夢の正体
布団を敷く阿求の動きが一瞬止まり、こっちを顔を見てきた。そして、悟ったように目を閉じ、作業を続けながら話す。
阿求「あぁ、変わってしまったのですね…九月さん」
九月「変わった?」
阿求「はい…。元々、貴方がさっき倒した妖怪。本来なら相手にするのは、貴方であって貴方じゃないんです」
九月「一体どういうこと意味…」
阿求「だらか、今からお話しします。少し待ってください」
阿求は、もう一つの布団を敷き終わり、そこに座る。
阿求「まず、この世界からお話しします…。この世界は、「幻想郷」と呼ばれる。忘れ去れたものがたどり着く場所です」
九月「って事は、俺は忘れ去れたのか…」
阿求「いえ、貴方の場合は別です。貴方は、元々この世界の人間として扱われてますから」
九月「?」
ますますわからない。俺は幻想郷という夢の世界にいて、忘れ去られてないうえに、この世界の人間だなんて。
阿求「幻想郷は、人や妖怪、神や妖精なんかが住まう世界です。もちろん私も人間です」
九月「ふむ…。つまり妖怪は人を襲うのか?」
阿求「いえ、本来なら、私達が今居る場所、人里と呼ばれる場所はとあるお方のおかげで妖怪は出入りできないようになっているんですが、夜だけはその力が弱まって、妖怪が入り込んでしまうんです」
九月「それで阿求を狙って…って、アレ?だとしたら、他の人たちはどうなるの?」
阿求「私には、特別襲われる理由があります。ですから、ここに入る妖怪は、真っ先に私を殺しに来るんです」
九月「その理由って…」
阿求「私自身と、代々、私の一族が書き綴っている幻想郷縁記と妖怪辞典です」
九月「妖怪辞典…」
それって、自分の家にもあったやつじゃ…。気になるが、阿求の話しに耳をかたむける。
阿求「私は人間ですが、閻魔の許しを得て、代々転生を繰り返してきました。私で9代目になります」
九月「でも、なんで転生を?」
阿求「さっきも言ったように、この幻想郷の歴史を書く為です」
九月「ふむ…。でも、歴史を書くだけで妖怪が狙いに来るものなの?」
阿求「いえ、その程度であれば、狙いに来るものもいないでしょう。でも私達は妖怪についての本も書いてきました。妖怪の特徴や力、そして弱点を…」
九月「…あぁ、そういうことなのか。弱点を知られっぱなしだと、自分が簡単に倒されてしまうから、本を奪いにくるんだ」
阿求「はい。でもそれだけじゃありません。稗田家の私達は、転生を繰り返すと共に、一度見たものは忘れない力を持っています。だから、弱点の完全抹消の為に、私ごと…」
九月「そうだったのか…そうだ、後、俺は一体どういう理由でこんな事に」
阿求「細かい理由は知りませんが、貴方が居た世界とこの世界に、まったく同じ血を持った一族が居ました。その二つは、世界にあった別々の生き方をしました。貴方の方は、外の世界で暮らし、幻想郷の方は、私の一族を守ってきたのです」
九月「全く同じ血…、不思議だなぁ」
阿求「私達を、1代に一人、子を残しながら守ってくれたのですが、私の前の代の、貴方の家系の人は、子の残す事ができず、私を守る役目を果たせず命を落としました」
九月「そんな、だから俺は呼ばれたのか?」
阿求「…そういうことになります。つい先日まで、私を守ってくれていたのは、貴方の先代の方の亡霊です。死してなお、私を守ろうと、戦ってくれていましたが、もう…いません」
九月「!?」
あの夢のもう一人の自分は、自分じゃない…。だから自分は、あの人の二の舞にならず、なんとか妖怪を斬れたという事だろうか。しかし、自分が余計な事をしてしまったせいで、その人を完全に消してしまったことに自分を責めたい。
阿求「突然の事で、驚くかもしれません。私の口からも、言いにくい事ですが…貴方は、私を守らなければならないんです」
九月「阿求を、守る…」
阿求「私だって、血のつながりだけでこんな所に呼ばれた貴方を危険にさらしたくない…今なら、代わりの守り人を雇えるかもしれません。貴方は気にせず、元の生活に戻ってください」
九月「…あぁ。そうする」
阿求「とても短い間でしたが、一度は助けられた命。ありがとうございました…」
自分に深々と土下座をする彼女を見て、なんともいえない気分になった。
阿求「元の世界に戻ったら、この世界の事は忘れて元気に過ごしてくださいっ」
最後は笑顔で、という事だろうか、自分に微笑みかけた阿求の顔を最後に、夢から覚めた。
起きたのは7時。普段の自分が起きる時間とはかなり早い時間に起きてしまった。
九月「…泣いてた」
自分の意識が眠りから覚める瞬間、彼女の笑顔に似合わない涙が一筋流れていたのが気になる。なんだかモヤモヤする日を過ごす。
一方幻想郷では、稗田家に一人のガタイの良い男が訪ねてきた。
男「用心棒の依頼を受けてきた!開けてくれ」
少しして、一人の中年くらいの女性が戸を開ける。
使用人「どうぞ中へ」
男は夜の番を承知し、家に泊まる事になった。
阿求「…」
男「何か浮かない顔をしているな。そんなに心配か」
阿求「いえ、貴方には期待しています…」
長い一日も、過ぎてしまえば短かったと思えるものだ。気づけば、もう夕方になろうとしていた。
九月「…」
母「そろそろご飯よー。降りてらっしゃい」
九月「はーい」
今日の夕食はシチューだった。丁度いい熱さがより美味しく思える秘訣だろうか。
九月「美味しい…」
母「そう、作って良かったわ。明日は、仕事で遅くなるからシチューの残りを食べておいてちょうだいね」
九月「うん、わかった」
しばらく母と雑談して、食べ終わったら散歩に行く。彼女が自分に言った、何時もの毎日だ。
…阿求。
幻想郷の夜。用心棒として雇われた男は、坐ったまま刀を立てて。塀を見つめる。
男「妖怪からあの小さい嬢ちゃんを守ってるだけで金が手に入るんだ。畑耕して生活するより、断然コッチの方が割りにあってるぜ…お?」
塀を乗り越えて、2体の妖怪が姿を現した。
1体は鳥のように宙で翼を上下させる、人型の妖怪。もう1体は小さな体に不似合な大きな斧を持った猿のような妖怪。
男「妖怪相手ってのは聞いてたけどよ、二体一かよ…。うおおー!」
刀を振りぬき、猿の妖怪の方に斬りかかる。
猿の妖怪「キキィ!」
猿の妖怪は、大きな斧を片手で振り回し、男の刀を簡単に叩き折ってしまった。
男「そんな、俺の刀が…」
鳥の妖怪「ピィー!」
甲高い声を出しながら、男の背中目がけて両足の爪を全て突き刺し、掴んで空高く舞う。
男「うわー!お、下せぇ!」
鳥の妖怪「ピィー!」
男を掴んだまま、一気に地面に急降下し、ぶつかるギリギリで自分だけ浮上し、男を地面に叩きつける。
男「うがぁっ!」
猿の妖怪「キーッキッキ!」
片腕を掴まれ、もう片方の手に持った斧で腕を切断される。
男「うぅ、うわあああああー!!」
辺りに血が飛び散り、酷い惨劇だった。
阿求「うっ…なんて残酷な…誰か、助けて」
九月「!…阿求!?」
外を歩いている時に、頭に彼女の助けを求める声が聞こえた。
不安な気がして、散歩どころじゃない、走って家に戻り、二階のベッドに横になる。
…が、走って短時間で体力を使いすぎたせいで、脳が働いて眠れない。
九月「!?」
一瞬だけ、彼女が妖怪に喰われる映像が脳裏を過る。
早く眠りに着かなきゃいけないのに、全く眠れない。
九月「うああああああ!!」
ガヅッ!
横の机に自分の頭を思いっきり叩きつける。一か八かだが、これで気絶すれば、あの世界に…。
九月「…ついた!」
縁側から最初に見た景色は、男を喰い終わり、今まさに、こちらへ来ようとする二匹の妖怪の姿。
阿求(九月さん、何で?!)
九月「やっぱり、俺が守らないと意味が無いんだ。先代は、俺が殺してしまったようなものだ。だから、その責任は俺がとる、死んでも戦った先代の為に、俺が2度守った阿求の命を無駄にしないために!」
夢って、眠りが浅いと見るそうですが、気絶は含まれ…ませんよね。でも九月は入れてる。不思議。