第九話「狙われた妹」
※二十九年七月三十一日現在、ここからの話をちょっとだけ改善しました。
パフェを奢ったら、バルトロッサは気持ちよく帰ってくれた。
どうやら、今日はこの地球という世界を観光してくるというのだ。本来、魔帝ならば異世界だろうと侵略してやるというところだが、俺が騒ぎを起すな、と言っておいた。
俺が勝者である限り、あいつはあの頃のようにはいかないだろう。それと、監視の件だが、明日からにしてもらった。
さて、俺はこれからどうするか。
現在の時刻は十時ちょっと過ぎ。
まだ昼間では時間がある。
どうしようかと考えていると。
「お? あれは」
人ごみの中に、見覚えのある人影を発見した。
……有奈だ。
ど、どうして学校に行っている筈の有奈が? 見間違いか? いやだが、俺が有奈を見間違えるはずがない。
成長して、髪の毛の色を変えてもわかった俺だ。
それに、私服の通行人がいる中で、制服の少女は嫌でも目立つ。
「……」
今回は、尾行せずに話しかけてみるか? 今のところ、あの二人はいない。単独で行動しているようだ。舞香さんの話では、毎日登校はしているって言っていた。
意を決した俺は、有奈に近づいていく。
「有奈!!」
名前を叫ぶと、有奈はびくっと肩を震わせる。
「有奈。……有奈?」
「……なんだ、兄貴か。どうしたの? こんなところで」
うーん、強気な有奈もまたよし! ではなく。
「どうしたじゃないぞ。学校に行っているはずだろ?」
「そんなの兄貴に関係ないじゃん。私が何をしていようが」
「関係はある。俺はお前の兄だ。兄として、妹が道を踏み外したら、正してやりたい」
有奈は、未だにむっとした表情で俺のことを見詰めている。
「ふーん。……あっ、兄貴。私、ソフトクリーム食べたくなっちゃった。それ、食べたら学校に戻ってあげる」
「ほ、本当か?」
「うん。約束してあげる」
「マジか! よっしゃ! ちょっと待ってろ! 今、買って来てやる!!」
ソフトクリームぐらいなんともない。俺は、有奈を正しい道へ導くためソフトクリームを求め、走り出す。
この辺りだと、裏路地を通っていけば近いはずだ。
もし、あの店が残っていればの話だけど。
「ふははははっ!!」
「……」
なんだろう。
裏路地に入った瞬間に、変な人を発見してしまった。漆黒の衣に身を包み、腕を包帯で巻いている赤髪の男。
不気味な笑い声を上げている。
「この地は、中々いい! 負の感情に溢れているではないか! 先日は、あのリーゼントを使って失敗したが、次はやり遂げてみせる!! さーて、次は誰に……ん?」
男はようやく俺の存在に気づいた。
じっと俺のことを見詰め、観察している。そして、なにか気に入ったのかにやっと笑みを浮かべた。
「貴様! いいところにきた!! どうだ? 絶対なる力が欲しくはないか?」
「いや、いらん。つーか、退け。俺は今非常に忙しい」
「なに!? 力が欲しくないというのか!? 何をも屈服させる力だぞ! 見るがいい!!」
断られるとは思っていなかったらしく、驚く男だったがすぐに右手を突き出し、黒きオーラの塊を俺に見せ付ける。
あのオーラ……確定。こいつ自身もリーゼントって言っていたし。こいつが、あのオーラを配っている奴か。まさか、こうもあっさり見つかってしまうとは。
「どうだ? こいつを身に宿せば、絶対なる力が手に入る! 欲しいものも、取り放題! 馬鹿にしてきた奴らも殺し放題だ!!」
「いやだから、いらないって。いいから退け。俺は今からソフトクリームを買いに行かなくちゃならないんだ」
早く有奈にソフトクリームを買ってあげて、学校に戻って貰わなくちゃならない。このまま強行突破もいいが、その前に。
「なんだと!? これでも、欲しくないと言うのか!? 貴様……どれだけ欲がない!!」
「欲はある。だが、今はそれどころじゃない」
「くっ! このザインの誘いを拒むとは……!!」
あ、はいありがとうございます。ザインさんですね。了解です。
「ならば、仕方あるまい。無理やりにでも!!」
「だから……退けって言っているだろうが!! 俺は妹のためにソフトクリームを買わなくちゃならないんだよ!!!」
「ぐあああ!?」
何かをしようとしていたが、俺の先制パンチで撃沈。神聖剣があれば、一撃で消滅させたものを。魔力を込めたアッパーカットで見事ビルの屋上に届くぐらい吹き飛んだザインなる男。
地面に叩きつけられるように倒れたザインは白目を向いたままピクリとも動かない。
これでやられてくれれば助かるんだが。
「そこで待ってろ。有奈の用を済ませたら、お前の相手をしてやる」
急げ、急げ。早くしないと、有奈が悲しんでしまう。
「あ、それと。お前、バルトロッサとキャラ被ってるから」
喋り方的な意味で。
などと言っていると、青白い粒子となって四散していく。おや? これは倒したと考えていいのだろうか。
それから俺はソフトクリームを無事購入して、有奈のところへと戻ってきたのだが……。
「有奈ー!! ……って、あれ?」
姿がなかった。
もしかして、近くの喫茶店にいるのかな? それとも、どこかに隠れている? 気配は……この近くにはないようだな。
「あの!」
「なんだい?」
通りかかった三十代ぐらいの男性に俺は問いかけた。
「この辺りで、茶髪の女の子。あぁっと、笠名高校の制服を着た子見ませんでしたか?」
「笠名の? どうだろうなぁ、見なかったと思うけど」
「そうですか……ありがとうございます!」
まさか、変な事件に巻き込まれたんじゃないよな? 有奈……いったいどこに行ったんだ!
・・・☆・・・
「……はあ」
威田有奈は、学校近くの公園のベンチでため息を吐いていた。
その理由は、兄を騙してしまったからだ。
ちなみに、有奈はちゃんと登校はしたが体調が悪いと嘘をつき、保健室に行くふりをして学校を出ている。
さすがにこれはやり過ぎたかな? と思っていたところに兄である刃太郎が現れたのだ。
その瞬間、驚いたがすぐに気持ちを切り替え悪い子を演じる。
刃太郎は、学校に戻るようにと説得してきたが、悪い子である有奈は、兄がソフトクリームを買ってきている間、待っていることなくその場から離れていった。
そう、ソフトクリームが食べたいというのは嘘。
刃太郎を自分から突き放すための、嘘だったのだ。今頃、刃太郎は自分のことを探しいるに違いない。
「やり過ぎちゃった……かな」
今まで、あんな風に刃太郎へ嘘を言ったことがない有奈は反省していた。
「でも、お兄ちゃんがもっと早く帰ってきたら、私もこんなことは……」
違う。
刃太郎だって、必死だったんだ。突然異世界に召喚されて、死に物狂いで使命を真っ当し、こっちの世界に無事戻ってきてくれた。
刃太郎は……何も悪くはない。
「とりあえず、学校に戻ろう、かな」
せめて、学校には戻ろう。
そう思った刹那。
「やあ、お嬢さん。こんな時間にこんなところで何をしているのかな?」
二人組みの男が近づいてきた。
一人は、なんだか紳士的な感じの雰囲気で、スーツを着ている。もう一人は、丸刈りでサングラスをかけていた。いかにも、悪そうな人達という容姿だと有奈は思った。
「い、いえその。ちょっと寄り道をしていただけです」
「寄り道、ですか? しかし、見たところ笠名の生徒とお見受けしますが? 学校はどうなされたのですか」
もしかして警官? でも、そうは見えない。でも早々に退散したほうがいいかもしれない。そう思い、有奈はにっこりと愛想笑いを作る。
なんだろう。なんだか違和感を感じる。優しく、笑顔で質問をしているだけなのに。どうして?
これ以上関わりたくない。
そんな感情が滲み出てくる。
「ちょっと用事があって。もう用事は済んだのでこれから戻るところなんですよ」
「そうなのですか。では、学校までお送りしましょうか? 実は、丁度笠名の近くを通るんですが」
「い、いえ。大丈夫です。自分で戻れますから」
「おい。お前のやり方はいつもまどろっこしいんだよ。欲しい女がいるなら……」
いつまでも、喋っているスーツの男に対して、サングラスの男は有奈の目の前に立ち、突然手をかざす。
「あ、あれ……?」
すると、有奈の意識が突然途切れ始めた。
「これで良いんだよ。たく、時間のかかる方法を取りやがって」
「おやおや。あまり乱暴なのはいけないと私は思っていたのですが」
(なんで……突然……)
途切れゆく意識の中、有奈は男達の会話を聞いた。
「にしても本当にすげぇな、この力。最初は疑っていたが、馴染みだした瞬間すげぇ力を発揮しやがる」
「では、次に行きましょう。彼も、今か今かと心待ちにしている頃でしょう」
(……だめ、もう……意識が……)
このまま意識を失ったら自分はどうなってしまうのだろう。想像しただけで、身震いをしてしまう。
(お兄……ちゃん……)
次回、主人公激怒。




