黒いドレスと白い花
遠い昔のことです。
ある森の奥深くに、大きな館がありました。
そこには、人形になって、心を奪われた娘がいました。
人形は一人ぼっちです。
人形は毎日、黒いドレスを着て、黒い髪をくしでとかします。そしていつも、同じ椅子に座り、玄関の扉をずっと、赤い硝子の瞳で見つめています。
人形は心がないので、退屈とは思いません。ずっと一人でいますが、寂しいとも思いません。
そんなある日の晩。一人の男が館を訪ねてきました。
館の扉を勝手に開けて、中に入ってきて、大きな声で言いました。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
人形はその男と目が合いました。
人形はいつもと変わらぬ笑顔を見せます。
男はまた大きな声を出しました。
「外は嵐で真っ暗で……道に迷ってしまったのです。どなたかいらっしゃいませんか?」
人形はじっと、男を見ていました。
男は視線に気づいたからなのか、分かりませんが、人形に近づき、語りかけました。
「こんばんは。お人形さん。ここの館の主がどこにいるか知らないかい? ……なんてね。人形が答えるわけないよね」
「コノ館ニ、主ハ、イナイ、ヨ」
「に、人形が……! 喋った!?」
男はまさか人形が喋るとは思わなかったのでしょう。
ひどく驚き、こしをぬかしてしまいました。
男は人形に質問をします。
「……どうして、人形が喋るんだい?」
「私ハ、人ダッタ、カラ」
「じゃあ、どうして人形になったんだい?」
「王サマニ、罰ヲ与エラレタ」
「罰を? それは可哀想に」
人形は赤い硝子の瞳をキョロつかせていました。
男は困ったようにあたりを見回しています。
「嵐がひどくて、全然道がわからなくなってね。一晩とめてもらってもいいかな?」
なんと、男は館にとまると言い出したのです。
普通なら人形を気味悪がって、館に近づきもしないのに。
人形は別にどうでもいいので、首をカクッと倒し、頷きました。
「ありがとう。ところで、君の名前は?」
「ゼフィラ」
「ゼフィラね。僕はラルフ。よろしくね」
彼はお腹を押さえて、人形に聞きました。
「……何か、食べ物を持ってないかい?」
「ココニハ、ナイ」
「君はお腹すかないのかい?」
「人形ダカラ、スカナイ。食ベ物ハ、タベナイ」
「そうなんだ」
ラルフと名乗った男は人形の横に座り、ずっと話しかけていました。一方人形は、別にどうでもいいのですが、ずっと玄関の扉を見つめながら、ラルフの話を聞いていました。
次の日の朝。ラルフは旅立つことになりました。
人形は引き留めるわけでもなく、じっと、ラルフが旅立つのを見ていました。
「とめてくれてありがとう。僕はもう行くよ。また来るよ。ゼフィラ」
一言残して、帰っていきました。
『また来るよ』という言葉に少し、首をカクッとかしげます。また来るのでしょうか? また来て、何か話をしていくのでしょうか?
人形は頭が取れそうなほど、首をかしげました。
また次の日。ラルフはやってきました。
「花をつんできたんだ。あと、時計を持ってきた。昨日一晩とめてくれたお礼に、受け取ってくれないか?」
ラルフは綺麗な花束とからくり時計を携えてやってきました。そして昨日と同じく隣に座り、話しかけてきました。
「君は食べ物を食べないと言った。だからこういう、形のあるものの方が喜ぶかなと思って……気に入ってくれたかな?」
人形はよくわからなかったので、とりあえず頷きました。それを見てラルフは「それはよかった」と微笑みました。
ラルフは旅をしていたと言う。
ずっと一人で旅をしていて、ひさしぶりに人と話したと言いました。
「私ハ、人じゃ、ナイ。私ハ、人形」
「でも、人だったのだろう? なら同じだ」
そう言って、楽しそうに話します。
夕暮れになると、昨日のように「また来るよ」といって帰っていきました。
それから彼は毎日のように、人形の館へ訪れました。
人形は彼から貰ったからくり時計を壁には掛けず、ずっと膝元においていました。
そして、玄関の扉を見つめるのではなく、いつもラルフが座る方を見つめるようになりました。
人形はラルフから“楽しい”という感情を貰いました。
人形は毎日、ラルフと一緒にいられて楽しいのです。
ところがある日。
館を訪れたラルフは笑顔ではありませんでした。
人形は気になり、ラルフに聞きました。
「ドウシテ、そンナ顔をシテいルの?」
「……さっき、町の方に行ってきて、君のことを聞いたよ」
ラルフはとても悲しそうな顔をしました。今にも泣いてしまいそうです。
続けて彼はこう言いました。
「君はずっと一人ぼっちだったんだね。周りからは呪われた子だと言われ続けて。でも本当は魔法使いのように、素敵な魔法を使えるだけだったんだよね?」
「……なぜ、そんなハナシをするノ?」
「君を助けたいんだ。僕も魔法使いだから、呪いを解く方法があるかもしれない」
なんと、ラルフは魔法使いだったのでした。そして人に戻る方法を探してくれると言うのです。
人形は驚きました。こんなに自分を理解してくれる人は生まれて初めてです。
実は人形は、大きな魔法を使える娘だったのですが、力が大きすぎて、周りからは呪われた子だと言われていました。
そして、ある日人形は誤解をとくために王さまに会いに行くことにしたのです。
王さまは歓迎してくれましたが、王さまと仲のいい魔法使いが「この娘は呪われている! このままでは災いがおきてしまう!」と言い、それを王さまは信じてしまいました。
王さまは娘に罰をあたえるよう、魔法使いに頼みました。
魔法使いは少し喜んで、娘に呪いをかけ、館に閉じこめたのです。心と自由な身体を奪って。
ラルフはいつものように、館に来ては人形と話します。ただ毎日、熱心に呪いを解く方法を探してくれるのです。
「まずは君の心を取り戻そう」
「心ヲ……?」
「うん。いや、でも取り戻すより、自分で作った方が早いかな?」
「作る? ソレナラできるカモ」
「本当? じゃあ外に出てみようか。近くに綺麗な花畑があるんだ」
「うン」
二人で花畑に行きました。
人形は久しぶりに綺麗な花を見ました。ラルフから貰った花束は枯らしてしまったのです。でもラルフは怒りませんでした。
ラルフが聞きました。
「ゼフィラ。どうだい? 花を見て何か思うことはないかい?」
「うーん……キレイ?」
「綺麗? それはよかった」
ラルフは嬉しそうに笑いました。
それからときどき、ラルフと色々なところに行きました。川、湖、雪の積もる場所、虹のかかる場所。色々なところに行きました。
毎日ラルフが来るのを楽しみにしてました。
ラルフが来ないと寂しくなりました。
ラルフがいないと退屈でした。
人形はラルフのおかげですっかり心を取り戻しました。
ある日の朝。冬になり、雪がたくさん積もった日。
ラルフがやってきました。
いつもは真っ黒なドレスを着ている人形ですが、白いお花を飾りつけ、可愛くしました。それをラルフはほめてくれました。
「今日はおめかしをしたのかい? 可愛いよ」
「あリがとウ、ラルフ。今日はドコに出かけるノ?」
「今日はちょっと試したいことがあるんだ」
ラルフは何やら本を取り出しました。
「この本に人に戻れる方法が書かれていたんだ。もしかしたら君を戻せるかもしれない」
「本当に?」
ラルフは早速、魔法を使う準備をします。
でも、人形には不思議に思うことがあります。
「ドウシテ、そんなにしてくれるのデスカ?」
「どうしてって……それは」
ラルフは人形をまっすぐ見つめ、言いました。
「僕は君に恋をしてしまった。だから、君を絶対に助けたいんだ」
「恋……?」
「そう。君を好きになってしまったんだ」
ラルフは照れたのか顔をそむけ、本を見ました。
「さて、魔法を試してみようか。ゼフィラ。少しじっとしててくれるかい?」
「わかッた」
ラルフは何やら呪文を唱えだしました。
すると人形の周りに真っ白い光がキラキラと現れました。
「すごイ……」
「もう少し、待ってね……」
ところが、真っ白い光はスゥと消えてしまい、人形は人形に戻ってしまいました。残念ですがこれが限界のようです。
「すまない。ゼフィラ」
「気にしないデ」
ラルフは悲しそうな顔をしました。
その日からラルフは毎日魔法をかけ続けました。ですが、ラルフの体はどんどん弱っていきます。
そしてある日、ついに魔法を完成させました。
ラルフは早速魔法を使います。
人形の周りに真っ白い光がキラキラと現れました。みるみるうちに体は戻り、人形はもとのゼフィラという娘に戻ることができました。
「ありがとう、ラルフ。あぁ、こんなに弱ってしまって……」
「気にすることないよ。もとに戻れてよかったね」
人に戻れたゼフィラですが、おかげでラルフはどんどん顔色が悪くなっていきます。ゼフィラにはどうしようもありませんでした。ラルフを助けるための魔法も知りません。
そこでゼフィラは王さまに頼むことにしました。
王さまに頼んで、魔法使いになおしてもらえるよう頼んでもらうのです。
ゼフィラは真っ黒なドレスを着て、髪には真っ白いお花を飾りつけ、王さまのもとへ向かいました。
「王さま、お願いです。どうかラルフを助けてください!」
王さまは言いました。
「娘よ。なぜここにいる? お前は館に閉じこめたはずだ」
「ラルフが助けてくれたのです。私は呪われた子などではありません。なので、どうかラルフを助けてください!」
「いけません王さま!」
魔法使いが言いました。
「その娘は王さまを騙して、殺そうとしてるに違いない! その娘の言うことは嘘です!」
「そうなのか?」
「違います! 嘘などついてません! 信じて下さい!」
王さまはゼフィラの話を聞こうとしましたが、魔法使いは何度も「この娘は呪われているのです」と言って、それを許しませんでした。
とうとうゼフィラは城を追い出されてしまいました。
ゼフィラは泣きながら帰りました。
館に帰ると、ラルフが暖かく迎えてくれました。
「ごめんなさい。ラルフ。私のせいで……」
「君のせいじゃないよ。僕はもともと体が弱く、病気にかかりやすかったのだから」
「ああ、愛しのラルフ……私のせいで……」
ラルフはゼフィラを慰めてくれました。
ラルフが病気なのだとわかり、町へ行って薬を買おうと思いましたが、お金がありません。なのでゼフィラは家の物を売って、お金に変え、薬を買おうと考えました。
最初のうちはなんとかなったのですが、日に日にラルフの様子は悪くなるばかりで、薬も足りなくなってきました。
物を売っては、お金に変え、薬を買うことを繰り返してきましたが、もうお金になるようなものは、ラルフを寝かせているベッドとゼフィラの真っ黒なドレスしかありません。
ドレスの代わりは汚いボロボロの服でなんとかなると考えたので、ゼフィラは早速、ドレスを売りに行こうと考えたときでした。
ラルフが必死に引き止めました。
「そのドレスだけは売ってはだめだ。そのドレスは君にとても似合っているからだ。君にはいつまでも綺麗でいてもらいたい。だから、そのドレスだけは売ってはいけないよ」
それにゼフィラは言いました。
「そうでもしないとラルフが助からないわ!」
「僕のことはもういいんだ。僕はもう手遅れなんだ。このままでは君までも体を壊してしまうよ」
ゼフィラはラルフの言うことを聞くことにしました。もうどうしようもなかったのです。
やがてラルフの体は急に冷たくなっていきました。
外はしばらく吹雪が続いていて、部屋を暖めるための暖炉の薪もありませんから、無理もないでしょう。
そのあいだ、ゼフィラはラルフのそばを離れませんでした。離れたくなかったのです。
寒さや空腹のせいか、ゼフィラは急に、とても眠くなりました。
そのままゼフィラはラルフのそばで深い、深い、眠りにつきました。
気がつくとゼフィラは、いつしかラルフと一緒に行った綺麗な花畑にいました。心地よい風が吹き、その風に乗って花のいい香りがします。緑は生い茂り、空は青く澄み渡っています。
「ゼフィラ」
ふと、後ろから声が聞こえました。ゼフィラはすぐにふりかえり、確認しました。
そこには元気そうなラルフがいました。
「ラルフ……よかった、また会えて……」
「僕もだ。ゼフィラ、ありがとう。僕のために一生懸命がんばってくれたね。でも、もう大丈夫だよ」
それからラルフはあの、白いお花をゼフィラの髪に飾り、言いました。
「やっぱり君は黒いドレスと白い花がよく似合う」
「そうかな?」
「僕は君が大好きだよ。君が着ている黒いドレスも、君が髪に飾っている白い花も好きだよ」
「ありがとう。私も、ラルフのことが、好きよ」
その時、木々のあいだから淡い光がこぼれてきました。
二人はどうしてもそこに行きたくなりました。
「ラルフ。今度はあそこへ出かけましょう」
「ああ、わかッた。行こう」
ラルフは手を差し伸べ、ゼフィラはその手を優しく握りました。そしてそのまま、歩き始めました。二人はみるみる暖かな光に包まれていきます。
今では誰も、二人が出かけていった場所はわかりません。
それでも二人は、誰も知らない穏やかな場所で、幸せになりました。
おしまい。
読んでくださり有り難うございました。
これは他の物語で、ちらーっと出そうかなと考えて書いたので、少し絵本のような感じて書いてみたのですが、あまりうまくいきませんでした。
何はともあれ、最後まで読んでくださり有り難うございました。