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待ち人   作者: 音無アオ
3/6

二話 仲違い

 “待ち人”

 私はその言葉を御使いになってすぐの頃、一度だけ聞いたことがある。

 待ち人は主に唯一、川岸に残ることを赦された残留者だ。待ち人になるための条件は二つ。その名の通り、『誰かを待っている』こと。そして、許可を得る代わりに『何か代償を支払う』こと。

 しかし、私は彼らに会ったことがない。彼らのほとんどがその代償を支払えず、誰かを待つことをあきらめ、川を渡ってしまうから。

 だから彼との出会いは、私にとって未知との遭遇でしかなかった。


「貴方の名前は?」

「アキ」

 何となく青年らしい名前だと思った。どこか寂しげで、しかし美しい響きがある。

「アキね。分かった。覚えておきます」

 そう告げ、私は彼に背を向けた。彼が慌てて私を引き留めに掛かる。

「えっ!?ちょっと待って!君の名前は?」

 私は足を止めない。ただ少し振り返って言った。

「今日は見逃してあげます。でも私は残留者も待ち人も認めない」

 そのとき、青年の瞳が更に深い孤独に染まるのにわたしは気付いてしまった。

 しかし、私はもう振り返らない。

『死者は川を渡る』これが冥界のルールであり、私のルールだ。例外は認めない。

 でも、少しだけ。私は彼に興味を抱いていた。


 それから下界の時間で言う十日ほどが経っただろうか。私は再び彼の下にいた。

「また会ったね」

「はい。お久しぶりです」

「この前はよくも僕を置いていってくれたね。」

 私の目の前には、輝かんばかりの彼の笑顔があった。何故この男はこんなにも楽しそうなのだろうか。

「そう言えば君の名前は?」

 この前聞きそびれたんだけど、と彼は無邪気に笑った。

「・・・・・・るはち」

「ん?」

貳○捌にまるはちです」

 彼の目が驚きに丸くなる。それもそうだろう。正しくは名前ではなく識別番号なのだから。

「それが名前?」

「ええ。ついでにこの前の女の子は貳○参にまるさん。私たち御使いに名前はない」

 御使いは全ての縁が切れた先に存在している。名前は、その人をしばる縁の中で一番強いものだ。だから、御使いには名前はない。

「へぇ、そういうものなんだ」

「御使いとかそういったことに詳しそうなのに。意外です」

「そんなことないよ。それより仕事はいいの?」

「ええ。殆どの死者は送りました。後は貴方だけです」

 またそれかと彼の顔は言外に伝えていた。

「僕は違うって」

 彼は強い芯のある言葉でそう宣言した。

 分かっている。彼を説得することなど不可能で、その行動は何の意味も持たない。それでも、私は彼の元に来た。彼を説き伏せるために。

「私は“待ち人”なんて認めません」

 しかし私も負けない。私にも御使いとしての誇りと信念がある。

「どうして?」

「人は死んだら、すぐにでも現世から離れるべきです。過去に囚われずに未来を見るべきなのです」

 それは私の思いの全てを詰め込んだ言葉だった。

 人は何度も一生を繰り返す。その中で魂は成長してゆき、輝くのだ。だからこんなところで停滞していて良いわけがない。

 しかし、アキは一笑と共に切り捨てた。

「君がそれを言うんだ?」

 嘲笑混じりの声。冷たく笑う顔は、私に対する哀れみのような感情が滲んでいた。

「どういう意味です?」

 何故彼はあんな顔をしている?彼の言葉の意味が分からなかった。否、分かりたくなかった。

「君が未来を語るなんて甚だしい。笑えてくるよ。だって君は御使いだろう?」

 冷たい言葉が胸に刺さる。『御使い』その存在の意味を彼が知っているなど思いも寄らなかった。

「御使いは元人間。再び生まれることを拒み、人としての全てを捨てることで天界に残ることを赦された半端者じゃないか」

 半端者。なんて苦しい言葉なのだろうか。しかし、そんな単純で軽薄な言葉で御使いわたしたちという存在を断定しないで欲しい。

 私たちはそんなに簡単な存在ではない。私たちが生きることを拒んだのは繰り返すことに絶望したから。人生は、生きることは苦しい。下界は恐ろしいことばかりだ。あんな場所に戻るくらいなら、ここで永遠に終わりのない日々を生きた方がまし。

「貴方に何がわかるのです!?」

 心からの叫びだった。

 御使いには御使いなりの苦しみがある。私たちには次がない代わりに終わりがない。ずっと主の側で働き続ける。死という区切り目もなく、永遠にも似た時間を過ごす。それがどれだけ虚しいことか。

「そのままお返しするよ。君に僕の何が分かるの?」

 でも、私は何も分からない。私は彼のことを何も知らない。彼が生前何を経験し、どうしてこれほどまでに留まることを望むのかを。彼が、誰を待ち続けているかを。

 私は、何も知らなかった。

「・・・ごめんなさい」

 気付けば私は逃げ出していた。


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