宏美からの手紙
次郎の元カノの、手紙の量に圧倒されながら、その人と次郎の関係を知りたい恵子。
しかし、出会ったばかりの恵子には、体の関係こそあるけれど、次郎の過去や将来の夢とか、性格とか・・・全く無知で、手紙の相手には遠く及ばないことを察する。
12、手紙
「何から話せばいい?」
僕は開き直った訳でないが、無愛想に言った。
「えっ?・・・」
恵子は、聞きたいが怖い。
「この手紙の・・・大野さんが忘れられないんだ・・・」
恵子は恐る恐る聞いた。
「そう・・・だね」
恵子は、その返事を聞いてそれ以上聞いても次郎とその手紙の主との関係には、とても今は近付けないことを察して、それ以上聞くのを止め、引き出しを閉じた。
「コーヒー、沸かすよ」
「え?・・・う・・うん」
僕はサイフォンをセットして火をつけた。
僕は自然とロッド・スチュワートの「ナイト・オン・ザ・タウン」のアルバムを取り出すと、針を落とした。
・・・僅かなノイズに混じって、イントロが始まる。
「恵子、これはさ、思い出の曲のひとつさ。今はもうあまり聞かないけど・・・だってさ・・・」
僕は言おうとした話の最初も喋れずに、ただ涙が出てきて止まらない。
「次郎・・・次郎さん?・・・もうさ、もう良いから・・・」
恵子はそっと次郎の肩に顔をのせて、腕を掴んだ。やわらかい恵子の胸が当たる。
次郎の涙につられて、恵子も泣いてしまった。
「ごめんね次郎?ね・・・あたし・・・」
「明日、海に行こうか」
「そうね、ボード取りに行くんだったよね!」
「クルマ・・・無いな」
「ラーメン屋さんの軽ワゴン、借りられると思うよ」
「そうかい、それはいいね!」
僕はコーヒーを入れ、恵子に砂糖とミルクを渡すと、恵子は僕の分も砂糖とミルクを入れて僕に渡してくれた。
「アース・ウィンド&ファイアー」の「太陽神」を出すと、途中でロッドの針を上げ、入れ替えて、いきなりA面2曲目の「宇宙のファンタジー」をかけて、少しボリュームを上げた。
恵子の体が自然にゆれ、ノリの良いリズムに身を任せていた。
「明日、晴れるといいね!次郎?」
「うん・・・僕は波が良ければいいんだけどさ!」
「やだぁ・・・次郎なかなか上がって来ないよそれじゃ・・・」
「あはは!僕は波乗りに行くんだい!」
機嫌を直した恵子を見て僕は一息つき、そしてコーヒーをすすった。
「あ、ちょっとやっぱり薄かったねぇ・・・」
「え?・・・あたしは丁度いい」
「まだまだ、カフェのお味が解かっていらっしゃらないようで・・・お嬢様?」
「やだぁ!・・・」
やがてレコードは中心に針が移動し、僕はそれを上げると、そのままカバーを降ろしてアンプのボリュームを落し、電源を切った。
恵子の家に着き、ラーメン屋さんでチャーハンを頼んで軽ワゴンを借りる話をして、着替えを持って恵子の家に入った。
恵子の母が仕事から戻ったところだった。
僕は恵子のアルバイトの話と時々泊まるということを言い、恵子の部屋に入った。
「ふぅ・・・なんかここ、僕の部屋みたいに落ち着くようになっちゃった」
「そう!・・・でもベッド狭いよね、一応お布団持ってくるから」
恵子はそう言うと、隣の恵子の姉が使っていた部屋から布団を持ってきて部屋の隅に積み上げた。
「隣の部屋、空いてるんだよね、僕の物少し持ってきても良いかな?」
「あとで母さんに聞いてみる、多分構わないと思う。下でお母さんとテレビでも見よ?」
「うん」
一階に下りると恵子の母は一人でご飯を食べていて、テレビを見ていた。
「恵子たちは、もう食べたのかい?」
「うん、隣でチャーハン食べた」
「恵子?少しお料理覚えないと・・・」
「うん、カレーライスとハンバーグと・・・焼き魚とかお味噌汁なら平気だよ」
「馬鹿だねぇ・・・次郎さんに決まった物ばかりじゃ直ぐ飽きられちゃうよ、明日から少しずつ覚えようね」
「は~い」
僕はクスッと笑うと、恵子の母は風呂の湯加減を見に行った。
「次郎さん、お風呂は入れるよ」
僕は明日恵子と海に行くことを告げて、風呂に入り、恵子のベッドで先に寝てしまった。
目が覚めると恵子は僕の隣に寝ていて、僕の胸に手を当てていた。
その手を僕は自分の背中に回し、少し蒸し暑い夜を、そのまま狭いシングルベッドで過ごした。