飲めることにはなっているけど。
あれ? そう考えると俺って年齢詐称とかで捕まったりしないか? いや、今更だが。
「そ、そうだったのか。いや、良いんだ。そういう事情があるのなら」
「それにしても、驚きですね。咲子と同い年かと思っていたのに。まさか、三歳も年下だなんて」
「私もびっくりです……こ、このことは二郎くんは?」
「もちろん知らない。あいつなら、真実を言っても信じてくれそうだけど。やっぱり、俺だけ年下っていうのは……」
当時から思っていたが、自分だけ取り残された感じがあってなんだが寂しい。だから、年齢詐称だとしても俺は同じ時間を過ごしたい。
これからもそうだ。
「……そういうことなら、他のものを用意しよう」
「そんな。大丈夫ですよ」
「いや。これは私の気持ちだ。受け取ってくれないと、私の気持ちが治まらない。そうだな、未成年ということは……ん?」
人の気配。啓二さんが気づいたと同時に、俺も庭側のほうを振り向く。そこには、強気な目で、どこかのお嬢様という雰囲気が出ている銀色の長髪の少女がじっとこっちを見詰めていた。
後頭部には青く大きなリボンが装飾してあり、身に着けている服はどこか修道服のように見えるが色々改造されている模様。服には、十字架に見立てた剣に白い翼が生えたようなデザインの絵が付いている。
誰だろう。知らない子だな。
「あれ? お父さん、あの子って」
「あぁ、どうやらついに日本に来てしまったようだな」
「あらあら。大変、今日来るとは思っていなかったから何も準備をしていないわ」
どうやら、巽家の皆さんは銀髪の少女のことを知っているようだ。少女は、俺達が気づいたのを確認しどこからともなく大降りのハンマーを取り出しガラスを割ろうといたようだが、ぐっと堪え玄関へと向かっていった。
その瞬間、俺は理解した。あ、あの子めちゃくちゃ良い子だと。
「お邪魔します!!!」
若干乱暴な声だったが、それでもちゃんとインターホンを鳴らしてからお邪魔しますと言って、更に自分でドアを開けることなく誰かが来るのを待っている。
それを良子さんが、はーいと言って出迎えに行く。
「ついに見つけたわよ!! 豪乱の吸血鬼!!!」
ちゃんと良子さんが用意したスリッパを履いている。普通なら、スリッパなど履かずどかどかと来るというのが定番。
もしくは、先ほどやろうとしていたがガラスを割って突撃してくるとか。
漫画やアニメならよくある展開だが、この子の良心がそれを邪魔したのだろう。
「懐かしい響きだが、今の私はただの吸血鬼であり、妻と娘を愛する一人の夫に過ぎない」
「うるさい!! 私は、ずっと……ずっとあんたを憎んでいた! いつか、いつか! お父さんをあんな風にした憎き吸血鬼を倒してやるって!」
どうやらこの子の父親が啓二さんによって変わってしまったようだけど。ここで、割り込むのは空気が読めない奴かもしれないが、俺は手を挙げて問いかけてみた。
「えっと、お父さんが、啓二さんによって変わってしまって、どういうこと?」
「言葉の通りよ!! お父さんは、世界でも注目を浴びる退魔士だったわ。私もいつか父と並べる退魔士になりたいってずっとずっと思っていた……でも! そこの吸血鬼がそんな父を変えたのよ!! 今では……今では!!」
ごくりっと俺は彼女の次の言葉を聞き逃さないと耳を傾ける。ぐっと拳を握り締め、少女は溜めに溜めた言葉を思いっきり吐き出す。
「もう立派な農民になってしまったのよ!!!」
「……え?」
そう言って、これまたどこからともなく立派な野菜が入った籠を突き出した。




