穏やかな海
次郎は恵子の家に泊り、翌日早朝に海に出かけます。
波がフラットで次郎は、恵子に自分のウエットを着てもらい、波乗りを初体験させます。
13、穏やかな海
土曜日の朝、僕は恵子の部屋で目覚めると、キッチンで料理する、まな板の音に気がついた。
恵子はすでに起きていたようで、僕が一階に降りると、母と一緒に朝食と昼食のサンドイッチを作っていた。
「あ、三崎さん起きちゃった?恵子にね、ご飯作らせてるから、ちょっと待っててね」
恵子の母が言い、恵子は眠そうな目をして母と一緒に食事の用意をしていた。
「・・・コーヒー、あるかな?」
「インスタントだよ?」
「うん、大丈夫、僕も朝はインスタントだから」
恵子は和室のお膳にインスタントコーヒーを入れて、置いてくれた。
僕は朝のニュースを見ながら、新聞の天気予報を眺めていた。ニュースでも天気予報が流れ、僕は天気図を見て波の予想を立てていた。
「ああ・・・」
「え?次郎何か言った?」
「ううん、天気予報見てた」
「天気良いみたいじゃん!良かったね!」
「え?・・・そ、そうだね、あはは!」
梅雨の晴れ間で、高気圧が張って海上は穏やか、という予報を聞いてがっかりしたのは、僕だけのようだ。
恵子は、お盆にのせた味噌汁と煮付け、ご飯におかず数点を持ってきた。
「へえー、これ恵子が作ったの?」
「半分教えてもらいながら。あたし、いつもはパン焼いて食べるだけだし」
「ああ、僕もそうだよ、あと卵焼きか目玉焼き、トマト位かな」
「なんだぁ・・・」
恵子は少しほっとして僕を見て笑った。
「恵子も一緒に食べてよ、いっぱいあるから・・・お母さんも一緒に」
僕は食べきれそうにないその量を見て、そう言って二人をお膳に誘った。
「サンドイッチ、作ったからお昼はこれでいいよね?」
恵子はおかずとサンドイッチを入れたランチボックスを、僕に見せてくれた。
「へぇ・・・凄いねぇ・・・ピクニックみたいだ」
「今まではどうしてたの?」
「マックで」
お母さんはにっこり笑って、恵子に目配せした。
朝食を三人で取り、恵子がラーメン屋さんに前日借りておいたキーを使って軽バンのドアを開け、薄っぺらなドアを閉めるとエンジンを始動して、助手席のロックを開けた。
少し元気な軽の2サイクルのエンジン音が楽しい。
「あ、ラジカセ持ってきたら?」
「そうね、ラジオしかないから何かテープも持ってくるね」
「うん」
暫くして恵子がラジカセを持ってクルマに乗り、出発した。
クラッチの接続に癖があり、少しショックを伴って加速する。
「次郎でもこういう乗り心地なんだね」
「ああ・・・上手くクラッチ繋げればなくなると思うよ、暫くはごめんね」
僕は2・3速でクラッチを繋ぐ前に少しアクセルを煽り、合わせてから加減速した。
「なんか暴走族みたい・・・」
「ああ・・・外からはそんなに煩く聞こえないと思うよ、室内にこもってるんだね、音が。バイト先の軽トラックもこんな感じ・・・」
「ラジカセの音、煩くて聞こえない」
「ああ・・・あはは・・・いいよいいよ」
暫く、恵子の友人のことや、陽子のことなどを話しているうち、府中を過ぎて鎌倉街道をひたすら海に向った。
サーフボードを乗せた見覚えのあるクルマが来たので、窓から手を振りサインした。
気が付いてくれたようで、親指を下にして“波がない”サインをくれたので、“サンキュー”のクラクションを鳴らし、挨拶した。
「だれか知ってる人?」
「うん、お兄ちゃんの仲間。波ないってさ、今日は恵子とデートだね、水族館でも行こうか?」
「わぁ・・・嬉しい!何処にあるの?」
「江ノ島だね、大仏さんも行こうか」
「うん!やったぁ!」
恵子は遠足気分で、はしゃいでいる。恵子にとってはその方が都合はいいと思った。
暫く江ノ島水族館を見学して、大仏を拝み、ヨットハーバーを散策してから、サーフショップへ向かった。
途中プール前、辻堂などのポイントを覗いたが、手前に小さな波があるだけで、ほぼフラットで穏やかだ。
サーフショップで板を受け取り、少しオーナー夫婦とお話した。奥さんが言う。
「三崎ちゃん?随分彼女、らしくなってきたね」
「そうですか?それはよかった」
「なによ、ひとごとみたいに!・・・ちょっと茅ヶ崎で恵子さんに教えてあげたら?」
「・・・あ、そうだね!恵子、乗ってみなよ」
「えーー、乗れるかなぁ・・・」
僕は一緒に預けていたウェットを恵子に渡し、体に合わせてみた。
「・・・ちょっと胸が・・・きついかな?」
「大丈夫、大丈夫!まだ発育途上でしょ?」
奥さんは、笑いながらそう言った。
恵子は僕のウェットから少し匂うコロンの香りを確かめ、胸に抱いてシャワー室へ着替えに行った。
「あ・・・これって下に何か着るの?」
僕は水着を用意していない事に気づいて、奥さんに昨年落ちの水着を頼んだ。
「しょうがないわねぇ・・・ビキニでいいよね?」
奥さんは倉庫から何点かのビキニを持ってきて僕たちに渡した。
「幾らでいいの?」
「うーーん・・・二千円でいいよ、返品ものだし・・・」
「恵子、二千円だって!」
「やったぁ!」
見ると充分、今年も着れそうなデザインばかりで、迷ってしまう。スーパーなら今年度モデルでも通じそうだ。一番ウェットの中でも抵抗にならなそうな一組を選んで、再びシャワー室へ恵子は向かった。
「三崎ちゃん、一緒に見てやったら?・・・もう、済んでるんでしょ?」
「え?・・・奥さんには参ったなぁ・・・」
「そんなの解かるわよ、何人カップル見てきたと思ってるの?」
僕はシャワー室へ行き、ドアをノックした。
「僕だよ、入るよ」
「・・・うん」
中から恵子の声が聞こえたので、中に入ると何も着ないで迷っていた。ちょっとびっくりしながらも中に入り、手伝うことにした。
「まず・・・水着、着なくちゃ・・・ね」
僕は少し照れくさいがそう言って水着を渡した。下を履いて貰ってから、上を着ける時、後ろが上手く出来ないので手伝う。悪戯に胸先をするりと人差し指で撫でる。
「う・・・んっ」
反応が早いけど、そのまま後ろを停めようとした。
「だ・・・めっ」
恵子は、少し水着を上げて先を僕に差しだした。少しキスして遊んであげた。
恵子はにっこり笑い、水着の中にそれを収めた。
ウェットは足から入れて、男にしては細めの、僕のサイズをきつそうに上まで上げた。
「・・・そう、肩、入るかな」
「・・・うん、入った。なんか次郎に包まれてるみたいで気持ちいい」
「じゃ、チャック上げるから・・・」
背中の中心を押さえながら、少しずつ上げる。
「あ・・・」
「どうした?」
「気持ち・・・いい、背中の・・・指」
「あはは・・・」
恵子はウエットを着終わり、二人でシャワー室を出た。奥さんが居た。
「あらぁ・・・すっかり彼女ねぇ・・・素敵、似合うわよ」
奥さんは少し潤んだ恵子に、そう言って、褒めてくれた。
僕はボードを持って、茅ヶ崎のポイントまで恵子と歩いた。
途中、何人もの地元の人が僕たちを見てにっこり笑ってくれた。
「次郎・・・有名?」
「・・・え?ぜんぜん。へたっぴだし」
多分僕が持つボードと、ウェットを着た恵子を見て、初めて海に入るのだと思い、見てくれたのだろう。ポイントに着くと、5人ほどの初心者が同じように同伴で居るだけで、波は手前に少し立っているだけだった。僕はサンドイッチを先ず少し食べたかったが、恵子は海で乗ってみたいらしく、僕はTシャツとサーフトランクスで一緒に入った。
「あそこでやってるみたいにさ、ボードに腹ばいになってくれるかい?」
「・・・うん」
僕は陸から20メートルくらいのところで砕けた波に恵子を押し出した。スルスルとボードと恵子は波に押されて陸に向かった。僕は次の波でボディーボードして恵子に近付く。
「どう?」
「うん!・・・こんなに面白いんだ!」
恵子は、初めて海の波と同速度で滑る浮遊感覚に感激して、サンドイッチを忘れて暫く僕と波を楽しんだ。