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第84話

「ゲーテ? 知らないな。誰なんだ、そいつは。申し訳無いが、私は全職員を把握している訳ではないのでね。エンペル・ギアに一体何人の人間が所属していると思っている。仮にゲーテという者がエンペル・ギアに所属していたとしても、上層部の人間でもない一般職員の事をいちいち記憶に刻んだりなどしない」


 案の定レギュラオンはゲーテの事を知らないようだ。


「そうですか。実はですね……クオリネから聞いた事なのですが――」


 氷雨はクオリネから聞いた情報をレギュラオンに伝えた。


 ヴァルハリアで誕生した密輸組織『シャックス』の次期ボスであるゲーテの護衛をレイクネスが引き受けている事。ゲーテは自身の身分を偽り、エンペル・ギアに職員として所属している事。リバーシ加入試験会場にエンペル・ギア職員として居る事。そしてレイクネスもボディーガードとして彼の近くに居る事。


 リバーシ加入試験の事を口に出せばさすがにあのレギュラオンも動揺すると考えていた氷雨だったが、顔色一つ変えないところを見るにその展開は期待しない方が良さそうだ。


 やがて氷雨は要点だけを簡潔に伝え終わる。


「――という訳です。リバーシ加入試験会場にゲーテとレイクネスが居ると分かった今、参加者の身の安全を考えて試験は即刻中止にすべきかと」


「ふむ……なるほどな。その情報の真偽がどうであれ、仮に本当だとしたら何かしらの対策を講じる必要はあるか……」


 何故この人はこうも冷静なのだろうかとツッコみたくなる気持ちを氷雨は堪える。


 少しして考えがまとまったのか、レギュラオンは三人を見据えてこう発言した。


「そうだな。まず、先ほどお前が言った試験の中止だが、それは認めん」


「な……っ! 状況を理解していないんですか!? ゲーテはともかく界庭羅船の一人が侵入しているんですよ!? これは命に関わる問題で……」


「落ち着け。私の話を最後まで聞け」


 そう言われ氷雨は口を噤む。冷静に考えてレギュラオンが何の考えも無しにこの判断をしたとは思えない。


 WPUからは冷徹で非協力的な人間として映っているかも知れないが、アルカナ・ヘヴンの王としてその世界の人間を大切に思う気持ちは持ち合わせている。


 氷雨が言った参加者の身の安全に関しても、当然考えた上での発言だったのだろう。


「仮に中止するとして、その理由を参加者と職員にどう説明する? まさか界庭羅船が侵入しているので中止です……とでも言うつもりか? パニックどころの話では済まなくなるぞ。表向きでは特に何のトラブルも発生していない今、急に試験の中止を宣言しては不自然でしかないんだ。それにエンペル・ギアは過去一度だってリバーシ加入試験を途中で中止するなどした事が無い。参加者にとってチャンスは一度きり……そんな人生を懸けて行う挑戦を、簡単に取り止めなどできるはずもないからな。そしてその事は当然ゲーテも理解している事だろう。それほどの試験が、歴史上初の途中中止ともなれば、猜疑心を抱いてもおかしくあるまい」


 彼女の言葉にシュレフォルンは納得したかのような声を上げる。


「まぁ確かにな。もしかしたら自分の正体やレイクネスの侵入がバレちまって、そんで安全確保の為に試験中止になったのかも知れないって思ってもおかしくはないか……」


「ああ。更に付け加えるならば、ゲーテの事をお前たちに話したと、クオリネがレイクネスに伝えていた場合だ。もしもレイクネスがその事を把握済みであるならば、まず間違いなく参加者の安全を考えて中止にされたと考えるだろうな」


 ここまで聞いて一つ疑問に思ったのか、シアはこんな質問をレギュラオンに投げた。


「あれ? でもでも! そうなったとしても別に問題無くなーい? だって別にゲーテに直接的な危険が迫っているっていう状況じゃないんだし、二人とも世界地図を持っている以上、どこかの異世界にそのまま逃げるんじゃない? 現に界庭羅船もシャックスも、それが十八番みたいなところあるでしょ? つ、ま、り! 危ない奴らが勝手に離れていくと私は思うんだな、うん!」


 シアの考えはもっともだ。ゲーテの正体とレイクネスの侵入が把握されていると二人に知られたところで、彼らが別の地へ即逃亡をすれば万事解決である。


 しかしレギュラオンにはその考えに賛成できない理由があり、その理由を彼女は口にする。


「私も一瞬そう思ったさ。だが、レイクネスがゲーテを連れて異世界転移を即果たすと断言できるか?」

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