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ラビットホール  作者: 茉白
7番目に入ります。
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4.認めたくない

「墜栗花」

「なに」

あのログハウスは宿泊施設だった。店番の女に墜栗花が料金を払い、街へ出る。奴は金に困っている様子は無く、快くわたしの分も払ってくれた。

ただ気になる事がある。

日本の通貨はわたしの知る限りでは一円玉、五円玉、十円玉等十種類だ。今出回ってるのは二千円札を除く九種類だが。しかし奴が支払いに使ったのは銅貨の様なものだった。そして十円玉よりも大きな手のひらの半分程で持たせてもらった感じはずしりとくる、五百円玉ともまた違う知らない銅貨だった。

加えて街の様子である。

そこは街というより市場だった。それも映画やなにかに出てくるような、幌のある店や赤、青等色鮮やかな野菜や果物、見たことないような原色の毒々しい魚たち、艶やかな布を売る私と同じくらいの身長の売り子等、所謂都市っ子の私には馴染みの無いものばかりだった。隙間にも御座を敷いて品物が所狭しと並んでいる。

わたしは海外にでも来たのだろうか。

心もとなさ気に目を動かすわたしに「ここは治安が割といい所だから警戒しなくてもいい。」のような内容の事をオブラートに包んで言われた。気を遣ってもらった身で申し訳ないが、今そんなことはどうでもいいのだ。

「此処は何処だ」わたしはすこし狼狽えて尋ねる。

「エイだよ」と、奴。

残念ながらそういう答えは求めていないし、それはさっきも聞いた。

「何処の国のだ」

奴は急に足を止めた。

くるりと振り替えって此方を見た。その表情は信じられないとでも言いたげだった。

「あー。弥唖ちゃんってさ、箱入り娘?」

「いいや?都会っ子だ」

その言葉からどんどん墜栗花の表情が険しくなっていく。

「君は何処からきたの」

「日本」

「ニホン?」

「お前日本も知らないのか。全く常識がないな」

「え、そんな…………じゃあ魔法!魔法は知ってるよね」

「ああ」

肯定の意を込めて首を一回ふる。それによって問答によって硬くなった墜栗花の表情が次第に柔らかくなっていく。

「そうか」と合点がいったらしく、一人で頻りに頷く。

「弥唖ちゃんは魔法使いの血筋なのかな。なら、俺の知らない魔指定地もある……」

「何を言ってる」

わたしは墜栗花の言葉を遮った。そしてこの常識知らずにわたしの普通を口にした。

「魔法なんぞ本の中だけの事だろうが」と。

その時奴の笑顔は凍りついた。

「えええぇええぅああああああああああ」



奴は叫んだ。いや叫ぼうとした。奴の柔らかく少し大きめの口が息を吸おうと大きく開いた時、わたしが両手で全力で塞いだのだ。

こんな活気溢れる市場で連れに叫び声をあげられた人は好奇の視線の餌食となる。

男女なら尚更だ。やれ痴話喧嘩だのやれストーカーだのあることないことでっち上げられて話の種になり大騒ぎになること間違いないだろう。

それを今、自分で体験する事になろうとは一寸たりとも1インチたりとも思ってはいなかったのだが。

ぺちぺちと手を叩かれた。見てみると顔が蒼白い。ああ、鼻まで塞いで息が出来ないのか。

「ああ、ごめん」

手を話すと「ん…っあふぅ」と鼻にかかった吐息を吐き、「酷いよ」と口ごもる。気持ち悪っ。

「じゃあ叫ぼうとするな」

「だって」

「だってじゃない」

「だってだっていいたくなるよ!まさかまだ弥唖ちゃん分からないの」

墜栗花が声を荒げた。ただなまじっか顔が可憐な少女顔な為、怖くはない。

「何を」

「何をって」

困ったように眉尻が落ちる。呆れからかもしれないが、とにかく眉を下げた。

「弥唖ちゃん、なんてことだよ。君は世界を渡っちゃったんだ」

耳が可笑しくなったか、こいつの頭が可笑しくなったか。

一般人のわたしはその至極摩訶不思議な回答を「頭、沸いたか」と、鼻で笑ったのである。







それはその会話のすぐ後の事だった。

わたしに笑われた奴は、反論しようと口を開いた。



「やぁあぁあああああああ」

突然女の金切り声が聞こえた。

その時妙な緊張が市場に流れ、活気溢れる市場が一瞬シンとした静寂に包まれた。

その直後、「人食いだあああぁあああぁあ」という叫びが聞こえ、市の人々は蜘蛛の子を散らしたように四方八方に足を縺れさせながら逃げていった。逃げる時籠から落ちたのか、林檎のような赤色の果実が足元に転がってきた。

「人食い?」

「何してるの弥唖ちゃんっ。食人鬼だよ、逃げなきゃ」

「……ひとを……」

人を食うと聞いてわたしはすぐに頭が反応しなかった。人を食う、つまり自分が捕食されるかもしれない。自然の摂理として何ら可笑しいことではないのに、どうしても漫画や映画のパニックホラーの様なイメージが拭えずに現実のことだとは受け入れがたかった。

そんな煮え切らないわたしの態度に墜栗花が初めて表情を歪めた。

「嘘だなんか言ってられないよ、死にたいの?」

「死………?」

「来ちゃうよ、早く信じて逃げようよっ」

「そんな、信じれる訳」

墜栗花はわたしの手をとり走り始めた。マントがひらひらと翻って走りにくそうだ。

それでも全力で、一生懸命わたしの手を引く。

わたし達は走った。速く、自分の最速で。もう色とりどりの市は見えず、煉瓦屋根の民家が並ぶ住宅街だった。

段々呼吸が苦しくなってきた。足も地面に着く度にピキリと痛む。

いきなり視界が狭まってきた。

「え……」

また来た。

あの抗えない力に強制的に目が閉じさせられた。

瞬間的に身体から力が抜けた。バランスがとれなくなって躓いた。

これはやばい。

咄嗟に息を吸い込むと、空気に違和感を感じた。においがおかしい。鉄の様な、硫黄の様な?たんぱく質が腐った様な、臭さを感じる。その後、ぺちゃりとした水音と藻の様な生臭さがした。

意識はあるのに目はまた開かない。

突如さっきまで聞こえてたぺた…ぐちゃ…という気持ち悪い音が消えた。眠った感覚もないのに、視覚と聴覚だけが無くなった。音も光も無いそこは言いようもない気持ちが有るだけだ。胃がぐちゃぐちゃかき混ぜられる吐き気の様なもどかしさは、これまで感じたことのない感情で、後に理解したのだがこれは脅威というものだった。

なにかの生臭い吐息を肌に感じた時、わたしは声にならない叫びをあげた。



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