続く夢、青鬼
しばらくすると母が帰ってきて、一緒に夕ご飯を食べた。
母「また一日中寝てたの?」
九月「…うん」
母「あんまり寝すぎると、起きた時に怠く感じやすくなるらしいから、気を付けた方がいいわよ?」
九月「大丈夫、毎日散歩とかジョギングとかしてるから」
母「そう、ならいいんだけど…」
母は、一人で自分を育ててくれた。父は俺が生まれる前に離婚したらしく、写真も無いので一度も顔を見たことはない。多少貯金があるもののやはり母一人で自分を育てるのは苦労したみたいだ。
そんな自分が唯一できる親孝行は全くと言っていい程、お金の無駄使いをしない事だろう。自分は、暇さえあれば寝ているので、お金を使う事は無い。本を買う事もあるが、数か月に一度、一冊だけだ。
だから、食事代なんかを除けば、生活費は母の分が殆ど、自分の分はあまりかかっていない。
食事を済ませ、夜の8時にはジョギングをしに外へ行く、40分程度軽く走って家に戻り、風呂に入った後は二階で寝るだけだ。
あの夢をまた、見るんだろうか…。そんな事を思いながら、眠りにつく…。
九月「ここは…」
気付くと、また夢の縁側の渡り廊下に立っていた。あの時の服を着て、腰にはあの時妖怪を斬った刀を差している。
唯一違うのは、時間くらいだろう。あの時は昼間のように晴れていたが、今は大きな月が外を薄く照らす夜だった。
九月「あの娘は、何処だろう…前は、この襖に隠したんだっけか」
後ろを見ると、最後に、自分が少女を入れた部屋へ通じる襖があり、そっと覗いてみる…。居た。月明かりに照らされ、彼女の寝顔が見える。
小さな寝息をたてる姿は、本当にただの子供のように見える。
その時、嫌な予感が脳裏を過った。
九月「妖怪が来る…!」
縁側に出て静かに、襖を閉め、手を刀に置く。
九月(前は運よく刀が当たったけど、今回はどうなる…)
塀から、一本の腕が見えた、そして、片腕で一気に身を乗り出し、庭に入ってきたのは…。
九月「青鬼…」
小さいながら、凶暴そうな頭に生える一対の角。筋骨隆々な2mもあろう身長は、自分の勝機を失せさせるには簡単だった。
青鬼「俺を知っているのか…、まあ稗田の守り人だから、知っててもおかしくは無いだろうな」
九月「稗田の守り人…?」
青鬼「お前は、守り人じゃないのか?こんな所で刀を持ち、まるで俺を待っていたような感じだが」
九月「俺だって知るか!でも俺は、あの娘を守らないといけない気がする…文句あるか!」
青鬼「あの娘…。そうか、やはりここで間違い無いな…幻想郷縁記。ここにあるんだな。そして、それを書いている奴もここにいるな…!」
早歩きでこちらに向かってくる。自分からすれば大きな敵で、威圧感が恐ろしい。
それでも彼女を守らないといけないという一心で、自分も縁側から一気に青鬼へ走る。
青鬼「フゥン!!」
自分の顔が収まるくらいの大きさの拳を突き出してくるが、身を屈めて、ギリギリまで距離を詰める。
九月(理由は分からないけど、この夢の中に入る時だけ、体が軽い!)
脚に力を籠め、刀を振りぬき、ジャンプしながら青鬼を下から斬りつける。
青鬼「ぐううう!」
九月「おし! っ!?」
一瞬、勝てると思ってしまった自分がバカだった。気が付けば、自分が斬りながら宙に浮いた瞬間、あまりダメージを受けていなかった青鬼は自分に、渾身のパンチを食らわせていた。
その攻撃で自分は庭の隅に飛ばされ、口から血吐きだす。
九月「はっ、あぁ…!げほっ!」
あまりの痛みにうまく息ができない。刀は、自分の近くに落ちているが、下手に取りに行けば青鬼に先に折られてしまいそうだ。
青鬼「俺の姿を見たからには、もちろんお前には死んでもらう。人間は嫌いなんだ。嘘しかつかないからな」
九月「ぐっ…」
阿求「九月!青鬼の弱点は角よ!角を斬り落として!」
青鬼「!?」
九月「…!」
あの少女だ。襖が開いているをのみると、出てきたのだろう。でも今は危ない。あの青鬼は彼女を狙っている。
青鬼「俺の弱点を知っている奴…お前が稗田か!!」
青鬼は全力で阿求に迫る。
どこから取り出したのか、鞘に収まったままの短刀を青鬼に投げつける。しかし、青鬼は簡単に弾き飛ばし、阿求を掴む。
阿求「ヒッ!きゃあ!!!」
九月「阿求ー!!」
知りもしない少女の名前を叫んだ自分が不思議に思えるが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。彼女を助けないと!何とか立ち上がり、刀を掴む。
九月「く、この距離じゃ…!」
阿求たちの所まで6m程、走っても間に合わないだろう。
九月「くっそおお!」
手にした自分の刀を青鬼に投げつける。
青鬼「ふん!今更そんなもの!」
簡単に片腕で弾かれ、遠い地面に刺さる。
阿求「九月さん…。さっきの短刀を…」
九月「あの短刀…」
あった、現状に無我夢中で気付かなかったが、阿求が弾かれた短刀は、自分の足元に落ちていた。
すぐに短刀を拾い、青鬼を睨みつける。
九月(この小ささなら、投げたときに弾かれにくい、でも…いや今は投げるしかない!)
青鬼「こんな距離で、そんな短い刀が…!」
自分が引き抜いた短刀は自分が離す前に勝手に飛んでいき、見事に青鬼の片方の角を切断し、鞘に戻った。
片方だけでも、弱点である角を切断された青鬼は、たまらず阿求を離してのたうち回る。
青鬼「う、うぅ、うがあああ!!あああ!」
阿求「今なら、九月さん!」
九月「…ああ!」
ジャンプして青鬼を飛び越え、弾き飛ばされた自分の刀を取る。
青鬼「うぐぅ!貴様あー!!」
九月(普通の切り方じゃだめだ…。もっと速く、相手の攻撃が当たる前に…)
青鬼は、片手で斬られた角を抑えながら迫ってきた。
九月「………」
刀を鞘に戻し、体勢を低く構える。
九月「今だぁ!」
青鬼に飛びかかると同時の抜刀、青鬼のパンチを擦れ擦れで避け、もう片方の角を斬り飛ばす。
自分とすれ違う形で後ろに走った青鬼は、そのままバランスを崩して地面にのめり込むように倒れる。
青鬼「うぐぅ!うああああああ!!」
絶叫と共に、青鬼は消滅した。
何とか、彼女を守ることができた。そんな事を思って一安心していると、彼女が歩み寄ってきた。
阿求「はぁ…危なかったですね」
九月「はは、本当ですね…うっ」
阿求「あまり無理をなさらないでください。部屋に戻りましょう」
九月「はい…」
阿求に心配されながら、鞘に入れた刀を支えにして部屋に入り、阿求が寝ていた布団が敷いてあってその上に座らされる。
阿求「ちょっと待っててくださいね。今救急箱を持ってきます」
阿求は別の部屋へ行き、しばらくして木で出来た、少し小さめの箱を持ってきた。
阿求「上着を脱いでください、薬を塗って包帯を巻きますから」
九月「ああ、ありがとう」
薬品らしき小さい瓶から出した液体を、優しく傷口に塗り広げる。
九月「痛い…」
阿求「直ぐに終わりますよ」
薬を塗った後は、包帯を手際よく巻いてくれた。
阿求「今夜は、ここで休んでいってください。もう一つお布団を用意しますので」
そう言って彼女は、部屋の押し入れから別の布団を出してくれた。
九月「随分と、世話をしてくれますね…」
阿求「今更、昔からじゃないですか」
クスクスと笑う彼女に、自分も愛想笑いしてしまう。
でも、彼女には正直に聞かなきゃならないことがある。
九月「えっと…阿求」
阿求「はい、なんですか?」
九月「聞きたい事があるんだ…」
阿求「いいですよ。答えられる範囲であれば」
布団を敷きながら、返事をする彼女に思い切って言う。
九月「俺は、君を知らない…。この場所も、この世界も…」
阿求「…」
九月「ここは、何処なんですか?」