苺ショート
そう、いつも思い出すのは、空港でのクルミとの別れだった。ふとした場面で、彼女の真っ直ぐな瞳を思い出す。
高校を卒業したタカシとクルミ、クルミは大学進学、タカシは イタリアへ修業に旅立つ。
「想像しなさい」
タカシが常に師匠から言われる言葉である。
美術品の修復師になるため、イタリア在住の日本人修復師に弟子入りをした。
師匠は常々言う。
作家がどんな目的でこの作品を作ったのか?
自分の為に作ったのか?
依頼されて作ったのか?
なぜこの構図になったのか?
なぜこの色を使ったのか?
経年変化を考慮して着色したのか?
作家の気持ちになって作品と向き合いなさい。
師匠は、「こうしろ、ああしろ」とは言わない。
タカシに考えさせるようにしていた。
そして経験を大事にしていた。
つまり、考えさせて、失敗して学んでいくのである。
弟子入りと言うと、厳しい修行を想像していたタカシだが、拍子抜けしてしまった。
その反面、自分でしっかりと学んでいかないといけないと痛感したのである。
高校の恩師の言葉もよく思い出した。
「習う」では、師を越えられない。
「学ぶ」でなければ、超えることはできない。
そんな、充実した日々が続く半面、クルミとの連絡は随分と少なくなっていった。
「遠距離恋愛なんて、こんなもんなのかな?」
タカシは心の中で呟いていた。自然消滅とはこんな感じなのだろう。
思ってもみなかったが、少しずつクルミとの距離感を感じ始めていた。
とクルミからのメールが久しぶりに来た。
「おめでとう!」
の文字と添付画像はショートケーキだった。
小さな苺ショートケーキにロウソクが沢山立っている。
タカシは何の事だかさっぱりだった。
「ん?誰かの誕生日?」
タカシの誕生日は12月だ。まだあと半年近くある。今はまだ6月だ。
メールを打ちながら、考え込むタカシ。
最近タカシは「想像しろ」と常に自分に言い聞かせている。
このメールはクルミからだ。間違いない。では誰に向けてのメールだ?
自分宛てではない。いや、何かの記念日だっけか?
にしてはロウソクが多すぎる、画像は不鮮明だが20本近くある。
では、クルミの従妹のサキ宛てか?
サキもこんな時期ではないし、親しい友達の誕生日だっけか?
「ごめん、ボケてた ^_^;」
とクルミからの短いメール。
え?それだけ?言い訳はないの?
ボケててそこまでしないだろ、普通。
あやしい。怪しすぎる。送る相手を間違えたんじゃないのか?
送る相手を間違えたのならば、正直に言うだろう。
タカシはそれ以上、返信しなかった。
クルミからのメールも来なかった。
タカシは容易に想像ができた。おそらくクルミは違う男と付き合い始めたのだろう。
だから、とりつくろう様な変な言い訳もしなかったんだろう。
これで、もう終わり。鈍感なタカシでも、想像がつくのである。
それから、メールのやり取りをしないまま、何日かが過ぎた。