殺し屋バニラ②
【使用素材】
紳士向けゆかりさん立ち絵 <http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im5641826>
その他
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パレナ市中央にあるスパキャッスル。
そこの和風サウナに少女はいた。
バニラと言われた殺し屋である。
彼女が、下着姿のあられもない格好で椅子に座っているのだ。
ルールはないとはいえ、ここでは女性は袖つき水着でのサウナ入室が普通であり、
肌の露出の多いバニラの姿は扇情的で艶かしく人の目に映ってしまう。
ゆえに、目の端にでも彼女の姿を捉えようとする好色な者が現れても
おかしくはない状況であったが、サウナにいる男全員が
下を向き彼女の方を見る者は一人もいなかった。
何故か?
それは恐怖を超えた戦慄を彼女から感じたからだ。
"見た目は少女。中身は魔物"という形容が相応しい
彼女の性質が計らずしも外に滲み出ていたのだ。
彼女がサウナに入った時点で中の客たちは
その謎の圧にたじろぎ微動だに出来ぬほど萎縮していた。
そんな中、巨躯の男がサウナに入室してきた。
ウエスタンハットにポンチョという古式縁の銃士姿の男である。
サウナが目的で来たのではないのは明白であった。
男は、萎縮する客たちを尻目に歩を進め
バニラの前まで来ると羽織ったポンチョを翻し腰の拳銃を抜くため
セットアップした。
何とバニラに勝負を挑んできたのだ。
そんな人間がまだこの国にいたとは。
バニラは驚愕すると同時に歓喜の笑みを浮かべた。
時は10日前までさかのぼる。
クローネファミリーというマフィアの事務所に
その銃士の男はいた。
男の名は、ソーヤ・サーディン。代々続く銃士の家系である。
特に祖父は"百歩拳銃"という必殺必中の銃技の創始者であり、
その腕前で数多くの武功を立てた伝説の男でもある。
幼くしてソーヤもその技術を叩き込まれており
早撃ちの世界では、祖父の記録も塗り替え、今現在
実質世界一位の記録を持っていた。
そんな男がマフィアの組事務所に招かれたのは
彼に、ある少女への殺しを依頼するためである。
ある少女。いや、もはや少女という形容が外見だけにしか
当たらないほどに禍々しい存在。
そう殺し屋バニラに対してのヒット依頼であった。
この街の殺し屋のほとんどはクローネファミリーの傘下にある。
無益な殺しをさせず、人の生き死にをコントロールすることで
組の威厳と縄張りを誇示するのが目的であり、
そこから外れる者には非情な制裁が科された。
たった一人バニラを除いては…
彼女絡みの抗争で死亡した構成員は優に100を超えており、
クローネファミリーの彼女に対しての万策は尽き果てていた。
そこで、白羽の矢が立ったのが歴戦の猛者であるソーヤであったのだ。
もっとも、ソーヤは殺し屋ではない。
若い頃、祖父たちとともに大戦に参加したことはあったが
それは国を守るための参戦であり、殺しが目的ではないのだ。
ここにも無論断る目的で来ていた。
しかし、マフィアの提示したバニラの映像資料に心を奪われる。
映像には歩道を歩くバニラと、一般人に成りすまし
背後から近づく三人の殺し屋が写し出されていた。
三人の男たちは同時に仕掛ける。
しかし、バニラは周囲の人間の歩幅をあざとく読んでおり
背後の者たちの歩幅が乱れるや否や
とっさに地面に伏せながら拳銃を抜き、三人の眉間を撃ちぬいたのだ。
その動きは流麗かつ美麗。
三発発射しているにも関わらず、ほとんど一発分の発砲音しか
聞こえなかった。
ソーヤはその映像を見て、戦慄し同時に歓喜した。
この者こそ、長い研鑽の果てに辿りついた"あの技"を
使う相手に相応しいと。
代々続く銃士としての闘争本能が彼の心に火をつけたのだ。
ソーヤは二つ返事でヒットの依頼を受ける。
そして現在。
ソーヤとバニラはサウナ内で対峙していた。
一方は、椅子に深々と腰掛けながら。
一方は、早撃ちのセットアップの姿勢で構えながら。
ソーヤの獲物は腰のホルスターに納められたリボルバー・クラークカスタム1911。
バニラの獲物はレッグバンドに挟んだ婦人用小型ピストルベレッタM418。
周囲の客たちは、声も出せずそのまま事の成り行きを見守る。
2mもないこの距離。お互い外しようもない距離である。
抜けば即、決着となるだろう。
だが、二人は抜かなかった。
いや、抜けなかったのだ。
ソーヤは、長い研鑽を重ねて創始した"リアクションドロウ"を
この場で敢行する気でいたからだ。
【リアクションドロウ】
拳銃を相手よりも先に抜こうとする意識的な行動速度よりも、
相手の行動をみて本能的に反応する速度のほうが速いという
論文を参考にソーヤが独自に編み出した技法。
旧世界、イギリスの研究チームが「決闘」に関して実施した実験で、
そのような結果が判明した。
実験したのは、英バーミンガム大学のアンドルー・ウェルチマン博士のチーム。
54人が参加し、拳銃の代わりに押しボタンを使い、行動速度を計測した。
その結果、自らの意思で最初にボタンを押す場合よりも、相手の手の動きに反応して
押す場合のほうが、圧倒的に行動速度が上がったという。
その論文に基づき研鑽したソーヤの早撃ち速度は飛躍的にUP。
ついには、祖父の持つ記録、0.02秒を大きく上回り
音を置き去りにすることに成功する。
だがこの技の性質上、相手の動きを見てから動かねばならない。
ゆえに、ソーヤは先に抜くことをしなかったのだ。
バニラもソーヤから発せられる尋常ではない殺気と自信に
蛇に睨まれたカエルのように動けなくなっていた。
先に動けば確実に敗北することがわかったからだ。
熱気篭るサウナ内。
お互いが動かずにただただ時間だけが過ぎていく。
だがソーヤはこの持久戦も計算に入れていた。
入れていたからこそ、この逃げ場のないサウナ内でバニラに仕掛けてきたのだ。
ここなら誰にも邪魔されることなく、何時間でも待てる。
あの灼熱のグラーデ砂漠での攻防戦を何ヶ月も耐え抜いたソーヤにとっては
サウナ内の熱気など何の問題もないことであった。
ソーヤが長期戦を覚悟した瞬間、バニラの口端は上がった。
歪にゆがんだ死神の笑み。
そして彼女は動く。
雷光のような速さで銃を抜き構えた。
それもソーヤの祖父の記録0.02秒を上回る0.008秒という驚愕の速度でのドロウ。
並の銃士なら、抜くヒマさえ与えてはもらえなかったであろう。
しかし、ソーヤのリアクションドロウはその速度をも超えた。
そして撃つ。
その銃弾はバニラの眉間にヒットした。
完全なる致命傷である。
それでもソーヤは止まらない。
戦場での二度撃ちは基本中の基本である。
一発だけでは敵の生存の可能性が高くなるからだ。
ソーヤは次の弾を発射するべく引き金を引いた。
しかし、その撃鉄は降りることはなかった。
撃鉄と銃本体の間に指を挟まれていたのだ。
撃鉄が降りなければ弾丸底部の雷管に衝撃を伝えることができず
弾は発射できない。つまり、拳銃は完全に無力化させられていた。
バニラである。
何と、さきほど眉間を撃たれたはずのバニラが
ソーヤの拳銃を横から握り無力化していたのだ。
これは古武術とリアクションドロウの弱点を突いたトリック。
リアクションドロウは、体の反射に委ねることで
その神速ともいえる速度を実現しているが、反射に委ねる以上
反射により生じる瞳の瞬きを制止することができないのだ。
人の取る瞬きは、ほんの数瞬のことではあるが、
武術の世界においては致命的な場合もある。
実際、空手において相手の瞬きの隙につけ込む特殊な移動術も存在し、
達人クラスの者が正しく行なえば対峙した者は
一瞬相手が消えたと錯覚するほどであるという。
この特殊な移動技術を"閃"といった。
その閃を用い、バニラはソーマの間合いを一瞬で潰したのだ。
彼がバニラの眉間を撃ちぬいたと錯覚したのは、瞬きをする前の残像が
瞳に残っていたからに他ならない。
いずれにしても決着はついた。
銃を封じられた上に、この距離である。
拳法家でもあるバニラに対し丸腰のソーヤが取れる戦法などあるはずもなく、
それがわかっていたのかバニラは、そのまま銃の撃鉄をヘシ折りサウナを後にした。
あまりの事態に崩ぜんとするソーヤ。
敗北した事以上に一流の銃士である自分が殺すまでもないと捨て置かれたのだ。
その屈辱はあまりに耐えがたい。
自信、自負心、誇り、気概、
そういったものが微々に砕けた表情をしている。
敗者の顔だ。絶望の顔である。
この表情の者は得てして不合理極まりない行動を取ることが知られている。
今回で言えば、後ろからとはいえバニラに殴りかかるという愚行極まりない行動。
寝込みを襲うならまだしも、超のつく一流拳法家に素手で挑むという悪手。
バニラは、ちょうどその時、売店で購入したコーヒー牛乳を腰に手を当てて飲んでいた。
そしてそのままの状態で体を一回転させる。
ふくよかな胸がソーヤの拳を横から打った。
そしてたったそれだけのことで、力を脇へと反らされた男はそのまま
カウンターに頭から突っ込み昏倒する。
一流の銃士を翻弄し、その巨漢の男の拳をも赤子の手を捻るかのように対処する。
それがバニラという少女。
名実共に最強の殺し屋である。