三話 深追い
「何調べてる?」
またもや相棒の突然の登場に肩が大きくはねた。
「だから、びっくりさせないでよ」
大きく息をつく。呼吸をする必要はないのだが、こういった反応は生者も死者も御使いもかわらないらしい。
「それ死者の記録。あの待ち人?」
私の手に握られた書物を指さし、怪訝そうな顔をした。とっさに後ろ手に隠し、その視線から逃れようとした。
「まっ、まあね」
「止めるべき」
突き刺すように制止が入った。
「死者に深入り、だめ。あれは待ち人。余計止めるべき」
真剣な彼女のまなざしに私は気圧された。しかし、私は引き下がれなかった。引き下がりたくなかった。
「死者のことなんて知っても無意味」
もう一度、とどめを刺すように彼女は言った。
「分かってるけど・・・。むかつくから」
本当はそれが理由じゃないことは分かっていた。純粋な興味を彼に抱いている自分に気付いていた。『アキ』という存在がどうにも無性に気になって、彼が待っている人間が誰なのか知りたかった。
そんな煮え切らない私に小さなため息を一つ零して彼女は言った。
「頑張れ。応援はしないけど」
二度目のその言葉に私は何も返すことが出来ず、彼女はただ静かにその場を後にした。
「しっかしなにも情報がない!」
盛大な愚痴がため息と共にこぼれた。
いい加減この何でもすぐに口にする悪癖を直さなくてはいけないとは思っているのだが、バカは死んでも治らない。もとい、そういったものはいつになっても直らないのだ。
「ここらへんの資料は全部見たし。何で記録が何もないの?」
書庫の関係がありそうな記録書全てを漁ってみたが、一向にアキという人間に関する情報は見つけられなかった。
「本当に何者なの。あの人は」
二度目のため息を吐いたとき、不意に扉の法から近づく足音に気付いた。
「誰?」
振り返ったとき、ちょうど足音の主が書架の影から現れた。
「主!?」
そこに居たのは紛れもなく私たちの仕える冥界の主であった。
「なぜこのようなところに」
慌てて積み重ねてあった読み終わった資料を身体で隠そうとする。そんな滑稽な私の様子を見た主はくすりと笑って言った。
「あなたこそここで何をしているのです?そんなに一杯資料を引っ張り出して」
なんと言ったものか。ここで正直にアキのことを聞いて良いのやら。
答えあぐねて何とも言えない動きをする側仕えを、主は手の掛かる子どもを見るような目で見つめた。
「誰か調べたい人がいるのですね?」
「・・・はい。でも、どこにも記録が無くて」
隠し事が見付かった子どものように縮こまりながら、それでも素直に答えた。
「何という者です?」
「アキという名の、待ち人です」
“待ち人”という単語を聞いたとき、主の顔が一瞬曇ったのを私は見逃さなかった。
「あの者のことですか。分かりました、何が知りたいのですか?」
てっきり教えてもらえないと思っていた私は、予想外の返答に言葉を詰まらせた。
「彼の生前のこと。そして彼が待っている人間のことについて分かる範囲でお教え願いたい」
私の真剣な目つきに主は悲しげに目を細め、首を縦に一度振った。
「私が知る限りのことを教えましょう。彼はまだこちらに来ては居ないから、そう多くは私も知りませんが」
ただし、と主は念を押すように付け加えた。
「忠告はしておきます」
初めて見るほど強い剣幕の声だった。
「あなたは冥界の主につかえる一御使い。その立場を忘れてはいけません。死者、まして彼は待ち人です。彼らに干渉しすぎることは赦されません」
いいですね?と再び年を押される。大丈夫、ほんの少し興味が湧いただけだから。
私はおそるおそる首を振った。