その1.
夏もおわりのころのある日。ユミは、風がいつもとちがうな、と感じていました。
あらしが近づいてくると、いやな感じがしますよね。風がどんどんつよくなって、空がどんどん暗くなって…。
心のなかが、わさわさ動かされるような…、それがだんだん大きくなって口からとびだしてしまいそうな、ユミはそんな気もちになっていました。
「台風、一九号が近づいています!」
ニュースのお兄さんが、テレビの中でどなっていました。
ユミは、むねに手をあてて、ドキドキしながらそれを見ていました。
お兄さんは海の近くに立っていて、そのうしろでは波が高くおどりあがっているし、風がお兄さんの髪の毛をさか立てていて…。おにいさんの雨ガッパがとばされそうになっています。
「ね、ユミ! 買い物につきあって! もうすぐ雨がふってくるからね!」
お母さんが、もう雨のしたくをして、ユミに頭からすっぽりと雨ガッパをかぶせました。
「ユミも、ふくろ一つは持って帰ってくるのよ。がんばってね」
空では雲がはやく動いていました。ユミはながぐつをはいて、お母さんのあとを追いました。
風は真横に、ユミの背中をおします。
さあ、はやく! と、おいたてるように。
スーパーマーケットはすいていました。がらんとしていて、しーんとしていて…。
「あーあ、ほかのお家の人は、もう、買いものをすませたのかしら」
ユミは、うでをくんで、ぐるりとスーパーの中を見まわしました。
お母さんが、お肉のコーナーで、お肉のパックをよーく、よーく見てえらんでいるので、ユミは、
「お母さん、あたし、おかしのところに行ってみるね」
そうきっぱり言うと、
「雨がふったら、なんのおかしを食べたらいいかな…」
とまじめにかんがえました。
おかしのたなには、いつものように、いろいろな箱や袋がならんでいました。
「ふーん、こんなの見たことないなー」
いちごのもようのある、小さい箱に目がとまって、ユミが手をのばすと、雨ガッパのそでがほかのおかしにあたって、コロリ…。プラスチックの丸いケースに入ったチョコレートが一つ下に落ちてしまいました。
「あ、いけない!」
あわててユミは、チョコレートを追って、下にかがみました。
チョコレートはたなとたなのすきまにころがりこんでしまったので、ユミは、細い手をそのすきまにのばしました。よかった! チョコレートはすぐにひろうことができました。
「あれ?」
そのたなのすみに、ちいさい紙がはってあり、それにひらがながならんでいます。
『がっきのかた、だれでも。おまちしています。くもくもくもがくだんで、いっしょにおとだしてください』
ユミはそれを口に出してよみました。
「くもくもくもがくだん?」
聞いたことがありません。
「ユミ! なにしてるの! ほら、行くよ」 お母さんが、うしろからやってきました。 なんででしょう…、ユミはなんとなく、お母さんには言いたくないような気になって、その小さい紙をそっとはがすと、ポケットにおしこみました。
「さ、何か買うの?」
と、お母さんはユミの手にしっかりにぎられているチョコレートを見て、
「え? それ?」
と目をぱちぱちさせました。
「ちがう! これ、かえすの」
ユミは、どぎまぎしてそのチョコレートをもとのたなにもどすと、
「おかしなんて、いらない!」
と、ちょっとむねをはって、言いました。
ユミとお母さんが家にはいって、戸をしめたとたんに、カミナリが光って、ドドーンとどこかに落ちました。
「ほらね! よかった! 今行って!」
お母さんは、キッチンに行き、
「じゃ、ごはんになったらよぶからね。宿題やっちゃいなさい!」
と言いました。
ユミは、ランドセルの中から音楽の教科書と、リコーダーを出しました。
三年生になって、リコーダーをはじめたのですが、あしたは一人ずつ前に出て発表しなければなりません。
ユミはリコーダーがとくいなので、もう、ちゃんと吹けるのですが、それでも練習をはじめました。
そのとき、ピン! ときました。
ユミは、ポケットの中から、さっきスーパーではがした紙をとりだしました。そして、もういちどその紙をじっと読んでみました。
「楽器って、リコーダーでもいいのかな」
ユミは、その紙を教科書の上におきました。
「くもくもくも楽団って…。どんな楽団なんだろう。スーパーのあんな下のところに紙をはっても、だれも見やしないのに…」
外では風が雨をまきちらし、ドドーっと音も大きくなってきていました。ユミは、音をかき消すように、思いきりリコーダーを吹き鳴らしました。
その日、夕ごはんがおわると、さらに風が
強くなりました。