そういうことに、なっている
「ヴィオラリア嬢。明日はアリアと行くから一人で行け」
目の前の可憐な少女を睨みつけながら言う。困惑する彼女の眼は少し垂れてはいるが、ぱっちりとしていて、なかなか意思が強そうだ。さすが、だてに第一皇子の婚約者をやっていない。彼女は国母になる強さを兼ね備えている。そしてそれは俺との間に愛がないと分かっていてなお鈍ることはないのだ。自分が選ばれたという自覚を彼女は持っているから。
「なぜですか」
「うるさい、反論するな。明日はゼィラルドが暇のようだ。奴に頼めばいいだろう。あいつにはまだ婚約者の話は出ていないようだし」
彼女の質問をぶった切って自分の意見を高圧的に押し付ける。
アリア、というのは王立学園で出会った少女で、素直でまっすぐな子だ。ある伯爵が使用人に手を出したことによって生まれたそうで、一応は屋敷の中に置かれていたが、あまりいい境遇は望めなかった、と涙ながらに話された時は驚いた。
彼女はその容姿ゆえか、学園で多くの男性から求婚されていたが、結局俺のもとに来た。無論、俺自身も求婚したから来たのだが。
「ですが殿下」
「うるさいと言っただろう。話は終わりだ」
「カーネリアス殿下!」
ヴィオラリア嬢を無視して、彼女の屋敷を後にした。よくああも食い下がれるものだと思う。なかなかに辛抱強い。しかしそれも明日で終わりだ。明日の俺の誕生パーティで、俺は彼女に婚約破棄を言い渡すのだから。国賓もいるなかでの婚約破棄では俺と彼女の関係もさすがに切れるだろう。
「殿下。あまり婚約者殿を無下に扱われますな。いくらご自分の誕生パーティだからと言って婚約者でない女性を無闇にエスコートされますと角がたちます」
俺の従者であるアルフレートが苦言を呈す。彼は優秀なのだ。しかし今はその優秀さが疎ましい。だが彼なら期待通りに動いてくれるだろう。なにせ彼は優秀なのだから。
「陛下もエスコートする女性を好きにするのには目を瞑ってくださいましたが、アリア様はいけませんよ。彼女はパーティのパートナーを務めるだけの役割でも、あなたと家の格がつりあいません故」
次期宰相として一目置かれているセメタも俺に注意する。彼は幼いころから天才児と名高く、成長した今も新たな経済理論などを発表し、周囲に優秀だと認知されている。
「あなたは人をまとめるのに長けていらっしゃる。人の長短を正しく理解なさるから、人を使うのも上手だ。あなたは上に立つお方。周囲も期待しているのです。もう少し考えて行動なさいませ」
セメタの言葉を無視し、パーティにはアリアを伴うと言った。既に招待状を王家からの正式なものとして出してある。今更変えはきかない。
「どうして、突然……」
二人の困惑した声。
「なぜそんなに変わってしまわれたのです、カーネリアス殿下。あなたはアリア様と出会って変わられてしまった。以前は人の言葉に耳を傾けられたではありませんか。なぜそんなに……」
二人の声は悲しげで、やるせなさと無力感が滲み出ている。己の言動が彼らを失望させたのだと理解した。しかし俺はそれを理解したうえでにやりと笑って言った。
「愛しているからさ」
二人は絶句した。
「そういえばヴィオラリア嬢はアリアを虐めていたようだ。明日が楽しみだなぁ、二人とも?」
俺が愉快そうに付け足すと、二人は目を伏せて俺のもとから去っていった。これでいい。そう思うのに、どこか空しいなんて嘘だ。俺は明日に全てを懸けているのだから。
※
「ヴィオラリア・グース。貴様との婚約破棄を言い渡す!」
ざわり、と広がるざわめき。周囲の人々の慄く声。いったい何が、と困惑した気配が伝わってくる。そりゃあ驚くだろう。第一皇子がいきなりとんでもないことを言ってのけたのだから。
「その前に待て、カーネリアス。お前の横にいる少女はだれだ?」
陛下は鋭い眼つきで俺を見る。
「お前の誕生パーティだから少し多めに見ていたが、まさかその少女がその言葉に関係しているのではないだろうな?」
推し量るような眼つきに冷や汗が出るが、そんなものは無視する。今必要なのは周りの認識だ。第一皇子の横にいるこのアリア・ミシュラルトは皇子が溺愛し、花嫁にと望んだ少女だという認識が。
「さすがは父上、ご慧眼です! 私、カーネリアス・ベルメンダは彼女を次期王妃に望んでいるのです!」
大仰な身振り手振りをしながら訴える。皆が息を呑んだのが分かった。
「……カーネリアス。アルフレートとセメタはどうした」
「……さぁ。散歩では?」
陛下から目を逸らさずに言う。陛下は落胆したのか密かにため息を吐いた。静まり返ったこの空間で、陛下のため息は思いのほか大きく聞こえた。不意に悲しみが襲ってきたが、無視してやり過ごす。お腹の底が空しさで焼き尽くされそうだった。腹に力を入れていないと涙腺が緩んでしまいそうな感覚に、俺は少し動揺した。アリアが嬉しそうに俺の手を握ってきた。
そうだ。俺にはやらねばならないことがあるではないか。
少し、力が出た。
「ヴィオラリア・グース。貴様、アリアを虐めていたらしいな」
「いえっ、そんなことはっ!」
「……アリアがそう言っているのだぞ? まさか無闇に次期王妃を貶めるやつがいる訳なかろう。大罪にあたってしまう」
「ですがっ」
ヴィオラリア嬢は必死に無実を訴える。
「兄上っ! ヴィオラリア嬢は否定なさっているではありませんか!」
第二皇子、つまり俺の弟であるゼィラルドが俺に噛みついてくる。ヴィオラリア嬢を守るように前に立ち、俺と相対する。俺が睨みつけると、彼も睨みかえしてくる。第一皇子の俺ばかりが注目されているがゆえに周囲からあまり重視されていないと聞いたが、思っていたよりは優秀なようだ。目に宿るのは強い意志。最終的に守らねばならぬものは守るだろう。
「……アリア。何をされたか言ってみろ」
「はい! 靴を捨てられ、水をかけられ、転ばされ、悪口を言われもしました。机に花瓶だって置かれていましたし、さらには階段から落とされました」
ツラツラとアリアが答える。
「……誰がやった?」
「ヴィオラリア様です!」
その答えに俺は満足した。
「……そうか」
一種の切なさを感じるも、ニヤリと笑う。
「……お待ちくださいっ!!」
丁度その時、待ち望んだ声が聞こえた。
※
「お待ちください!」
声を張り上げて会場に乱入してきたのは案の定、アルフレートとセメタだった。二人は俺の顔を見て、一瞬泣きそうな顔になったが、断罪されているヴィオラリア嬢を見ると一転、その顔を険しくして俺を睨んだ。
「突然御前に失礼いたします、陛下。どうか発言をお許しください」
跪く二人。陛下はそれを見て鷹揚に頷く。この二人であるならば何か重要なことなのだろうと信用して。
「ありがとうございます。では失礼して。アリア様。あなたの仰ったことは全て出鱈目ですね?」
質問の形を取っていながら質問などではないそれに、アリアは顔を歪めた。
「何を仰るの!? そう言うからには証拠はあるんでしょうね!?」
食いつくアリア。しかしそれを見た二人は面白そうに笑った。
「証拠? ヴィオラリア様を証拠もなしに責め立てたあなたがそれを仰るのですか?」
「それに証拠ならありますよ? 御所望のようですので、今ここでご覧にいれましょう」
アリアは不安そうに俺を見た。俺は気付かないふりをして二人の様子を見ていた。
「ミシュラルト伯爵家を検挙させていただきましたところ、あなたの部屋からこんな物が出てきたんです」
セメタが掲げたのは、学園近くの花屋のレシート。レシートというのは、俺が国の財政管理をより容易にするため国全体での実施を推奨したシステムだ。これにより支出が把握しやすくなったと以前陛下に褒められた。
「不思議ですね? あなたが昨日おっしゃっていた花と同じ花があなた自身によってその日の早朝に購入されていたようなんですが?」
「私の味方だと思ったから昨日聞かれたことに答えたのにっ!」
アリアがあっさりと自爆する。しかし二人は攻撃の手を緩めない。
「靴を捨てられ、水を掛けられ、階段から転ばされ? 馬鹿も休み休み言ってください。学園をどこが管理していると思っているのです。王立なのですよ、あそこは。王国の知の一端を担っている彼の地は、いわば王室の庭です。どこも彼処も監視が行き届いているのですよ」
きょとん、としたアリアを見て、アルフレートは呆れたように口にする。
「まだ分かりませんかこの害虫」
「ふ、不敬ですよッ」
「お黙りなさいこの雌豚。そもそも不敬と言うなら次期王妃様を証拠もなしに責め立てたあなたの方がよっぽどです。それこそ罪に問われますよ。第一、私の方があなたよりも身分が上なのです。どこが不敬です。むしろ話をして差し上げているのです。感謝こそされ不敬だと言われる覚えはありませんね」
アルフレートが毒を吐く。アリアは自身の身分の方が下だと知らなかったらしい。反論するも全て看破され、言葉を失った。俺に助けを求めているようだが、無視する。
「……王立学園には監視装置なるものが存在する」
「……何を、」
アリアは自分が求めていた言葉とかけ離れた言葉を紡ぐ俺に困惑を示した。
「……まぁ一種の記録装置だ。時空魔法と風魔法の応用と言えば分かるかな?」
「カーネリアス様、」
「しょうがないね。自作自演をやるなら監視装置を気にするべきだったよ、アリア」
アリアはここまで説明されてようやく自分の失態に気付いたらしい。そして同時に俺の言動に違和感を感じている。それは皆そうなようだったが。
「でも、私悪口をっ」
「……アリア。いや、ミシュラルト伯爵令嬢。あれだけ多くの男を誑かしたんだ。一つや二つ、悪く言われても当然じゃないか」
「カーネリアスさ、ま?」
アリアの声が不安げに揺れる。周りも、俺の態度の急変具合に戸惑っている。
「アルフレート、セメタ。ミシュラルト伯爵家を検挙した際、いくつか不正を見つけたんじゃないかい? 例えば、脱税とか」
そう言うと、二人はぴくりと震えた。動揺したようだ。
「……はい。確かに脱税、密輸などいくつかの不正を示す証拠品も発見しました」
「今手元にあるかな?」
「……ここに」
二人から書類を受け取る。書類はかなりの量だった。随分長らく見つからなかったことだ。これだけ長きに渡って不正をしたらかなり私生活が潤っていたことだろう。思っていた通りだった。あの伯爵領は税の納める額が少ないにしては領地が寂れている。その割に領地館は立派で、普段いいものを食べているようだったから不思議に思ったのだ。だってあまりにもアンバランスだ。領地の畑は実を生せないほどに飢えているというのに。
はぁ、とため息をついて陛下に書類を引き渡した。そして御前に跪いて言う。
「……陛下。ご覧の通り私は無罪のヴィオラリア・グースを多くの招待客の前で断罪しました。これは彼女の名誉を汚し、誇りを傷つけるものです。その上、私は不正を成している伯爵家の出で、さらにはヴィオラリア・グースを貶めようとしている女の手を取りました。人を見る目がないとしか言いようがありません。どうか私をこの場で廃嫡し、次期国王には第二皇子のゼィラルド・ベルメンダを立ててください」
「殿下、何をっ!」
周りがざわめく。俺が婚約破棄を言い渡した時よりもそれは大きかった。
「鎮まれ!」
陛下の声が響く。為政者としてのそれは、重く会場に響き渡った。
「……カーネリアス」
「はっ」
「……お主から王位継承権を取り上げる。ただし立場は皇子のままでよい。これからは第二皇子を支え、国のために生きよ」
「御心のままに!」
どうせなら僻地に飛ばしてほしかったがしょうがない。
「それにあたって、ヴィオラリア・グースを第二皇子、ゼィラルド・ベルメンダの婚約者とする。ヴィオラリア嬢、これからもよろしく頼む」
「……っ、はいっ!」
二人はあわあわとした風に返事をした。
「加えて、ミシュラルト伯爵家は伯爵の称号を強制返還、領地取り上げの末国外追放とする!」
「そんなっ」
「アリア・ミシュラルトは不敬罪もつく。奴隷として僻地で強制労働とするので家族と別れの挨拶を済ませておくように」
「待ってくださいっ、陛下、陛下っ!!」
アリアの必死の訴えを綺麗に無視し、陛下は俺に目を向けた。
「……カーネリアス」
「……は」
「人を見る目がなかったとは面白いことを抜かしたものだ」
一瞬、息がとまった。陛下のことを愚かしくも父上と呼びそうになるほどには動揺した。人前で父上と呼ぶなどと言う愚かな行為はさっきの演技の一回だけで充分だ。
俺は息を整え、動揺をひた隠しにして言う。
「……お気に召されたようで何よりです」
「……不器用なやつだ」
「……失礼、しました」
一礼して、会場を後にする。
「兄上っ」
「カーネリアス様っ!」
「殿下!」
会場を出たところで呼び止められる。
「……何かな」
呼びとめたのは、ヴィオラリア嬢、ゼィラルド、アルフレート、セメタの四人だった。
「……このためだったんですか」
ゼィラルドがヴィオラリア嬢と手を繋いでそう言う。このため、がゼィラルドとヴィオラリア嬢の婚約であることは間違えようがなかった。
「なんのことかな」
俺は素知らぬふりをして流す。
「カーネリアス様。最後の、我儘です。どうか教えてください」
ヴィオラリア嬢が震える声でそう言う。
「……ヴィオ」
思わず懐かしい愛称が出た。
「しょうがない。そんなふうに可愛くお願いされたんじゃあ答えなくちゃね」
本当に。最後の我儘なんて言われたら叶えたくなっちゃうでしょうに。
「質問に答えるなら、イエスだよ。初めてアリアに会った時は感動したよ。これほどまでに心おきなく俺の事情に巻き込める子なんて早々いないからね。元々あそこの領地は不正を疑っていたんだ。それに、出会ったころの彼女の言葉。使用人との子だから肩身が狭かったそうだ。あそこの伯爵夫人は子供が出来ないから使用人との子を自分の子のように大切に養育しているというのは有名な話だろうに、堂々と俺を謀ろうとして。大体、王立学園なんて高い入学金を払ってもらっている時点でそんな作り話アウトだろうに」
バカなやつ、と呟くと皆何とも言えない表情をして黙りこくった。
「まぁ、思った通りアルフレートとセメタが不正の証拠を見つけてきてくれてよかったよ。俺が王位継承権をただで失うのは面白くないからな。せめて不正貴族を巻き添いで没落させたかったんだ」
ありがとう、と笑うと二人は半泣きになる。
「カーネリ、アス、さま」
ヴィオの目には涙が溜まっていた。
「この一年、君に酷いことをしたね。皆も俺の情けない様を見せてすまなかった」
頭を下げる。
「……なぜこれほど上手に人をお使いになれるのにっ」
ゼィラルドは俺を責めるような口調で言った。周りに認められたいという気持ちが強いみたいだったからてっきり喜ぶかと思ったが。思っていたより可愛げのある性格なようだ。
「……そう思うならお前が俺を使ってくれればいい。悪いようにはしない。陛下もそのつもりのようだし」
仲睦まじい二人の様子を見たくないからわざわざ自分を貶めるような真似をしたのに。補佐になるなんて。やれやれだ。
「最初からこうするつもりで動いていたんだ。ミシュラルト伯爵令嬢に会ったころからね。だから何も悲しむことはないさ。補佐になるなんて予定外だったけど、大体はシナリオ通りだし」
俺が呑気に言ってのけると、アルフレートは「なぜ、」と呟いた。セメタは何も言わなかったが彼と同じ気持ちのようだった。
「昨日言っただろう。愛しているからだと」
二人は息を呑んだ。気付いたのだろう。それが持つ真の意味に。そして俺がアリアに対して一度も愛を囁かなかったことに。
あの時あの言葉を聞いた彼らはアリアのことだと思ったはずだ。しかし今の状況でそれを聞くと、それは全く別物になる。
“ヴィオを愛しているから”
俺の行動原理は全てそこに集約される。ヴィオのいるこの国を良くしたいと願って、経済学を学んだ。豊かな国は経済が豊かだからだ。より良いシステムを考案し、導入した。
ヴィオが婚約者になった時は、素直に嬉しかった。絶対ヴィオを幸せにすると決意した。実際、ヴィオの手に口付けて誓った。
“たとえ何があろうとも貴女を幸せにします”と。
そして、ヴィオは俺のせいで日蔭者になっているゼィラルドを心配し、声を掛けるようになった。ヴィオが声を掛けなかったらゼィラルドはもっと陰湿に育っていたかもしれない。ヴィオはゼィラルドを時に慰め、叱責した。ゼィラルドがヴィオに惚れたのが分かった。
俺が次期国王として頑張れば頑張るほど、俺とヴィオとの距離は遠のいた。互いに立場ある者として考えなしに近づくことができなくなった。ポーカーフェイスで表情を読ませないよう、との仰せが俺と同じようにあったのか、ヴィオは俺の前で素直に笑うことが減った。
その代わり、疲れたヴィオをゼィラルドが励ましている姿をよく見かけるようになった。二人とも何も言わなかったし、ヴィオも次期国母としての立場を弁えているようだったが、二人が互いに惹かれ合っているのに、俺はすぐに気がついた。
“たとえ何があろうとも貴女を幸せにします”
俺が彼女とともにあるつもりだった。だがそれでは彼女は幸せになれない。俺が取るべき行動はただ一つだった。ゼィラルドが為政者としてなかなかいい線をいっていることが分かった俺は、アリアというぴったりの役者を見つけてからすぐに計画を実行に移した。アリアは自分の欲求に素直で、目的のためなら手段を問わない、ある意味まっすぐだった。愚直なほどに。だから彼女を誘導することは容易かった。
難しかったのはアルフレートとセメタだ。二人は頭がよいから、何も悟らせないままに誘導するのはなかなか骨が折れた。それとなくパーティでやらかすことを伝え、伯爵家の不正を回収させるに至るまで誘導するのが特に大変だった。俺を見限らせて、傍を離れるように仕向けなければならなかったからだ。
ヴィオもなかなか大変だった。彼女は俺を見限ろうとしないから、酷いことをたくさん言ってしまった。望んで俺の婚約者だった訳ではないのに可哀相なことをしてしまったと思う。でも、ゼィラルドに婚約の話が来てないことをさりげなく教えてあげたりしたし、それに俺も結構可哀相な気がするので赦してほしい。
「……あなたという人は」
そう言ったのはだれの声だろう。だれも言ってない気もするし、皆が言った気もする。
「……なんだい、皆そんなに見つめて。照れるだろう」
そう言って視線を外す。泣いてしまいそうだった。でも泣いたらヴィオが俺を気にしちゃって幸せになれないから。俺は脇腹をつねって泣くのを必死に堪えた。
「……こんなにも器用なのに、変に不器用な方ですね」
アルフレートとセメタが少し呆れたように、でもどこか嬉しそうに言う。
「……この完璧超人を捕まえて不器用呼ばわりとは。失礼だなぁ、まったく」
俺は二人が俺の元に戻ってきてくれたことが分かり、嬉しくなった。今度は嬉しくて涙が出そうだった。
「……カーネリアス様」
ヴィオが俺を見つめる。
「ありがとう、ございます」
涙ながらに笑う彼女は、相変わらず綺麗で愛おしかった。
「……なんの、ことかな。ヴィオラリア嬢」
「兄上」
「……なに」
これ以上喋ると声が湿っぽくなりそうで。素っ気なく言う。
「ありがとうございます」
ゼィラルドが深々と頭を下げた。
俺はゼィラルドの頭にチョップを加えて言う。
「……お前は人を使うのをあまりしようとしない。上手く出来ないなら俺を使えばいい。上に立つ者としての自覚がまだ甘いようだ。公での発言は細心の注意を払え。付け込まれないようにしろ。
……ただ、ヴィオラリア嬢を守らんとする意思の強さはよかった」
頭をわしゃわしゃと撫でて背を向ける。
「……アルフレート、セメタ。行くぞ」
「「御意に」」
ゼィラルドに兄としての威厳を見せつけ限界に達した俺は、部屋につくと黙って泣いた。二人はそんな俺に跪いて、誓った。
「「たとえ我が命絶えようとも貴方の傍に」」
こうして俺の誕生日が終わった。そして月日は巡り、ヴィオとゼィラルドは結婚した。今ではヴィオのお腹に第一子が宿っている。
俺は相変わらず一人身だ。今のところ好きな人はいないし、下手に立場ある者と結婚しては後継ぎ争いが勃発するので、静かに暮したい。
「カーネリアス様、今日はこの間肥料を実験的に使用した農地を視察に行きますよ」
「ほいほい」
「そういえばそこの村長の娘さん、かわいかったですね。初心なのか、あなたの言動に翻弄されてましたよ」
「……町長だぞ。片田舎だが一応町だ」
「……細かいですね。ていうかさりげなく誤魔化さないでください」
今日も俺は補佐として忙しく働く。彼女が幸せであることを祈りながら。
翌年、町長の娘を側妃として迎えたのはまた別の話。
§ またまたギミックでした。予想出来た人、いましたか?