千秋からの眺め 1
湊からの眺め第二話。始まります。
「七瀬くん…私と、付き合ってください!」
小学六年生の春、僕は同級生の優香ちゃんに告白をされた。
「いいよ、僕もその、優香ちゃんのこと…好き、だから。」
こうして僕と優香ちゃんは小学生でありながらながら、恋人になった。
?「…ッチ」
そんな、舌打ちのような音は、僕の耳に届かなかった。
「まさか、優香ちゃんと付き合うことになるなんて…明日が楽しみだな」
なんて、少し浮かれながら僕は帰路を辿っていた。嬉しいなぁ、なんてことを考えていると、見慣れた家が僕の目に映った。
「なんだもう着いたのか、」
僕はこの家が少し、苦手だ。
両親はとても優しい。でも、多分それは僕に対してじゃない。この前テストで八十点を取った時、お母さんは僕に怒号を浴びせてきた。
「…千秋、それ、何?なんで、百点じゃないの?いつも百点取れてたよね!?どうして!?ねぇ!どうしてお母さんの期待に応えてくれないの!?お母さんはこんなにも期待してるのに!この前だってそう!......」
いつもは優しいお母さんが、家の外まで届きそうな大声で怒鳴った。この時僕は気付いた。
これまでお母さんが優しくしていたのは「僕」ではなく、「優等生の僕」だったんだと。
その日から母は、僕に勉強を催促されるようになった。ご飯を食べてる時も、お風呂上がりも、「勉強、頑張ってね、」と言ってくるようになった。なんとなく、家にいるのが辛くなった。
次の日の朝、学校に着いた僕は、靴箱から上履きを取り出し、足を通す。その瞬間、足の裏に何かが刺さった。
「痛っ!」
僕は急いで上履きを脱ぐ。上履きの中をよく見ると、赤い液体が付着した画鋲らしきものが入っていた。
「なんで…誰が?」
そう。こんな事、誰かが仕組んでいるとしか思えない。でも、僕は誰かに恨まれたりするような事をした覚えはない。
「とりあえず、保健室行こうかな。」
頭を悩ませていた僕だったが、とりあえず保健室に向かうことにした。あのまま下駄箱の前にいたら、確実に人に見られる。人に見つかって、問題になるのだけは避けたかった。付き合ったばかりの優香ちゃんに、心配してほしくないから。
保健室で手当てを終えた僕は、駆け足で教室の前まで来ていた。
(いつもより遅く着いちゃった。)
そんな事を考えながら教室のドアを開け、自分の席へと向かうのだった。
席についた僕が、教科書などの整理をしていると、一人の男子が声をかけてきた。
「七瀬、一時間目が終わったら、男子トイレに来い」
「えっ?なんで?」
「いいから来い。」
「わ、わかったよ。」
いきなりそんな事を言われて困惑する僕。その男子は、要件を伝え終わると自分の席に戻って行った。
「キンコンカンコン」
一時間目が終わった。僕は席を立ち、とりあえず男子トイレに向かうことにした。
(何があるんだろう?あの人と僕、そこまで関わりないはずだけど)
なんて事を考えながら男子トイレに入ると、声をかけてきた男子と、その後ろに二人の男子がいた。
「えっと、それで何の用かな?」
「一応聞くけどお前、優香さんと付き合ってるよな?」
「えっと、うん。ありがたいことに。」
「やっぱり、昨日のは見間違いじゃなかったか。七瀬、お前、優香さんと別れろ。」
「え?なんで別れないといけないの?」
「ッチ、言わないとわからねぇのかよ。俺の方が先に好きだったから別れろって言ってんだよ!」
(なるほど、そういうことね。)
僕は理解した。多分、今朝の画鋲はこいつらが仕組んだことだ。優香ちゃんと付き合った僕に嫉妬したとか、そういう感じだろう。
「ごめんだけど、別れることはできないよ。僕も、優香ちゃんのこと好きだから。」
「お前の気持ちなんか聞いてないんだよ!いいから別れろって言ってるんだ!」
「だから!いやだって言ってるだろ!いい加減にしてよ!」
「しつこいなぁ、お前ら!こいつ抑えろ」
「は〜い」
「すまんな七瀬」
「ちょっ!離してよ!」
「おとなしく別れないお前が悪いんだからな。」
そういうとその男子は僕のお腹を思い切り殴った。
「ぐはっ!痛っ、ちょっと!やめてよ!』
そんな僕の言葉も無視して男子はお腹を殴ってくる。
「こんなことしても、絶対別れないから。」
「ッチ、そうかよ。そろそろ授業始まるし今日はこれくらいにしといてやる。お前ら行くぞ。」
「そうだ、このこと先生や親に言ってみろ、今度はお前の彼女が同じ目にうからな」
そんな事を言って男子たちは教室に戻って行った。僕は、よろよろと立ち上がり、教室に向かう。
教室についた僕は、お腹を抑えながら次の授業の準備をしていた。先生には、言えなかった。
その後、何事もなく学校は終わった。お腹の痛みはだいぶ引いてきていた。トボトボと家に帰り、ドアを開けると不機嫌そうなお母さんの姿が見えた。
「ただいま…」
「ちょっと!今日登校するのが遅れたそうね!先生から電話きてたわよ!これであなたが不良って思われたら、私が不良の母親だって思われたらどうするの!」
そんな事を叫んでいる母の横で僕は、ポカーンとすることしかできなかった。
(この人の言っている意味がわからない。何を言っているんだこの人は。)
この時、本当にこの人は「僕」じゃなくて「優等生な僕」が好きだったんだと理解させられた。心のどこかで否定していたそれを、肯定せざるを得なくなったのだ。
「あぁ、あああああ」
この時、僕の中の何かがプツンと切れた気がした。学校ではいじめられ、脅され、家では親愛していた母親に裏切られた。
「なんかもう、どうでもいいかもな、」
こうして僕の視界は歪み、だんだん意識が朦朧としてくる。そうしていると、
「よく頑張ったね、あとは休んでもいいよ」
そんな、どこか落ち着く声が聞こえ、完全に意識が途切れるのだった。
次の日の朝、僕は学校のトイレで昨日の男子に絡まれていた。
「何?」
「いやw昨日の続きだよ。」
「いい加減諦めてくれないかな、別れるだけでいいんだからさ。」
もう、なんか辛いなぁ、なんて考えていると、昨日の声が聞こえてきた。
「じゃあ、変わってあげようか?」
そんな声に身を委ね、僕の意識は深く深く、沈んでいくのだった。
気がつくと、トイレから去っていく男子たちの姿が見えた。よかった、終わったのかな。そんな事を思いつつ僕も教室に戻る。
教室に戻るとみんなが僕の方を見た。腫れ物を見るような、そんな鋭い目で。
「えっと、みんな、どうしたの?」
本当に何があったのか分からなかった僕はみんなに問いかける。すると、いつもの男子が声を上げる。
「はぁ?俺たちに暴力を振るったこと、忘れたとは言わせねぇぞ!挙げ句の果てには性格を変えて知らないふりするなんて、」
「え?」
言っている意味がわからない。僕が騙した?いつ?どこで?
「ちょっと、僕そんなことしてな…」
誤解を解こうと僕が声を出したが、それはクラスメイトの声でかき消される。
「そうだよ!殴られたこの気持ちは考えなかったの!?」
「暴力なんて、人のすることじゃない!』
「そんなことする人だとは思わなかった。」
そんな罵声を浴びせられる僕。そんな中で僕は後ろの方で僕を見ていた優香ちゃんを見つけた。
「ゆ、優香ちゃん!誤解なんだ!みんなに説得してくれないか!?」
「ごめん七瀬くん。私たち別れよう。」
「…え?」
「七瀬くんがこんなことする人だとは思わなかった!そんな人と私、付き合いたくない。バイバイ。」
言葉が出なかった。なんで、どうして、最後の、本当に最後の、信じられる人だったのに。
苦しい、泣きたいくらい辛いのに涙が出ない。吐きそうなくらい体がだるい。声が出ない。喉の奥に何かが詰まっているような、そんな感覚。沸々と怒りが湧いてくる。親に、クラスメイトに、この世の全てに。溢れんばかりの怒りが、今にも爆発しそうだった。
僕は教室を飛び出した。体のだるさなんか気にならなかった。クラスメイトや親への怒りの前ではそんなのゴミ同然だった。走る。走る走る。そうして僕は、線路を跨ぐ、歩道橋を登っていた。もう、誰も信用できない。居場所なんて、ない。なら、こんな感情を抱いて生きるくらいなら、
「死んだ方が、マシだ。」
そうして線路に飛び込もうとしたその時、
「馬鹿野郎!!」
そんな、男の子の声が聞こえ、僕の体は歩道橋の上へと引き戻される。涙が込み上げてくる。いやだ、止めないでくれ。
「離せ!離せ!いいから離せ!僕はもう、生きたくなんかないんだ!早く死んで、楽になりたいんだ!離してくれ!」
「うるっせぇ!世界に絶望したり、全部を嫌いになるのは別に良い、否定はしない、俺もそうだったから。でも絶対に死ぬんじゃない!他の誰かのためじゃねぇ、お前のために!その選択は絶対に後悔する。最悪の道だ。とりあえず生きろ。生きていつの日か、生きててよかったって思えるように頑張るんだ。」
「ちょっ、湊!?いきなり走ってどうしたんだよ…ってどうした!?何があった?」
「こいつが、線路に、飛び込もうとしてた。スバル、こいつ抑えるの代わって。」
「お、おう。了解だ」
そうして僕は、もう一度動けなくされる。
「わかんないよ、わからないんだよ。生きる意味も、人を信頼する方法も、この感情の消し方も、全部全部、わからないんだよ。」
「それじゃあ、うちにおいでよ」
スバルと呼ばれていた人はそんな事を僕に言う。
「こいつ、湊も、君とおんなじ感じだった。君と似たような経験をしてきたこいつとなら、生きようと思えるんじゃないか?少なくとも、他の人間よりかは。」
「…わからない。」
「ッチ、「わからないわからない」ばっか言いやがって。そんなに生きる意味がわからないなら、命の恩人である俺に恩返しするために生きろ。」
わからない。本当にわからなかった。なんでこの人たちは、赤の他人の僕に、こんなにも優しくできる?僕の母や、クラスメイトとは何か、言語化できない何かが違う気がする。
(あの少年、湊って呼ばれてたっけ。あの人のために生きてみる、悪く、ないのかも)
僕は顔を上げて湊の方を見る。そして口を開く。
「…わかった。僕は、君に恩返しをするために、生きてみようと思う。」
「ははっwそうかよ。俺は清水湊。お前は?」
「僕の名前は千秋。苗字は、捨てた。」
「そうか、じゃあ千秋。とりあえず俺たちの家に行くぞ」
これが僕、「七瀬 千秋」改め「清水 千秋」の過去。
まずは、湊からの眺めを読んでいただきありがとうございます。今回は前回と比べ相当長くなってしまいました。申し訳ない。今回、前回とメインの二人の過去について書きましたが、次回からは、本編へと突入する予定です。次回も読んでいただけると幸いです。改めて、湊からの眺めを読んでいただきありがとうございました。次回も読んでいただけると嬉しいです。それでは。




