第二十六話「追いつかせない」
華燐が坂道を上り始め、いったいどこにボタンがあるんだろう? と思い始めた頃だった。
『いよいよ始まりました、第二コース! 第二コースは、急な坂道を永遠の上りながらボタンを押していくコースとなっています! 体力を永遠と奪われながら、どこから現れるかわからないボタンを押していかなくてはなりません!! これはかなり体力と集中力が必要となりますが。第二走者のお二方は、どうでしょうか?』
『地球チームの華燐は、刃くんの次に身体能力が高く、冷静な判断力があるのです。もちろん、昔からこの世の悪霊達と戦ってきたので、体力にも期待できそうなのです』
小型飛行船に乗ったサシャーナとニィーテスタが頭上からマイク片手に喋りだす。
『ほうほう。では、ヴィスターラチームのアデルト選手は?』
『アデルトも、かなりのものなのです』
『では、この第二コースもかなりの高カードとなるということですね!』
華燐自身もアデルトが、かなりの実力者だということは理解している。仮にも、刃太郎と一緒に世界を救った者の一人なのだ。
油断など一切できるはずがない。
(だから、私は私にできることを全力でやるだけ)
華燐は、思い返した。
この第二コースに連れられた時のことを。スタート前に、もう質問はないことになっていた。だが、相手がアデルトとなった瞬間、ひとつの質問をサシャーナとニィーテスタに投げた。
その質問とは。
『あーっと!! ここで、アデルト選手が坂道を上ってきたぁ!!』
「きた」
思っていたよりも速い。
だけど、もう準備は万端だ。
「丁度よくボタンも!」
アデルトが坂道を上った瞬間に、華燐の真横に突如としてボタンがある台が出現。華燐が押すべきボタンは全部で三つ。
さすがに、この坂を上りながら、しかも同じ坂だ。押すボタンも少ないのかもしれない。
『華燐選手! さっそく一つ目のボタンを押した! だが、アデルト選手がどんどん迫ってきている!』
「華燐さん! 追いつきましたよ!!」
まるで坂道をものともしていない軽快な動き。さわやかな声で、華燐へと叫ぶアデルトだったが。華燐は……怪しく微笑んだ。
「ううん。簡単には、追いつかせないよ」
刹那。
アデルトの足元から、眩い光が溢れ出す。それは、無数の腕となりアデルトをがっちりと拘束した。
そう。華燐がサシャーナ達に問いかけたことは、妨害はありなのか? ということだった。
その問いかけの結果。
「殺傷レベルでない限り、妨害はありなのです。でも、この急な坂道を上りつつボタンを押しながら、妨害工作なんて、できるのですか?」
「もちろん。やらなくちゃ……簡単に追い越されそうだから」
しかし、この妨害工作はこちらが最初に坂道に上らなくてはできないことだったが、それを刃太郎が可能にしてくれたのだ。
無数の腕に拘束されながらも、アデルトはまだ余裕の笑みを浮かべている。
「僕に気取られずに……地球の術者は、中々のものですね」
その褒め言葉を背中で受け取りながらも、華燐は坂道を上っていく。あの程度では、数秒の足止めにしかできないだろう。
だから、その数秒でも、少しでも動きが止まっている間に先に進む。
「ですが。僕も負けていませんよ!!」
(あれでも、上位悪霊を数分拘束できる霊力を込めておいたんだけど……やっぱり、そうなっちゃうか)
振り向かずとも感じる。
自分の仕掛けた罠が破られたことを。
「まずは、ひとつ!!」
そして、すぐに一つ目のボタンを押し急速接近してくる。
「二つ目……あんなところに」
すでにボタンは出現していた。だが、まだまだ距離がある。更に、後ろからはアデルトが接近。この板ばさみ状態の中で、華燐はふうっと呼吸を整え霊力を解放する。
第二の試練で、バルトロッサと戦い多少霊力を減らしてしまったがまだまだいける。
「霊力の壁ですか」
次なる妨害は、霊力により作った壁。
この壁は、上位の悪霊でも簡単には破れない代物。しかも、それを更に霊力を込めることでより厚く頑丈に強化している。
先ほどの、無数の腕よりは足止めができるはずだ。
「その間に、ボタンを!!」
華燐は急いだ。それは、今にもボタンが坂道に消えていきそうになっているからである。坂道はすでに半分を上り切ろうとしている。
あれを逃せば、もしかしたら坂道を戻らなくてはならないかもしれない。
そんなことをしていたら、アデルトにあっという間に追い越されてしまう。
「間に合って……!」
ぐっと手を伸ばし、ギリギリのところでボタンを押す。
それと同時に。
バリィン!! と大量のガラスが割れたような音が響き渡り、背中から衝撃波が襲う。
「嘘でしょ……」
ついつい立ち止まってしまうほどの力。まさか、拳ひとつで破られてしまうなんて華燐は思わなかったからだ。
でも、こっちはすでにボタンを二つ押している。後は最後のボタンを押してこの坂道を上り切るだけ。
対して、アデルトはまだ二つ目のボタンを押しておらず、華燐との距離も空いている。
(急ごう!)
・・・☆・・・
「実は私、走るの得意なんです」
「え? あ、はい。そう、なんですか」
それは突然だった。
第三コースで、第二走者の二人を待っているリリアが、突然ぼそっと呟いたのだ。有奈は、かなり緊張しているのと、突然の自慢だったので微妙な返しになってしまう。
しかし、リリアはそんなことをお構い無しに淡々と語りだしていく。
「昔、私はとても貧乏でして。フォンティーナ一族の中でも、本当に貧乏でした。でも、私はめげなかった。野山を駆け回りながら必死で狩りをして食料を確保したり。子供達が集まるかけっこ大会で優勝して賞品を手に入れたり……シスターになる前の私は、こう呼ばれていたんです。疾風のリリアと」
「し、疾風のリリア。な、なんだかかっこいいですね!」
「そんなことはありません。ただの貧乏な女の子だったのですから」
キメ顔で言ったリリアはそのまま真っ直ぐ第三コースを見詰め、有奈はどうしたらいいんだろうっと困り果ててしまっている。
だが、ここで有奈は思った。
(もしかして、困らせることで妨害しようとしているのかな?)
まだ知り合って日が浅いけど、そんな人には見えない。とはいえ、どうしていきなり自慢話をし始めたのか。
まさか、これがレースだから? 差がつけられても追いつけるぞと言っているのか?
「あの。リリアさん」
「なんですか?」
よかった、ちゃんと口は聞いてくれるみたいだ。敵同士とはいえ、待っているこの時間をただただ無言のまま過ごすというのは、耐え難いものがあった。
なので、先ほどの話を聞いた後に気になったことを問いかけてみる。
「なんで、リリアさんはシスターになったんですか?」
「ああ、そのことですか。それはですね、先ほど私の家は貧乏だと話しましたが。実は、十歳になる前。教会に侵入して」
「有奈ー!!!」
刹那。
後ろから、華燐の声が響き渡る。
振り返ると、呼吸を荒くし汗を大量に掻きながらもこちらへ走ってきている姿が見える。しかし、素直に喜んではいられなかった。
それは、すぐ後ろから同じく第二走者のアデルトが追いかけてきているからだ。
「ご、ごめん。追いつかれないようにすることしかできなかった……」
「ううん。良いんだよ、華燐ちゃん。後は、私に任せて!! 行ってくるよ!!」
追い抜かれなかっただけでも、すごいことだ。
その呼吸の乱れよう、汗の量から全身全霊で止めにかかったということはわかる。その努力を無駄にはできない。
ここで自分も、全力を尽くし最終走者のリリーに。
「すみません、リリアさん。追い抜けなくて」
「仕方ありません。あなたの本気はあの剣を抜いてからなのですから。大丈夫です……疾風のリリアと呼ばれた私が大差をつけてみせますよ!!」
そして、少し遅れてリリアが走り出した。
その自信溢れる姿に、アデルトは安心したように見送った。
「あぶっ!?」
「ひゃっ!?」
「あっ」
だがしかし、突然出現したぬるぬるが二人の走りを妨害した。リリアは、顔面から派手に転び、有奈は強く尻餅をついた。




