第80話
『それはそうですが……って、え? 全世界最上位?』
『……』
氷雨は自分が引っ掛かりを覚えた点を明確に口に出してしまったが、修道服女は一切の反応を見せない。
もしも彼女の言っている発言が本当の事であれば、それはつまりティナを超えるヒーラーであるという事だ。
WPUの一人として黎園のティナがどれだけの回復力を所持しているかを氷雨はよく理解していた。WPUナンバーワンの治癒能力者と言われるだけはあり、これまで数え切れないほどの奇跡を見せてくれたのだ。
シュレフォルンがティナだったらきっと治せると信頼を寄せたのも頷ける実力者であり、回復・治療面で彼女を超える者は全世界を探しても居ないだろうという認識だった。
しかし世界は広いと言わんばかりに、目の前の修道服女はあっさりと自分こそが全世界の頂点に立つヒーラーだと口にしたのだ。
こうなってくると修道服女の正体がますます気になってくるところである。
來冥者が治療を行う時、その回復量は來冥力に比例する。つまり回復力がティナを超える場合、この修道服女は単純な來冥力で見てもWPU以上と言い換えられるのだ。
『冗談を言っている訳ではありませんよね? あなた一体何者ですか?』
『私が何者か。今はそんな事を気にしている場合ではありません。先ほどの質問に答えてください。もう一度言います。そちらの方の治療を私が行っても良いですか?』
『……。判断材料にしたいので答える前に私から一つ良いでしょうか』
『どうぞ』
『あなたの目的は何ですか?』
『……』
『こんな時間に、そしてこんな所に一人でやって来た、怪しい格好の正体を明かさない女性を簡単に信じろという方が難しい話です。そうは思いませんか?』
氷雨の言葉に修道服女は何も返さない。
自分が怪しまれていると十分に理解しているのだろう。その様子はどうすれば信頼してもらえるのかを考えているようにも見える。
どれだけ言葉を並べたとしても、正体を明かす気は微塵もなく目的も口にしない人間を信じる気にはなれない。もしも本当にティナを超える治癒者であったとしても、事態が悪化しないとも限らないだろう。
だがシアを治せるならば是非ともお願いしたい気持ちがあるのもまた事実。だからこそ氷雨は少しでも信用できる情報が飛び出さないかを願いながら彼女と会話を続けているのだ。
『正体か目的。どちらかを最低でも教えていただかないと判断のしようがありません』
『……』
修道服女は沈黙を貫く。その様子を見てやはりこの女性は何か変だと氷雨は思った。
『 (おかしいですね。そこまでして自身の事を明かしたくないのであれば、このまま立ち去ればいいはず。治す代わりにこうしろあれをしろと見返りを要求されている訳でもありませんし、無償の愛でシアさんを治したいだけなのでしょうか? もしそうであれば彼女の正体と目的が何であれ、治療をお願いしたいところですが……いや、しかし……) 』
氷雨にとってはまさに究極の二択であった。
研究者かつWPUメンバーである氷雨は、來冥力がいかに底の見えない力であるかを理解していた。
もしもWPUやシアにとって脅威的な存在であった場合、シアの治療を彼女に任せた瞬間に來冥力によってより蝕まれる可能性だってある。そうなったら修道服女を簡単に信じてしまった事への後悔が、一生氷雨に付き纏う事になるだろう。
一体自分はどちらを選択するべきなのか。その事について氷雨が悩んでいると、ようやく修道服女が言葉を発した。
『相手はどんな得をするのか……都合の良い話を聞かされた時、この部分を知るだけで人という生き物は一気に不安が解消され、納得してしまうものです。仕方ありませんね。私の目的をお伝えしましょう』
『……! (やはり何かシアさんを治したい明確な理由があったのですね) 』
このまま押し問答になったらどうしようと思っていた氷雨にとって、修道服女が意外と早く折れてくれたのは助かる展開であった。
『私の目的は――』




