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下北沢ヒルズ  作者: 市川比佐氏
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序章

横須賀港からクレーンで引き上がられた黒いセダンに、関東指定暴力団「東和会」の関係筋が乗っていたという一報から、港湾は物々しい雰囲気に包まれた。十一月の凍てつく風の中、大時化の海から事件の香りが注ぎ立つ。

立入禁止の虎模様のテープが港に引かれ、十台以上の警察車両が周辺を囲うように停められていた。


「海に車が沈んでいる。中に人がいるのが見える」


通報があったのは早朝七時、地場の倉庫業に勤める四十代の男性社員からだ。

港湾に遅れてきたシルバーのマークXがゆっくりと進入すると、現場にいた警察は緊張した面持ちでその方向を迎える。重厚な扉が開くと警部の木村が苦い表情で現れた。


「男の身元は」


木村が聞くと、既に現場に来ていた部下の繁田が答える。百九十を越えるヒョロリと細長い体形だが顔には渋みがある。


「男の身元は中津川邦彦、四十一歳。丸の内の安徳都市銀行本店で経営統括室に在籍しております」


「中津川か、聞いた名前だな」


そう言って木村はその場でしゃがみ込み、鑑識の手を覗き込む。

十一月の乾いた空気が頬をさするとトレンチコートの上から寒さが染み渡った。朝晩の冷え込みがきつくなるこの季節。海は氷水のように死体の肌を冷やした。


「ひでぇことするもんだ」


木村は胸ポケットから煙草を取り出すと、暖をとるように火を点けた。


「無理心中にしては手が込んでやがるな」


木村は中津川の頭部に覆われた黒いビニールシートを見て笑った。


頭部には複数の殴ったような痕跡がある。おそらく死因は殴打によるくも膜下出血、脳挫傷、出血性ショックか――。


「これが死んだ男と思われる写真です」そこに写る清々しい青年はもはや別人のように変わり果てていた。


「丸暴やって一番キツいのはこの瞬間に立ち向かうときだろうな」


四十八歳になるベテランの木村は警視庁組織犯罪対策部に勤めて七年が経つ。温和な見てくれではあるが暴力団組織に足を踏み入れ直接交渉するなど、人脈形成に優れる、顔の割れた存在だ。


「死んだ中津川の助手席はホステスの女か」


そう問うた繁田を遮るように、木村は女の首元まで広がる昇龍を指さした。「筋はこっちだよ」繁田の顔が歪む。


「女はカタギだが、東和会の若頭やってる宮本の腹違いの妹。宮本興産っていう建設会社で受付事務として働いていたそうだ」


鮮やかな肌が朝の太陽に反射して妖艶に光る。まとも生きていたらもっと良い人生が送れていただろう、繁田の頭にはそう過ぎった。世の中は無情である。


「中津川は東和会に転貸資金を流していた疑いがある。まだ若いが、経済ヤクザとして株の売買や先物取引に手を出して東和会の拡大に一躍買った若手のホープ。そんな男がトられるとはな。影で何か動きがあったのかも知れない」


そう言って木村は爪先で煙草の火を消すと、繁田を残し、ひとり静かに港湾を後にした。



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