その2.
ユミはいつもより早くパジャマを着こみ、自分の部屋のベッドにもぐりこみました。
でも外が気になります。ユミはベッドのすぐ頭のところにある窓のカーテンを少しだけあけて、ふとんの中から、外を見ていました。
外はまっくら。道のライトがついているけれど、雨で光がゆがんで見えます。
そしてそのライトの中にぼーっと黒いもやもやが浮かんで、それがどんどん大きくなっていきました。
ユミは、がばっとベットの上におきあがって、もっとよく目をこらしました。
それは大きくなっているのではなくて、こちらにどんどん近づいているのでした。
「な、なに?」
ユミはこわくなって、お母さんをよびに行こうか、と思いました。でも、からだがかたまってしまったように動けず、目はそのかたまりにくぎづけになりました。
その黒いかたまりはもう、ユミの窓のすぐそこにまできていたからです。
そして、サッシの窓が、ススーっとあいて、雨と風がすごいいきおいで部屋の中に入ってきたのです。
「やだー! うちの中がぬれちゃう!」
ユミはどうしていいかわからず、雨にうたれました。
「はいはい! どうぞ」
その黒いかたまりの中から、黒くて細い毛むくじゃらの手がにゅっとつきでて、ユミの手をぐっとつかみました。
それは冷たくて、かたい感しょくでした。
そしてユミはまたピン! ときたのです。
「雲だ! この黒いのは雲なんだわ!」
ユミはもう、ずぶぬれです。そして、その雲の中にひっぱりこまれてしまいました。
「くもくもくも楽団! そうなのね!」
ユミは、その手にむかっていいました。
「はいはい、そうでございますよ!」
雲の中は、雨はふっていなくて、すこしすずしく、かわいた感じでした。うすぼんやりと明るく見わたせました。
雲のまわりは綿のようにスケスケで、外も見えます。でもしっかりと立つことができるのです。
ユミをつかんだ手の先には、まるい大きなからだがありました。
ユミは、息をのみました。それは大きなクモ。クモはクモでも虫のクモのような男で、黒い毛むくじゃらのからだから、足が二本、手がたくさん出ていました。
「こりゃ、びっくりだなあ」
ユミがびっくりしているのに、そのクモ男もユミを見てびっくりしていました。
「こいつ、これ、べつべつになってた! べ~つべつ!」
クモ男のほかの手にはユミのリコーダーがにぎられていました。
「あ。それ!」
「わかってるって! これが楽器だろ!」
と言いながら、ぼーっととうめいのからだをした、おばけみたいな男の子がすうっとユミのとなりにあらわれました。
「しかしなあ。これじゃ、楽器のかたじゃあないぞ。くもくもくも楽団に入ってもらうわけには行かないな…。そうだろ? カゼくん」
クモ男は手を三組くんで、かんがえこみました。そのとうめいの男の子は、カゼくんというようです。
「いいんじゃない? せっかく入団の紙を見つけてくれたんだもの」
そう言いながらカゼくんのうしろからのぞいたのは、手がハサミになったいる女でした。
「そうだよ、もう、あらしははじまってるんだぜ! そら、こんなにもう飛んで来ちゃったし、しょうがないよ」
こんどはおなかが大きくふくらんで、そうじきのホースのようにだんだらになっている男が言いました。
ユミが雲からすかして外を見ると、雲はすごいいきおいで走っていて、下のほうに小さくなった町が見えました。そこがユミの住んでいた町なのかどうか、もうぜんぜんわかりません。
「あの…、それかえしてください!」
こんな変な人たちにかこまれていても、ユミはこわいとは思いませんでした。それより、あした学校で発表があるというのに、リコーダーがなくなったら困ります。
「あ、すまん、すまん」
クモ男はユミにリコーダーをかえしながら、ほかの手で頭をかきました。
「これだって楽器なんだから、いいでしょ?」
ユミは、リコーダーをつかみました。
「いやはや、楽器がからだとべつべつなんて、思いもしなかったもんだから…」
クモ男が変なことを言うので、ユミは頭をかしげました。
「しつれい! 私はクモジロウ。このくもくもくも楽団の指揮者です。そして…」
くも男のうしろから、そっくりのクモ男がもう一人出てきました。
「わたしが、クモゴロウです。つまりですな、このわたしたちが乗っている雲とわたくしクモゴロウと兄のクモジロウで…、三つあわせてくもくもくもですわ」
ここで、ユミのまわりに集まった変な人たちはいっせいに笑いました。
ユミはちっともおかしくなかったので、笑いませんでした。
「それで、こちらのカゼくんは、カゼですわな」
カゼくんは、ユミのまわりを、ひゅーっと飛び回りました。すると、からだと同じ、とうめいな音が、ヒュルルルーっと美しくひびきました。
「な、いい音出すでしょ?」
クモジロウはじまんしました。
「で、こちらはジャバラじいさん」
それは、おなかがそうじきのホースのようなおじさんでした。おじさんは、からだをのばしたりちぢめたりしました。そのたびに、アコーディオンのような音が、フーガ、フーガと鳴りました。