第二十三番 宣戦布告
ユメノがオフィウクスとして覚醒してから早一カ月が経ちました。
残された雨音たちが動き出す。
自分以外は誰もいないと思っていた場所で、一人の男は声を掛けられていた。
「お前さん……、どこかで……、いや、なんでもない。して、何もないこの土地に何か用事でも?」
明らかに自分の立ち位置が怪しいと分かる男は一瞬にして取り繕うことに決めた。
「ご老人、私はしがない天文学者でして……。この村はどうしてこのようになってしまったんですか」
話をそらせる作戦だ。村だといってもおかしくない程度の土地なのだからさすがに怪しまれないはずだ。それにこの爺さんが村出身とか何とか言っていたはずだしな。
「ああ、ここは一つの村があった。『蛇遣い座』と呼ばれる十三番目の星座の化身が暮らす村がな。しかし、半年ほど前に彼女を狙うカルト教団とか呼ばれる男たちがこの村に火を放った。村人は一人を除いて全員無事だったのだが……」
男の顔など見ておらず、ひとりの村人は焼けて失った故郷を懐かしむように眺めている。
「それは、大変でしたね」
村人が言うカルト教団の男たちにはもちろん自分も含まれていて、火を放ったのはあくまで下っ端たちであるがすべての元凶は自分であることを何も知らない目の前の村人が滑稽に思えて仕方がなかった。しかし、男もなかなかの演技力でそんな要素を一ミリも表に出さないでいた。村人をいたわるように。同情しているように。
今にも泣きだしそうな顔をしていた村人はいつの間にか素に戻ったのか真剣な眼差しを男に向けていた。心なしか睨んでいるかのように。
「特に用事がないのであれば去れ。天文学者よ」
これ以上この場所にとどまる理由がなかった男はこのままの流れでこの村を去ることにしようと会釈をする。歩き出した男の背中に低い声が突き刺さった。
「お前にユメノは渡さんぞ。お前には神の天罰ではなく、星座の天罰が待っている」
負け犬の遠吠えだな。
フェニックスは背中に突き刺さった言葉を嘲笑うかのように受け取った。神ではなく星座の天罰か。興味深い。果たして、星座には人を罰するような力は存在するのか。いや、あったとしてもそれは既にこの男の手中なのだ。フェニックスを脅すほどの言葉ではなかったが……
ユメノはクリスティアと共に師匠の指導の下、己と戦っている。師匠のように力をコントロールできるように。そして、ブライオンとターマックの仕事は順調だ。フェニックスが掲げていた当初の目標を優に超えている。なにより、便りによればフェニックスがユメノのもとに帰ってくる日もあと数日となったということだ。
『蛇遣い座』の化身、オフィウクスがこのカルト教団に加わったことで急速にこの組織の力は強くなった。今や、この組織を知らないものはもぐりであると言える。もちろんこれらの情報は残された雨音たちにも伝わっていた。
「あれから一カ月が経ちますが……やはり、ユメノさんはまだ……」
友里亜の声が静まり返っていた空間に響き渡る。誰も、何も言えない状態で、それでもこの状態を何とかしないといけないと思っての発言だ。
「あの男に洗脳されている。あの男のもとにいる以上、洗脳は解けないだろうな」
友里亜が紡いだ言葉を拾い、言葉を繋げてくれたのは土師。この中で一番最年長であり、今のこのメンバーの統一を行う人物。
「怪しいとは思ったんだよ!だけど……俺、何もできなかった」
自分を責める枚方。彼は彼なりにユメノのことを大切に思っていた。自分と同じく、『黄道十二宮』の力の使われ方について、悩んでいたのだ。それなのに、自分はユメノのことを守ることは出来なかったのだと。フェニックスの仲間三人と対峙したあの日、あっさりと彼らに捕まってしまったことを思い出しては悔やんでいる。
「それを言ってしまったら、俺の責任でもあります。フェニックスとはどのような男なのか調べるために行動を共にしていたにもかかわらず、まんまと彼の思惑通りになってしまうとは……」
凛音は悔しそうに顔をゆがませる。生まれて初めての屈辱を浴びた。何のために行動を共にしていたのか。自分の行動が結果的にあの男にとって好都合になってしまった。
「違います……。枚方さんのせいでも凛音さんのせいでもありませんよ……。すべての原因はフェニックス。あの男なのですから……。あの男さえいなければ……」
そんなことを言っても仕方がないのは撫子も同じ。撫子は、自分はまだ何も変わっていないのだと落胆した。自分さえいなければなんて言葉をもう二度と、使わないようにと姉の桔梗に誓ってこの旅に参加したのに。自分とは自分のことだけじゃない。○○さえいなければという言葉そのものを使わないように心がけていたのだ。それは、この言葉を吐いたところで何も解決につながらないことを身をもって分かっているから。分かっていたはずだから。
再びこの空間は静まり返る。重苦しさを増して。解決策などない。このままずっと閉口し続ける。出口のない迷路を必死に探し続ける。そんな絶望が彼らのすぐ傍に居た。しかし、その絶望はあと一歩のところで踏みとどまっていた。
一か月間ろくに口を開くこともなく、気づけば涙を流していることがほとんどだった雨音は今は涙を見せていない。深呼吸の後、大きな声を出す。落ち込んでいた者たちは一斉に雨音の方を見る。何事かと。実際、雨音の声は窓ガラスを突き破る勢いであった。大きな声の後少し、小さくなった声の大きさで――
「私は、ユメノの一番の理解者だと思ってた。今も思ってる。だから、私はユメノが自分で気づくことを待っていたの。故郷の復興は確かに『黄道十二宮』の力が不可欠なのかもしれない。でも、そうじゃない。それだけじゃダメ。だってそんなの、ユメノじゃなくたってできる。私は、ユメノにこの『黄道十二宮』の力だけで故郷を復興してほしいんじゃないんだって、ユメノ自身が復興に加わってほしいんだって気づいてほしかったの!ばか!」
雨音の中に籠りに籠っていた感情が言葉によって流れ出していく。そこには雨音の感情が色濃く表れているのだが、なぜか言葉には希望が残っているように見える。
誰も雨音を止める者はいない。誰も雨音の言葉に否定的な感情を持っていない。雨音の言葉に残る希望がみんなにも見えていた。
ようやく雨音たちのシーンが入りましたが久しぶりすぎて我ながらどうしようか悩みました。
性格や喋り方、容姿など、しばらく時間が経ってしまいますと霞んできますね、設定が笑
雨音たちはこの後どのような動きを見せるのでしょうか。