プロローグ
夏川弥唖は中学生だ。 中学生で、容姿端麗という訳でも、頭脳明晰というわけでもない平凡な14歳である。並では無いことを強いて挙げるならば、語学が人より得意であるということだけだ。
余談だが14歳と言えば、某有名な巨匠の漫画で、鶏の頭をもつ天才科学者の話が有名である。14歳という映画もあるらしい。しかし一般的に14歳とは中途半端だ。 せめて切りのいい15歳になってからこんな事が 起こればいいのに。
ふと弥唖は思った。
これは夢だ。
そうでもなくちゃこんな事ありえない。
彼女は変な所で現実主義者だった。 幽霊も信じるし、魔女、雪女、妖怪の類いも非 科学的な事も信じる。 しかし、自分の周りで起こる事はないと盲目的 に信じ込んでいるのだった。
極端な話面倒事には首を挟みたくない質である。
よってこんな非現実的な事が起こるのは夢だ。 夢。
これが彼女の言い分だった。
しかしながら、これは彼女の予測…別の言い方をすれば願望であるが、それは大外れだ。 今彼女の身に起こってることは正に現実だった。
ただ帰ることを諦めたら、二度と目が覚めないような気がしていた。
「… …いつまで落ちればいいんだろう。」
足下の感覚がないまま一人呟いた。
十数分前、彼女はいきなり穴に落ちた。 それから未だ底に着くこと無く彼女は落ち続け ている。
試しに両手を広げてみたが壁どころか何の感覚 もなかった。 普通なら風を感じるはずだが、下から風が吹く こともなく、下を見ても一瞬の光さえもなかっ た。
とにかく不自然なことばかりだ。
下に目を向けて見えるのは自分の布のスニー カーと膝小僧だけだった。 それ以外は闇である。地面は勿論見えない。 分かるのは自分が落ちているという事だけで、 それも解るというより、それは全て直感と言った方が正しいかもしれない。 もう彼女の頭は落ちることに疲れ、ここから脱出することしか考える事ができなくなっていた。
落ちるのは結構精神が削がれる。
今底があれば即死は免れないが、この前落ち続けるよりましだ。
それが今この夢から覚める唯一の方法だと頭が呆けてきた彼女は考えている。
そんな彼女の頭には数秒間に一度同じ疑問が出てきた。
どうしてこうなったのか。
どうしてわたしが落 ちなければいけないのか。
わたしは全く身に覚えがない。誰か教えるか起こすかしてくれ。
夢の事なのに理由を考えてしまうあたりが生真面目というか、ずれてるというか。
彼女は自分自身を嘲笑し、それからしばらくして頭を抱えて唸った。
彼女には落ちることしかできなかった。