第三番 自由を手に入れよう
翌朝、今日こそはお願いをしなければならない。一つのところでとどまっていられない。村人たちは待っている。それに、ここの村人たちにもこれ以上迷惑はかけられない。
ユメノは少し、焦っていた。昨日は一日中遊びに付き合わせられたことでそれどころではなかったし、何より筋肉痛に悩まされた。心の中でもやもやしている中、昨日の会話どころではなかった。まだまだ成長過程のユメノの心ではこれがいっぱいいっぱいだ。
爽やかな朝日が昇っている。朝食を済ませて雨音はユメノに相談した。
「ユメノ、私から提案があるんだけど、少しいいかな」
もやもやもやもやしているユメノを察したのか、雨音は優しく声をかける。いつもより何倍もお姉さんのように見える。爽やかな朝日が雨音のことを照らしている。
黙々と歩き続けていたユメノがはっとして雨音を見直したが何もなかったようにいつもの雨音がそこにいた。
相談内容はこうだ。今日も颯真と楓真の遊び相手をする。満足するまで遊びに付き合ってあげる。今夜は何としてもこの二人にユメノのお願いをする。そしてその際、ユメノが双子にお願いし、雨音が村長さんに説明しに行く。そして、翌朝、旅を再開する。
とりあえず、この提案を飲むしかユメノは無かった。筋肉痛のことも含めて遊ぶのはちょっと辛かったがやるしかない。自分がやるしかないのだと言い聞かせて。
「いや……。無理かもしれない」
早速弱音を吐くユメノは楓真を肩車して村中を走りまわっていた。筋肉痛の体で。もちろん雨音は雨音で颯真を肩車して楽しそうに走りまわっていた。
「ユメノのおねーちゃん、今日もいっぱい遊ぼうね」
満面の笑みの楓真を見てユメノもなんだか楽しくなってきたのか、笑顔が零れだした。さっきまで悩んでいたのが馬鹿みたいに思いだしたユメノは答える。
「うん!遊ぼう!私も誰かとこんなに遊ぶのは久しぶりです」
再び村中を走りまわっていると村人に捕まった。
「颯真様!楓真様!あああああ申し訳ございません」
洗濯物を干していた村人は腰を低くして何度も何度も謝ってくる。すると、先程まで楽しそうにしていた颯真と楓真は静かに肩車から降りた。村人の前に立ち、口を開ける。
「別に僕たちが村の中で遊んでてもおばさんは謝らなくてもいいのに」
「別に僕たちが村の中で遊んでても洗濯物干してていいのに」
怒っているわけではない。ただ、自分らに対する村人の反応が不満なのだ。この村はこの双子にとって満足に遊べる環境ではないということが理解できた。
そういうことか。雨音があんな相談をしたのは、このことをどうにかするためなのか。きっと私が双子にお願いしている間に、雨音は村長さんにこのことを話すんだ。双子のために。だったら今の私に出来ることは……
ユメノが納得した時、雨音はそれに気づき、うなずいた。
「これ以上謝らなくていいですよ。それからどうぞ、洗濯物を続けてください。濡れたままだと臭くなりますからね」
そして、颯真と楓真に向きなおる。
「よし、颯真、楓真。お姉さんたちと競争です。先に村のシンボルでもある大樹のところまでたどり着けた方が勝ちです」
「わーい。楽しそうね」
何故か一番楽しそうな雨音だったがその様子を見た颯真と楓真も楽しくなってきていた。
よーい……スタートォォ
四人ともダッシュでこの場を後にした。一人残された村人は一瞬固まった状態であったがようやく素に戻ったのかくすりと笑って。
「今回のお客さんは私たちの村の希望なのかもしれないわね」
大人気ない。こう思ったのは後にも先にもこの時だけであった。
「雨音ぇはっやい」
「雨音ぇ追いつけない」
さすがの双子も疲れたらしく大樹に持たれかかっていた。雨音はあれだけ本気に走ったにもかかわらず、疲れているようには見えなかった。
「これが雨音ぇの本気です」
どや顔する雨音を見て、ユメノも笑いが込み上げてくる。こんな顔を見るのは初めてだと。ユメノの知らない雨音を垣間見れて満足だった。
「ユメねぇもありがとうね」
「さっき、ああ言ってくれて」
嬉しかった。声をそろえて言う双子は神でもなんでもなく、ただの十歳の子どもの笑顔であった。無邪気に遊ぶ双子は昨日一緒に寝た、まあちゃんとみいちゃんと変わらないということに改めて気づいたユメノであった。
時は進みユメノは双子の家に、雨音は村長の家に向かった。
――ユメノサイド
「颯真と楓真。私、二人にお願いしに来たの」
「私の村は謎の火災で失ったの。私たち村人は避難生活を強いられている。避難先ではあまりいい顔をされてなくて、肩身の狭い生活をしている。そう。颯真と楓真がこの村に感じている不満と似てるもの」
「私は村の復興のために、君たちに力を借りに来たの。はじめは借りるだけだった。この村の事情は正直私には関係ないとも思った。それでも君たちと遊んだこの二日間で考えは変わった」
「一緒に旅をしない?」
一瞬の沈黙の中、本当に一瞬だけ二人の無邪気な顔を見られたが、すぐに曇っていく。
「無理だよ……僕たちはこの村の神様。この村を離れることは出来ない」
「無理だよ……僕たちはこの村の神様だから、自由に出来ない」
今にも泣きだしそうな二人の顔を見て、ユメノの胸がちくりとした。自分の旅立ちの時は、行ってこいと言ってくれる人がいたがこの双子にはそれを言ってくれる人はいない。神様、『双児宮』、『黄道十二宮』……。いろいろな単語がユメノの脳裏をめぐる中、一つの言葉に至った。
「そんなことないよ。あの雨音ぇだって、『黄道十二宮』だよ!『双魚宮』の化身だよ」
二人の曇った表情は晴れない。それどころかどんどん暗くなる。
「ユメねぇ。知ってる。右手の平にマークがあった」
「ユメねぇ。知ってる。魚座のマークがあった」
ああ、知っていたんだ。そうだよね。意外とわかりやすいところにマークがあるもんね。雨音は……
どうしたものかとユメノは思ったが、今朝の自分を思い出した。焦っていた自分を。なぜ焦ったのか。なんだ、簡単じゃないか。自分のことしか考えていなかったからだ。周りのことは言い訳だったんだ。ニヤッとするユメノ。多分初めて見せるだろう表情だ。
「双子村には沢山の双子がいる。村長さんだって腰を痛めていても双子だよ。だったら、双子である颯真と楓真が絶対、村にいなければならない理由はある?」
双子は答えないでユメノを見つめている。
「颯真と楓真はまだ十歳でしょ?もっともっと自由に生きる権利はあるんじゃないかな。だから、ふたりはもっと、自分のことだけを考えようよ」
「自由に生きる権利」
「自分のことだけを考える」
今の二人に先程までの曇った表情は無かった。ただ、一筋の希望に手を伸ばそうとしている。
「きっと、雨音ぇが村長さんを説得してくれるよ」
――雨音サイド
「ああ、雨音。今夜あたりに来ると思っていたよ。まぁなに、そんなに身構えなくてもよい。言いたいことは分かっているから」
「あの双子を連れていきたいのだろう。いや、連れていくというと悪い言い方になるからやめようか。うん。」
「同じ『黄道十二宮』として、今の颯真様と楓真様の扱いは気に入らないのだろう。君が小さかったときは、彼らはまだ産まれていなかったのだからね」
そうだ、雨音とあの双子はユメノ同様初対面でもあったのだ。それでも同じ運命を持つ雨音たちはお互いのことを他人事のようには思えなかったのだ。
「今の私は、ユメノの故郷の復興のために旅をしています。もちろん颯真と楓真もこれについて同意したうえで旅に参加してほしいです。それでも、この二日間で変わりました。今はただ、颯真と楓真に自由を知ってほしい。そのために、旅に連れていきたいのです」
少しの沈黙、村長さんはうつむいて一粒の涙を流した。
「ああ、私たちにそれを止める権利は無いよ。あの子たちに自由を教えてやってくれ」
雨音の肩の荷はおりた。説得するまでもなく。村長さん自身があの双子に自由を与えたがっていたのかもしれなかった。
弟さんが布団を持ってきて、雨音に渡した。
「今夜は遅いから止まっていきなさい。ユメノちゃんは双子のところにいるんだろ?明日の朝、村人に報告しておくから」
ユメノと雨音がそれぞれの場所で睡眠をとってから時間が早く過ぎたようにも感じる。もう朝だ。双子にとっての運命を自分で決める朝。
ユメノの背中に隠れていた颯真と楓真は雨音がこちらに来る様子をみて、ひょこっと背中から出てきて村長さん率いる村人と対峙した。
緊張からか何も言えない双子の前にとてとてと走ってきてくれたのが、まあちゃんとみいちゃんだった。それぞれにお手紙を渡して笑顔になる。
「旅でさみしくなったらまあちゃんの手紙を読んでね」
「旅で悲しくなったらみいちゃんの手紙を読んでね」
再びとてとてと家族のもとに帰っていくまあちゃんとみいちゃんが一度振り向く。
旅から帰ったら、一緒に遊ぼうね
大きく叫んだ。無邪気な顔で。可愛らしい笑顔で。
ようやく決心がついたようで、双子は顔を上げる。
「村長と弟と村人たち。僕たちは自由を手に入れるための旅に出かけてくる」
「僕たちは旅立つけれど、きっとここに帰ってくる」
「それまで、この村を守っていてください」
「そして、帰ってきたら、また、この村の仲間に加えてください」
いつまでも待っています。いつでも帰ってきてください。
颯真様。楓真様。行ってらっしゃいませ。
村長さん率いる村人の温かい送り出しに、双子は旅に加わった。
そうそう。今どきの十歳の遊びとは何なのか、考える間もなく、自分が何で遊んでいたかを書いてみました。さすがに肩車で走りまわるようなことはしてません笑
肩車で遊んでた覚えはあるような、ないような……
十歳といえば二分の一成人式の時期ですねぇ。この年で旅に出るのを許されるのはいかがなものかと考えましたが、考えるだけ無駄な気がしてきたので、考えるのをあきらめました笑
いろいろと可笑しな点がございますがどうか魅力のある作品になりますように。