能天気
そう、いつも思い出すのは、空港でのクルミとの別れだった。ふとした場面で、彼女の真っ直ぐな瞳を思い出す。
高校を卒業したタカシとクルミ、クルミは大学進学、タカシは イタリアへ修業に旅立つ。
「おはよう!タカシ!元気?」
別れの留守番電話から、数週間が過ぎたある日、何事もなかったようなメールがクルミから届く。
なんなんだ?
タカシはクルミの一方的なメールに、腹立たしいと言うより、あきれてしまう。
クルミのメールは一方的に続く。
「今日は、月曜日だよ~今週も頑張ろう!
えっと、今日からブログを書こうと思います。
良かったら見てね~
最近体調崩していませんか?
日本では熱中症対策のグッズが流行っています」
ほんとに俺宛のメールか?また間違えたんじゃないのか?ってブログのアドレスも書いてないじゃん。
タカシは、そんなクルミのメールに怒る気も失せてしまう。
そして、どこかホッとしている自分に気づく。
しかし、ここでメールしたら、なんか負けた気がしてそのまま返事をせずに出かける。
結局タカシは、美術学校にも通うことにした。
弟子入りといっても、毎日仕事がある訳でもなく、師匠にも、基本的な知識もしっかり学んだ方が良いと勧められたからだ。
そんな訳で、実際は生活に慣れてきたとはいえ、最近はとても忙しくプライベートな時間はほとんどなくなっていた。
クルミと別れたことも、慌ただしい毎日が紛らわしてくれていた。
翌日。同じようにクルミからメールが来る。
「おっはよう!タカシ
今日は火曜日ですよ~」
昨日が月曜日なんだから、火曜日に決まってるだろ!
「そうそう、ごめんね~ブログのアドレス送るの忘れてました~」
もっと他に謝ることはないのか?
タカシは、返信はしないものの、クルミのメールにブツブツと独り言で応えている。
今度はブログのアドレスもきちんと書いてある。
「では、これからバイト行ってきます
タカシも頑張ってね」
そうそう、クルミはケーキ屋で働いているそうだ。いつもの元気なクルミの姿を思い浮かべるタカシ。
返信メールを書こうとするが、やはり、ここで送ったら負けだ。
そんな考えが浮かび、今日も返信は送らなかったが、クルミのブログを覗いてみた。
タカシは自分の事でも書いてあるかと思ったが、なんのことはない、最近読んだ漫画の感想だけだった。
一方的なクルミからのメールが1週間ほど続いた。毎日届くメールにタカシはついに根気負けし、返信する。
「クルミ、俺に何か言う事ないの?」
自分で書きながら、冷たい文章だなと思うタカシ。
しかし、その後クルミからのメールは来ない。
そしてまた翌日、相変わらずの元気なメール。
「ヤッホー、もう今月も終わるね~
テストも終わって夏休みです~
明日はサキと映画を観に行きます~」
相変わらず、びっくりするほど能天気なクルミのメールに返信する。
「うん、いってらっしゃい。サキにもよろしく」