第四話「新人のアルバイトは」
「え? 新人が入ってくる?」
「そうなのよ。ほら、いつまでも刃太郎くんやメイドちゃん達に頼りっきりじゃだめだって思って。アルバイトの募集をしてみたのよ」
それは、俺が自分のアルバイトの時間で山下書店に到着した時のことだった。どうやら、今日から山下書店で新しく働くアルバイトの人がくるらしい。
正直、俺は結構休んでいるっていうか、休むことを強いられていたとは言え、ほとんど天宮のメイドさん達が頑張ってくれているんだけどね。
「前は、そこまでお客様が多くくる書店じゃなかったけど。今じゃ、この書店のことを気に入ってくれたお客様が多くなったから」
「それに、朝入っていてくれた子もやっと正社員として就職することができたから一週間以内に辞めちゃうのよ」
「そ、そうなんですか。まあ、正直アルバイトより正社員のほうが稼ぎはいいですもんね」
朝に入っていてくれた人は、大学を卒業したはいいものの。就職することができず、アルバイトを始めた人だった。
そういえば、物静かな人だったけど。すごくテンションが高かったな、この前。俺は、その人と交代するようにすれ違うのだが、挨拶をするぐらいでそれ以上のことは全然話さなかった。
それがどうだ。
この前は、初めて名前を呼ばれて君も頑張れ! みたいなことを言われたなぁ。
ちなみに、名前は寺田秀樹と言って、メガネをかけたいかにも物静かそうな見た目の人だった。
「なるほど。それじゃ、寺田さんの代わりに朝アルバイトをするってことですか?」
「そうなのよ。でも、アルバイト経験がないそうだから。刃太郎くん、先輩として教えてくれるかしら?」
「お、俺がですか?」
先輩と言っても、高校の時ちょっととそこに今の数ヶ月程度の先輩と呼ばれていいのかという人なんですけど……。
レジも、補充も、注文もできるようにはなっているが。
「俺達も教えるけど、年が近いから刃太郎くんのほうが接しやすいんじゃないかって」
「それにほら。刃太郎くん、女の子の扱いに長けてるでしょ?」
「いやいや。全然意味がわかりませんよ、その理由。というか、新人の人って俺と歳が近い女子なんですか?」
「そうよ。専門学校に通っている大学生らしくてね。本が大好きで、社会見学も兼ねてここで働いてみたいって。可愛いから即採用しちゃった!!」
それは、店員としてどうなんですか絵里さん。
とはいえ、俺も働かせて貰っている身だからな。雇い主の指示には、従うしかない。行き場のない俺を快く受け入れてくれた二人のためにも。
俺は、エプロンの紐を結び小さく笑う。
「わかりました。先輩として、頑張ってみますよ」
「お! さすが、刃太郎くんだ。給料アップ!!」
「もう、章悟さんったら。だめよ、簡単に給料アップなんて。それに、給料アップはメイドちゃん達のほうが良いんじゃないの?」
「お? それは確かにそうだな!」
「あ、あはは。否定できないからなにも言えない……」
いつもお世話になってます、メイドの皆さん。
ピンポーン。
裏口のほうからのインターホンだ。いつもは、業者の人達が来るところだが、時間帯的に違うだろう。もしや、噂をすればってやつかな。
「はいはい。開いてますよー」
「お邪魔、します」
「あら。まだ十分前なのに早いわね」
どうやら、本当に新人の子が到着したみたいだ。俺もどんな子なのかと見に行く。
「ほら、刃太郎くん。この子がそうよ。すごく可愛いでしょ?」
あれ? なんだか最近見た事があるような。
「初めまして。今日からアルバイトとしてお世話になる。巽咲子です」
「ふ、藤原の彼女さん?」
この前、藤原に見せてもらった彼女。
まさか、山下書店にアルバイトとして入ってくるとは。
・・・★・・・
「いやぁ、驚いたよ。まさか、紹介されてすぐ会うなんてさ」
「あんたって本当女の子に会う確立が高いわよね。さすが、勇者様ね。あ、そこ宝箱あるからちゃんと取ってね」
藤原の彼女である、巽咲子と会ってから次の日。今日も、アルバイトがあるのだがまだ時間があるのでいつものようにリフィルと一緒にソファーに座りゲームをしている。
舞香さんと有奈は、すでにそれぞれ会社と学校に行っており、今このマンションにいるのは俺とニィとリフィルだけだ。
現在の時刻は、十一時半前。
そろそろ出てもいい頃だが、これを終わらせてからでも遅くないだろう。
「とはいえ、恋愛に発展しないんだよなぁ」
「あんたならなんとかなるわよ」
「そんな無責任な」
「あたしにはどうでもいいことだもの。なんなら、ニィを貰えば?」
「冗談でも止めてくれ……」
確かに、ニィは可愛いけど。あいつ男だし。オージオもどうして男にしたのか。いや、男なら男でちゃんとグリッドのような男らしい見た目にすればよかったはずだ。
まあ、その理由が可愛い見た目の男がいてもいいだろ? 神様なんだし、だと言っていたっけ。
洗濯物を干しているニィに視線を送るとにっこりと笑顔を作る。
よく、男の娘だからこそいいとか言う人もいるけど、結婚相手と考えたら真面目に考えたほうがいい。本当にそれでいいのか? てな。
「よし。終わりっと。そんじゃ、俺はそろそろバイトに行くわ」
「いってらー。あ、そうだ。帰りにこのメモに書かれてるもの買ってきて」
「はいはい……」
俺は、リフィルのイベント周回手伝いを終え、更に買い物のメモを貰いマンションから出て行こうとする。しかし、そこでエプロンをしたニィに呼び止められる。
「刃くん。なんだか最近、この辺りが騒がしくなってきているのです。何か事件に巻き込まれたらすぐ私を呼んで欲しいのですよ」
「了解。それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃいなのですー!」
騒がしくなってきている、か。そういえば、フェリルの奴もなんだかそんなことを言っていたよな。面白いことになっているって。
マンションから出て、真っ直ぐ山下書店へと向かっている途中、俺は考えた。
俺がこっちに帰還してから、さまざな出来事を体験した。
ザインのしつこいストーカー行為から始まり、コトミちゃんの教育係をやって、温泉旅行先でのこと。
この数ヶ月で色んなことが起こったな。
思えば、俺がまだ異世界に召喚されていない頃からこの地球はそれなりのファンタジー色を持っていたってことになる。
もし、俺が異世界召喚で勇者になり、この力を手に入れていなければ……乗り切りことはできなかった。いや、むしろこんな毎日を過ごすことすらできなかったかもな。
「あれ? あそこにいるのって」
信号が青になるのを待っている頃だった。見覚えのある姿を視界で捉える。藤原の彼女で昨日山下書店の後輩アルバイトになった巽咲子だ。
正直、さんづけをしようかどうか迷っていた。一般的には、俺は二十歳になっているが、実際の俺は十七歳。藤原と同い年ってことは、彼女も二十歳というわけだ。
だから、昨日も最初はさんづけで呼んでいたんだが。結局、同い年で俺のほうが先輩ということでさんづけは止める事になった。
「様子がおかしいな……」
何をしているんだろうと観察していたところ、口元を手で押さえている。顔色も悪いようで、そのまま咲子は細い道へと入っていく。
俺は、信号が青に変わった瞬間、彼女の下へと駆けつけた。
細い道に入ると、少し進んだところで膝をついている彼女を発見。
「お、おい。大丈夫か?」
「あ、威田さん。だ、大丈夫ですよ」
どう見ても大丈夫のようには見えない。顔も真っ青で、声に力がない。
「大丈夫には見えないんだが……」
そういえば、この近くに病院があったな。小さいところだが、今はそこに頼るしかない。
「待ってろ、今病院に」
と、彼女を抱きかかえたところで、待ってくださいと服をぎゅっと掴まれ止められる。
「ほ、本当に大丈夫です、から。この時期は、いつもの……ことなので」
「いつもの?」
どういうことだ? と首を傾げたところで彼女の首飾りに目が行く。そういえば、昨日から気になっていたけど。この首飾りなんか力を感じるんだよな。
昨日までは、亀裂が入っていなかったが今は亀裂が入り力が漏れ出しているように感じる。それに、咲子自身からも。
「はい。あなたになら、話しても大丈夫そうです。いいえ、むしろ聞いて欲しいんです」
俺に抱きかかえられたまま、咲子は呟く。
どうして、自分がこうなっているのかを。
「実は、私。普通の……人間じゃないんです」
そう言って、彼女はくいっと自分の歯を見せ付ける。
歯が、尖っていた。
まるで、牙のように。




