第九話「準備をしよう」
「外とは違って中は結構小奇麗なのね」
中に入って早々の言葉である。
綺麗、ではなく小奇麗というところがリフィルらしいと言えばらしいが。俺も、口に出さないが外との差に驚いている。
やっぱり、人が今でも住んでいる場所は普通に綺麗なんだな。
元が宿屋ということで、入ってすぐに受付のようなところがあり、自動販売機も設置してある。
「あ、そうそう。靴はそのまま持ってきてね」
「え? あ、はい。わかりました」
先に出されていたスリッパを履き、俺達は靴を持って珠季さんの後をついていく。ところどころ、補強されたところが目立つも、まだまだ現役って感じがする。
蜘蛛の巣ひとつ、埃もない。
やはり、小奇麗よりはかなり綺麗な場所と言っても良いだろう。
「おう。姉さん」
「おや、桜真じゃないか。何かあったのかい?」
「ひっ!?」
「す、スキンヘッドです! サングラスです!! や、ヤクザです!?」
現れたのは、二メートルは越えているであろう大柄の男。さくらの言うとおり、スキンヘッドでサングラス。声もかなり野太く御夜さんは俺の後ろに隠れてしまった。
しかし、珠季さんのことを姉さんと呼んでいたような。
いや、まさかそういう姉さんじゃないだろうけど。違うよね?
「え、あ、あの俺は」
そんなことを考えていると、桜真と呼ばれていたスキンヘッドの男が御夜さんの怯えように慌てている様子。
おや? これはまさか。
「ごめんね、驚かせて。こいつは、あたしの実の弟で桜真って言うんだ。こんな見た目をしているけど、かなりの小心者でさ。ヤクザとかそういうんじゃないから。安心しなよ。ほら、桜真。あんたも挨拶しな!」
「は、はい。珠季姉さんの弟の桜真です。その、すんません。驚かせてしまって」
大柄の男が縮こまり頭を下げている。よくあるパターンか。見た目だけで判断されてしまうっていう。
「サングラスとかを取ればいいんじゃない? っていうのは、無理な話か。あんた、特殊な目を持ってるでしょ?」
「え? よ、よくわかりましたね。このサングラスで力を封じているのに」
マジか。俺はそんなの全然感じなかったぞ。それほど、強力な封印術で、リフィルの察知能力がすごいってことか。さすが、神様だな。
「当たり前よ! あたし、なんてたって神様だから!!」
「え!? か、神様? そ、それは本当なのかい? 刃太郎」
これには、珠季さんも驚きである。確かに、今のこいつは人間の体で、力も自分で封じている状態だから同じ神様か、相当の使い手じゃないと簡単には感じ取ることはできないだろう。
驚いている二人、さあ説明してやりなさい! と未だにドヤ顔を止めていないリフィルに挟まれながら俺は説明をした。
「嘘じゃないですよ。とはいえ、地球の神様じゃないですけど」
「なるほど。あんたが、救ったっていう異世界の神様なんだね。いやぁ、それにしても驚いたよ。まさか、神様が手伝い。それもジャージで来るなんて」
「あぁ、ジャージはこいつの普段着みたいなもので。お手伝いに関してはちょっとした事情がありまして。あ、それともう一柱後で来ることになっています」
「か、神様がそんなに……姉さん。俺、今日緊張して手元が狂っちまうかもしれねぇです」
それにしても、おかしいな。静音さんにニィとリフィルが手伝いにくるってことを伝えて欲しいと言っておいたはずなのに。
まさか、仕込みに忙し過ぎて言えなかったのかな。
「いやはや。静音の言っていたことは、本当だったんだね。ただの戯言だと思っていたよ」
あ、なんだ言っていてくれたのか。まあ確かに、神様達が接客業の手伝いをするなんて言っても簡単には信じられないよな普通。
珠季さんは、冷や汗を拭い平常心を保った。
「よし! ちょっとびっくりしたけど、これで今回は心配する必要はなさそうだね! 桜真! いくよ!! いつまで、震えてんだい!!」
「け、けどよ姉さん。俺、神様と一緒に働くなんて初めてだから……」
「あたしだって初めてさ! けど、こんなことで縮こまっていちゃこれからの戦いは生き残れないよ。しっかりしな。あたしの弟ならね!!」
神様と一緒に働くということに、どうしようかと震えていた桜真さんを珠季さんは元気を取り戻させるように笑顔で背中を何度も叩いていた。
横では、すっごくにやにやしているリフィルがいて。もう桜真さんに怯えず大丈夫だろうか? と見詰めている御夜さん。
なにやら微妙な空気の中、俺達は自分達の作業場へと進んでいく。
「ここがあたし達の戦場だよ。ここを潜ったら、びしばし行くからね」
角を右に曲がり、奥へと進むとひとつだけ異質なオーラを放っている扉へと辿り着いた。珠季さんは、その扉に手を添え、覚悟はいいか? と俺達見てくる。
「大丈夫です。これでは、色んな修羅場を切り抜けてきましたから。ちょっとのことじゃ、挫けませんよ」
「私も、頑張ります。や、やってみます!」
「あたしは、適当にサボりながら」
「ニィに言いつけるぞ」
「はい! 誠心誠意頑張りたいと思います!!」
俺達の覚悟を聞き、珠季さんは扉を開ける。その向こうには……まず、外観以上はあろうパーティー会場が広がった。
丸く大きなテーブルが、ざっと数えても軽く十はあるだろうか。そして、長いテーブルには、肉から魚、野菜まで数々の料理が並べられている。
バイキング形式のやつか。そこに、料理を並べていたのは、白い服に身を包んだ響だった。
「あっ! 御夜姉ちゃん! 刃太郎さん!! それに……え!? なんでリフィル様が!?」
「なによー。あたしが来ちゃだめっていうの? まあ、正直来たくなかったんだけど……」
本当、こいつは本音を隠さない奴だ。
俺達の姿を見つけ近づいてきた響は、リフィルの存在に驚き二歩ほど引いてしまっている。
「こいつも一緒にここで手伝いをすることになっているんだ。ニィも後で合流することになっていて、静音さんには伝えたはずなんだけど」
「え!? お、俺は聞いてませんよ! そんなこと!!」
「静音のことだから、わざと息子のあんたには言わなかったんだろうね。驚かすために」
それはなんとなく想像つくな。
あの人、結構悪戯好きだって華燐も言っていたしな。今頃、厨房でくすくす笑っているんだろう。
「それよりもさ、なに? バイキング形式なの? だったら、あたしらいらないんじゃないの?」
「いいや、必要なんですよリフィル様。あくまでバイキングはバイキング。ここに集まってくる連中はかなりの大食いが多くてですね。バイキングじゃ飽き足らず、普通に注文してくるんですよ」
と、苦笑いしながら答えてくれる珠季さん。
確かに、この会場の広さとテーブルの数を見ればかなりの数が来るというのはわかる。だが、結構バイキングコーナーにも料理はあるように見えるんだが、あれでも足りないのか。
「しかも、一気に注文が押し寄せてくることもあるので、人手は多いほうがいいんです」
珠季さんに続き桜真さんが説明をする。この広さだと、少なくとも六人、いや七人は必要かもな。感覚を空け過ぎず、すぐに対応できる位置にウェイターやウェイトレスを配置。
厨房のほうも、それだけ迅速に対応できる人数が必要になる。
「注文取りは、刃太郎くん、御夜ちゃん、リフィル様の三人に加えてあたしらのところから四人。計七人でやってもらうよ。厨房は、あたしと桜真、ここにいる響くんに加えて五人の計八人だ。お客さんは、早くて二十分前には会場に入ってくる。さっそくだけど、注文取りの三人には奥の部屋で着替えてね。一分でも無駄にできないからね!! 桜真! 響くん! あたし達は厨房に向かうよ!!」
「はい、姉さん」
「わかりました」
珠季さんは、一通り説明を終え桜真さん、響と共に厨房へと向かっていった。残された俺達は、とりあえず言われた通りの部屋へと向かう。
ドアを開けると、長い廊下が現れトイレと他にも色んな部屋があった。
「こっちですよ、皆さん!」
「あなたは?」
とある部屋の前に立っていたのは、丸いレンズのメガネをかけた優しそうな男性。ウェイターの格好をしており、俺達へと手を振っていた。
「私は、この幽場館で働いております西山と言います。ここでの注文取りの常識を、私が教えることになっております」
「そうだったんですか。よろしくお願いします、西山さん」
「よ、よろしくお願いします」
「よろー」
「はい、よろしくお願い致します。では、さっそくですが。こちらのお部屋で制服に着替えて、それから色々とお教えしたいと思います」
ここでの常識か。
この世ならざる者達への接客だからな。普通の接客業の常識では……ないだろうな。どんなことを教えられるのかと思いつつ、俺は男子更衣室へと入っていった。




