第四番 卒業だけはさせて
双子村を出発してから二カ月以上が過ぎた。双子が持っていた情報を頼りに今は『処女宮』の女性が住んでいる街を目指していた。
ユメノと雨音の膝の上にはそれぞれ颯真と楓真が座っている。電車内は混んできて、少しでも多くの乗客が乗れるようにと気を配ったものだ。肝心の双子はというと電車に乗ったことがなかったらしく、それだけでワクワクしていた。
「双子ちゃんって、本当に賢いんだね」
ぼそっとユメノが呟くと膝の上に座っている楓真が足をぶらぶらさせた。
「うん、だーれも遊び相手してくれなかったから。暇だったから。高校までの教科書は一通りやったよ」
いつの間にか颯真も雨音の膝の上で足をぶらぶらさせている。雨音はそんな颯真の頭をなでなでいじくりまわしていた。
「まぁ、大学や専門学校は村を出て行っちゃうから僕らでも勉強することは出来なかったけどね」
いや、十分だと思います。ひとまず分かったことといえば、この双子は陽気で好奇心が強く知的なのだと。ほんの少し、行動が軽薄だとも思われるがそれは年相応のものだろうと考えられる。
「今更なんだけど、颯真と楓真は『双児宮』なんだよね。雨音が『双魚宮』で……。あれ? 双って入ってるけどこれはどういう意味?」
本当に今更ながら雨音のことを疑問に思った。雨音の家族構成を正確には知らない。沢山の布団があったのはきっとお客さん用も混じっているからだとは思うけれど、明らかに部屋の数が一つ多いようにも思えた。
颯真の頭から手を放し、向かいにある窓の景色を見つめてため息をつく雨音。この顔も初めてみる。
「隠し通せると思ったんだけどな。やっぱり無理か。うん。そう、私も双子なの」
えっ。兄弟がいるとかじゃなくて双子? あれ? じゃあ、あの時一卵性の双子を珍しく見つめていたのは……
「あ、私は二卵性の双子よ。女と男の双子。もちろん私の方が姉」
とにかくあいつは女好きで女性に声をかけまくって、振られまくっているわ。その割には、イケメン顔だからもてるのよ。言い寄ってくる女性には興味を示さないのに、謎だわ。あいつ……
つまり、雨音は二卵性の双子で、『双魚宮』の化身なのは雨音。そして、弟は女好きで家族も手に余っている。ユメノが泊まったあの日、弟は大学のサークルの合宿中だった。ちなみに雨音も大学に通っていたが旅を優先させたがために休学中と……
電車から降りると目の前にある大きな学園を見つけた。どうやら有名な女子学園なのだそうだ。男子禁制の超一流のエスカレーター式の学校。中途入学が一切認められていないこの学園は初等部~高等部、大学、大学院が揃うところであった。中途入学は認められていないものの、みんながみんな大学、大学院に進むとは限らず、そのあたりはかなりの自由が与えられている。また、男子禁制ではあるものの、初等部のみ他校の男子生徒と合同で授業を行うそうだ。さすがに小さいころから男女を分けることは教育上よくないらしい。男女差別の根源ともなりかねないからだ。
「ここの生徒って、高確率が政治、経済関係に進出したり、女医になったりしてるのよね。すごいよね」
雨音は羨ましいと言わんばかりの目をしている。ユメノも興味が引かれる。双子は男の子であるため、あまり興味が無いようだった。学園の時計が十六時半を示し、大きな鐘の音を鳴らす。するとぞろぞろと門の周りにスーツ姿のお兄さんやお姉さんが集まってくる。まるで記者のごとく。彼らが記者ではないのは見る限り分かるのだが。
高等部の生徒が門から出てくる。記者みたいなお兄さんたちはお目当ての学生を探している。まだか、まだ教室にいるのかと。首を長くして待っている。なかなかお目当ての生徒は出てこない。
ふとユメノが足元を見たとき、双子の姿がなかったのである。何度も何度も周りをきょろきょろしていると、雨音が双子を見つけた。雨音も驚きのあまり固まってしまっている。
なんと、双子は記者みたいなお兄さんたちに話しかけていた。するとどうだろう、一斉に人がはけていく。正確には一斉に彼らは別のところに走っていく。帰ってきた双子に話を聞いてみると……
「お兄さんたちに、お目当ての人は裏門から出ていったよって伝えた」
「すると、瞬く間に走って行っちゃったよ」
これで僕たちも目当ての人に会えるね。
満面の笑みをする双子が一瞬悪魔のようにも見えて、どうしたものかと思ったユメノであった。
「あ、やっぱり颯真、楓真の仕業だったか」
不意に双子の背後から声が聞こえた。制服がここの学園生徒だと裏付けた。
「でも助かったよ。ありがとうね」
眼鏡をかけ、ポニーテールにしている高校生が双子に視線を合わせるため、その場にしゃがみこんだ。双子はそれに気づくとどういたしましてと言わんばかりの笑顔を高校生に向けた。その笑顔を確認した高校生は立ち上がり、一度スカートをはらってからこちらに向き直った。
「あなたがユメノさんですね。自己紹介をしたいものですが、先にここから逃げましょう」
高校生は自己紹介をするのかと思ったが突然ユメノの手首をつかみ、走り出した。雨音の方は双子に両腕を引っ張られてちゃんと後ろを走ってきていた。
高校生の自宅まで走った。現在、ユメノたちは客室にお邪魔していた。和風の味が染み出ている畳の部屋で自然と背筋がぴんと伸びてしまう。そんな中、家政婦さんが人数分のコップとお茶やジュースを持ってきてくれた。高校生とユメノ、雨音はお茶をいただき、双子はカルピスソーダをいただいた。
「さて、先程いきなり走らせて申し訳ございませんでした」
ユメノはこの一言で確信した。
「もしかして、あの記者みたいな人たちの目的とする人って、あなたですか?」
「ええ。そうです。あの人たちはこの街ではかなり有名な大企業の人たちなの」
ああ、わかっていたことだけど、記者ではなかった。それよりも、大企業の人たちに校門前で待ちかまえられるなんてこの高校生はどんな人なんだろうとユメノは思うしかなかった。
「さて、自己紹介がまだでしたね。颯真と楓真から大体のことは聞いていますから、こっちの自己紹介の方がいいんですよね」
彼女は少し、ブラウスをはだけさせて、左胸にある乙女座のマークを見せた。
「私は『処女宮』の友里亜です。学園高等部の生徒で来年の二月に卒業をします」
ここに来るまでに双子が手紙を書きたいだの送りたいだの言っていたのはこれだった。
「友里亜さん。すでに颯真と楓真の手紙で知っていると思いますが、改めて私からお願いします。私はユメノ。失った故郷の村を復興するために、『黄道十二宮』の皆さんの力を借りたいのです。どうか、お願いします」
いいよ。
友里亜はあっさりと答えた。笑顔で、私の手を取りながら。
「その代わり、一つお願いがあります。私は、先程の大企業の人たちのスカウトをすべて蹴り、あなたの願いを叶えるために一緒に行動することを選びました。ですが、私は私としてやるべきことはきちんと終わらせたいのです」
友里亜が言わんとすることを雨音は確信した。それどころか友里亜の性格をすでに理解したかのように家政婦さんにお茶のお代わりを頼んでいる。双子は友里亜から借りた教科書を黙々と読んでいた。
「私に出来ることなら何でも言ってください」
ユメノは真剣に友里亜を見つめた。友里亜の方も真剣にユメノを見つめている。十八歳の彼女の顔は幼さを残しつつも、大人の顔に近づいている。
「卒業だけはさせて。旅の参加は卒業の後でお願いしたいの」
「もちろん!学校を辞めろなんて私は言えませんよ」
先程まで真剣に見つめあっていたが、二人の間には温かみが湧き出ていた。今日は十二月三日。街はクリスマスの飾りつけで賑やかである。女子も男子も、女性も男性もきらきらと輝いて見える。たとえ、リア充であろうとも、非リア充であろうとも。あわよくば彼氏彼女が出来るのではないかと考える人も考えない人も輝いて見える。それはきっとこの街の人たちがキリスト教信者だからなのだろうか。
閑話休題。話を元に戻すと、友里亜の願いもすんなりと受け入れたところで、友里亜の両親に通信用の携帯電話を渡された。自宅や友里亜の通っている高校から想像は出来たが、なるほど彼女の家はお金持ちのようで、それも成り上がりではなく先祖代々だそうだ。
この携帯電話で友里亜と合流することが出来る。さて、友里亜の卒業式は二月三日。それまでまだまだ月日はかかるがしかし、これはこれでユメノの願いである故郷の復興まで歩を進めた感じであった。
この物語の女性陣は何かと旅に前向きだな。と思う今日この頃。偶然です。
さて、大企業にスカウトされる友里亜さんは一体何者か、この話では分かりづらいと思いまして、書いてみましたよ、後日談。こちらも本日中に投稿いたしますね。