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第97話

 ゲーテやレイクネスに逃げの機会を簡単に与えてしまうのは失態だが、今回の最優先事項はまず試験会場の人間の安全確保、これに尽きる。


 そう考えると自分たちにとってはあまりにも都合が良すぎる展開であった。


 簡単に信じるのは確かに危険かも知れないが、もしも彼が本気であれば試験終了までに手を出さない限り向こうも何もしないという事だ。


 試験参加者やエンペル・ギア従業員の安全は約束されたようなものである。


 つまりこの状況で悩む理由があるとすれば、ずばり簡単にそれを信じて良いものかどうかだ。それもレギュラオンやシュレフォルンたちの意見を聞かずにテトラだけの判断で進めて良いのかと言われると、相談したいと思ってしまうのが普通だろう。


 彼女たちにとっては美味しい話であるにも拘らず、即答しない様子を不思議がっていたゲーテであったが、次第にその理由に気付いたのかこんな提案をしてきた。


「まぁ僕の発言を簡単に信じるのは無理な話ですし、あなたの一存で決められる事でも無いですね。ではこうしましょうか。今日の夜まで返事を待ちます。その間に相談でも何でもすれば良い」


「……」


「当然その間に僕やレイクネスさんの方から会場の皆さんを危険な目に遭わせるなんて真似は決してしませんよ。する気があるのなら、あなた以外のWPUの潜入を知った時に既にそうしているはずですし、さすがに今の発言は信じて欲しいものなんですがねぇ」


「……」


「聞いていますか?」


 完全にゲーテによって恐怖を植え付けられたテトラは、確認という行為にカテゴライズされる彼の言葉に対して最も過剰反応するようになってしまった。


「っ……! き、聞いてる……聞いてるから……」


「そうですか……では」


 急に彼はテトラの手首を掴んで彼女を無理やり立ち上がらせた。


「きゃあ! い、嫌! 放して!」


「これで僕の話は終わりです。良い返事を期待していますよ」


 ゲーテは部屋の扉を開けると、外に誰も居ない事を確認してからテトラを乱暴に部屋の外へと投げ出した。バランスが取れず尻餅をついたテトラは放心状態で項垂れて床を見つめる。もうゲーテの顔を見るだけで不快感が襲ってしまうほどになっていた。


 WPUと言えど中身はまだ15歳の少女だ。ゲーテがテトラにした言動を考えればこうなってしまうのは当たり前である。


「最後に大きな声を出してしまったのは大目に見ましょう。ほら、解放してあげたんですから早く司くんの所に行ったらどうですか? お腹……空いてるんでしたよねぇ? テトラさん」


「……っ」


 最後に名前を呼ばれたテトラは強烈な不快感を感じ、その場から立ち上がると一刻も早くゲーテの元から逃げたい一心でその場を走り去って行った。


「ふふ……恐怖に歪んだ表情、最高でしたよ……テトラさん」


 気持ち悪過ぎる感想を漏らしたゲーテはドアを閉め、その後自室でこれからの事について思考を巡らせるのであった。




 一方その頃、テトラの身に起きた事など全く知らない司は、レストランで1人テトラを待ち続けていた。席は既に取っているが、先に食べる訳にもいかずテーブルの上には皿1つ置かれていない状態だった。


「テトラ遅いな。ゲーテさんとの話、結構長引いているのかな」


 もしもゲーテの本当の正体を知っていればこうも悠長に構える事はできないだろう。ゲーテはエンペル・ギアが用意した内通者にしか過ぎず、テトラは世界の希望となるWPUの1人という認識である為に、司は特に心配する事なく彼女を待てているのだ。


 一体どんな話をしているのか気になっていると、司の座っている席を見つけたであろうテトラが彼に駆け寄る。


「……」


「……ん? あ、テトラ! 遅かったね……って、ど、どうかした?」


 テトラの顔を見た司はゾッとした。死んだ魚のような目に気力の無い顔は、つい先ほどまでの明るかった彼女からは想像できないほどに別人といった感じだったからだ。


「あ……え……っと……と、とにかく朝ご飯食べよっか! ほら! ここのレストランって朝も凄い豪華なんだよ! デザートには果物もあってさ! テトラって朝はご飯とパン、どっち派? どっちもあるみたいだから好きな方食べようよ!」

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