第87話
「シュレフォルン経由でないとなると、ティナの到着を一人待っていた氷雨の口から情報が飛び出たと考えるしかあるまい。そして聞いた話によれば氷雨はテトラに対して状況説明をしたそうだな。もしもその時の会話を聞かれていたら?」
「……」
氷雨は答えない。現状その可能性は極めて高く、彼女は半ば放心状態だった。自分はもしかしたら取り返しの付かないミスをしてしまったと思い、頭が真っ白になったかのような錯覚を覚える。
「いや、もしもなんて有り得ないな。お前はシアの容態を伝える際、治療をティナに任せようとしていると受け取れる発言をしていたんじゃないのか? フローラはそれを聞いた可能性が高い。そしてお前とテトラの通話を陰で聞いていたのであれば、当然それ以外の情報も全部彼女には筒抜けだった訳だ」
そう言われた氷雨はテトラとの会話で自分がした発言の一部を思い出した。
『何もしてあげられないのは悔しいですが、今はとにかくティナさんの到着を待つしかありません』
『WPUの人間が参加しているとバレたら、もしかしたら自分を捕まえに来たのか、と勘違いされても不思議ではありませんので』
「……」
ハッキリと彼女はティナの名前を出し、そしてテトラというWPUの人間が試験に参加していると認識できる話をしていたのだ。
「とにかくだ。テトラとの会話内容を聞かれていたのはまず間違いない。となればフローラは知っているはずだ。テトラという名前のWPUの人間が、試験会場に紛れ込んでいる事を。そしてその人間に、ゲーテの存在とレイクネスが護衛で付いている事実を知られてしまった事もな」
「……ごめんなさい……私……」
「ひぃちゃん……」
自責の念に駆られた氷雨を見たシアは、やるせない気持ちになった。氷雨の判断は決して間違ってなどいなかった。リバーシの試験会場に居るテトラに状況を伝えるのは至極当然の事だ。
あの場にフローラが居た事、そして現れたタイミングはあまりにも運が悪かったのだ。
「今回の件に関しては周囲への警戒を怠ったお前のミスだ。もっとも、後悔や反省をしたところでもう手遅れだがな。フローラがレイクネスにテトラの事を共有しなければ済む話だが、それはあまりにも楽観的な思考と言える」
「おいレギュラオンさん。そんな追い打ちかけるような事言わなくても」
「事実は事実として本人に伝えなくてはなるまい。生憎私にはミスをした人間を慰める気持ちなど皆無でな。そういったフォローや心のケアは仲の良い者同士で勝手にやってくれという話だ。私がそれに付きやってやる義理は無い」
「……っ……あんたって人は本当に……!」
「シュレくん。もう良いです。ありがとうございます。私は大丈夫ですから……それに大切なのは、これからどうするか……ですよね」
「ふん。分かっているじゃないか。その通りだ、氷雨。後悔や反省、謝罪といった行為は目の前の問題を解決してからにしろ。今はそんな時じゃないからな」
レギュラオンの言葉に釈然としない気持ちになったシュレフォルンだったが、氷雨が前に進もうとしている所を見て、一旦は引き下がる事にした。
「さて。ここからが本題だ。まず状況を整理しよう。十中八九、レイクネスは三つの事実を把握している。一つ目は自身とゲーテの侵入がWPUにバレている事。二つ目はWPUの一人が会場内に居る事。三つ目は現状WPU含めた警察組織は動きを見せていない事。故に警戒はしているが戦闘モードや迎撃態勢には入っていない状態と言えるだろうな」
「こうなってくると、いよいよ試験の中止が現実的じゃなくなったね。こっちが少しでも膠着状態を解除するような動きを見せたら、本当に会場が戦場になっちゃうよ」
心配そうな表情をするシア。その時彼女の脳裏に浮かんだのはやはりテトラだった。いくら相手が界庭羅船最弱とは言え、その組織の一人である事に変わりはない。
司を含めた参加者がパニックに陥っている中、彼らの安全に気を配りながらレイクネスに立ち向かう姿が容易に想像でき、不安で押し潰されそうだった。




