もう一人の自分と夢
夢なんて誰でも見るだろう。悪夢だったり、訳の分からない夢だったり…。自分も、今夢を見ているが、悪夢でも、意味不明な夢でもない。見たことも無い、大きな和風の屋敷の縁側で、10歳くらいで、着物を着て頭に花の飾りを付けている少女と、まるで侍になりきったような自分が仲睦まじく話している光景を、別の場所から第三者の視点で見ている。
それだけだ。とても平和そうにしているが、そんな世界感を突然の暗雲が奪い去っていった。声は聞こえないが辺りの嫌な空気を察したもう一人の自分は、少女を縁側から部屋の中へ急かすように入れ、腰に持っている刀に手を伸ばす。数秒後、もう一人の自分が睨みつける方向にある塀から、人間じゃない生き物。妖怪と言うのが一番当てはまるだろうか。そんな化け物数匹が、塀をよじ登り、もう一人の自分に襲い掛かった。
九月「危ない!」
声に出ては無かった、でも、そう心の中で思った瞬間、もう一人の自分は驚いた様にこちらを向いた。それがいけなかった。
その一瞬だが、数匹の妖怪は、爪でもう一人の自分を切り、喰い、殺してしまった。あまりの光景に唖然とする中、今にも息絶えそうな姿で、もう一人の自分は、自分に刀を見せるように、突き出して来た。
そこで目が醒める。時計を見ると、朝の10時くらい。
ラストが嫌な夢だった。昨晩に、新しく買った妖怪辞典というオカルト系の本を深夜まで読み漁っていたのが原因だろうか。その本には、妖怪や、侍が登場するので、夢になってもおかしくはない。今日は土曜日で休み、遊びに行く当ても無い。正直に言うと、友人がいない。
九月「暇だ…」
机の上に置いてある、昨日読んでいた妖怪辞典をベッドから手を伸ばし掴み取る。
山の妖怪、海の妖怪、付喪神…色々な妖怪の事について書かれてあり、ページ数もかなりあるので、見ていて飽きない。
九月「天狗、山の神の一種とも言われる。木の上を縦横無尽に飛び回り、手に持つ団扇で突風を起こし、人を吹き飛ばしたりする…なんか地味だな」
何かこう、もっと、それ以上に荒々しいイメージがあったが、そうでも無いようだ。
そんな事を思いながら辞典を読んでいると、昼になった。昼食を食べに一階へ下りる。
母「相変わらず休みの日はよく寝るわね~」
九月「いや、起きてたけど、本読んでた」
小ジワの多い笑顔で自分を見つめる母は、休日で家に居た。
九月「お昼は、カップ麺でいいや」
お湯を注ぎ、少し待つ。その間に母は用事があるとかで出かけてしまった。
昼食を済ませ、外に散歩に出かける。夢の中では暗雲が立ち込めたが、現実の外は青い空と白い雲が広がっている。こんな天気だと、二度とあんな夢を見ることも無いように思えてくる。
九月(…帰って昼寝でもするかな)
2時間も経っていないが、自分のベッドにもぐりこむ。
自然に睡魔が自分を包み、数分と経たずに眠りについた。
気が付くと、綺麗な和風の庭が見える縁側に立っていた。少し大きな盆栽に、鯉が遊泳する池、カメラがあれば、写真でもとってみたい程だ。
阿求「聞いてますか?」
九月「え?」
横の方から声が聞こえ、見てみるとそこには夢に出てきた少女が居た。
まさかと思い自分の服装を見てみると、やはり夢に出てきたもう一人の自分と同じ、侍の姿だ。
阿求「もう…まったく聞いてなかったんですね?」
九月「あぁ、ゴメン。何の話しだっけ」
阿求「そろそろ新しい紙が欲しいという話です。買ってきてくれませんか?」
九月「え…あ、うん。わかったよ」
阿求「?何かおかしいですよ、今日の九月さん」
九月「ごめん」
自分より小さく、細身な彼女に対して、不思議と頭が上がらない。
阿求「謝る必要は無いですのに…?」
今まで晴れていた空がどんどん暗くなっていく、雲が空を覆いだした。
九月(これって、夢の奴じゃ…!)
阿求「なんなのでしょう突然、雨でも」
九月(だとしたら、この娘もあの妖怪に襲われる!)
そう思った瞬間、彼女の手を握って、あの時の自分のように彼女を急かす。
九月「化け物が来ます、部屋の奥に隠れていてください!ここは自分が何とかします」
多分、あの時の自分もそう言っていたのだろう。だとすれば…。腰に差してある刀に手を付ける。
妖怪「キキキキ…、稗田。稗田の縁記…!」
4匹の、小さなヒト型の妖怪が塀をゆっくりとよじ登ってきた。
あの時の妖怪。つまり、あの時のもう一人の自分の立場になっているのだろう。
妖怪「人か…まずお前から喰ろうてやろう!!」
二匹の妖怪が飛びかかってきた!刀を強く握り、一気に振りぬく!
危ない!
頭に声が響き、自然と横を見てしまった。
誰もいない。
九月(あぁ、反応してしまった。このままあの時の夢のように、無残に喰われてしまうのだろう)
そう思った瞬間、振りぬいていた刀が妖怪の1匹を真っ二つに切り裂いた。
妖怪「ぐがあああー!」
妖怪2「こ、コイツ、妖刀を持っている!退けや退けや!」
切った妖怪のすぐ後ろに居た別の妖怪は、自分の持っている刀を見るやいなや、怖気づいて他の妖怪と逃げてしまった。
そして、空の雲が散々になり、元の晴れた晴天からの陽が降り注いだ。
九月「や、やった…」
いきなりの攻撃と初めて握る刀、運が良かったのか、自分にそんな才能が備わっていたのか、死ぬ思いだったがその場を乗り切る事ができた。刀についた血を、振って飛ばし、鞘に納める。
九月「そろそろ出てきても大丈夫ですよ。変な妖怪は退治しましたよ…何体か逃げましたけど」
阿求「ほ、本当ですか…?」
布団から顔だけをだし、今にも泣きそうな表情で見てくる。結構可愛い娘だと、今更思った。
その瞬間、身体が突然宙に浮く感覚と同時に目が醒めた。
九月「あの夢の続きか…。でも、一応ハッピーエンドっぽかったし、良いかな」
時間はすでに夕方の6時を回っていた。母はまだ帰ってないようなので、机の上の妖怪辞典に手を伸ばす。
初投稿での、一話目です。どうでしたでしょうか?読者の方が良かったと思えれば、幸いです。