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第79話

 氷雨から何の返しも無かった事に若干の寂しさを覚えつつも、シアはそろそろ真面目になろうと頭を切り替える。


 そして半ば強引に軌道を修正した氷雨は、シュレフォルンに事の顛末を全て説明した。




 シュレフォルンがレギュラオンに会う為にアルカナ・ヘヴンへと向かい、そして氷雨がテトラに状況説明をしてから数分ほど経過した時の事だ。


『……』


 目の前で苦しそうに息をし、痛みに耐えているシアを見守っていた氷雨にゆっくりと近付く影が一つあった。しかしシアの容態の事に加え、シュレフォルンはレギュラオンの事を上手く説得できているか等の思考で頭がいっぱいだった氷雨は、その存在に気付く事は無かった。


 やがてその謎の人物は氷雨の背後一メートルほどの位置で止まり、彼女の背に向かって小さな声で話し掛けた。


『あの。すみません』


『……!』


 小さな声だったとは言え、辺りが静寂であった事と距離が近かった事により氷雨はようやく自分の背後に誰かが立っている事に気付く。


 ビクッと一瞬肩を震わせた氷雨はゆっくりと振り返り、その姿を視界に入れた。


『そちらの方……随分と危険な状態のように見えますが大丈夫ですか?』


 綺麗な声、そして落ち着いた話し方をするその人は声からして恐らく女性だろう。


 身長は氷雨と同じくらいだ。黒の修道服に身を包み、十字架のネックレスをしている。


 一見シスターのようにも見えるのだが、雑面で顔を隠して更に黒色の透けたヴェールまで使用する事で顔隠しをしている点は、彼女たちとは異なる点と言えるだろう。


 一度見たら忘れ無さそうな強烈な印象を植え付ける姿で登場した謎の女性を前に、氷雨は思わず固まる。


『 (……足音も気配も察知させる事なく近付くなんて……この人一体……) 』


 氷雨は思わず背筋がゾッとした。


 目の前に立つ修道服女からは何も感じられない。まるで間違っているのは視覚情報の方であり、本当はそこには誰も立っていないのが正解だと思えるほどに『無』なのだ。


 修道服に雑面という個性的な容姿であるにも拘らず、そう思わせるのは一種の才能なのかも知れない。


 得体の知れない不気味さ。もしも彼女が何らかの事情でこのような格好をしているただの一般人であれば申し訳無いが、そう表現するのが最も適切だろう。


『すみません。聞こえていますか? 聞こえていましたら、私の質問に答えていただけると助かります』


『……! あ、は、はい。まさかこんな所に人がやって来るなんて思っていなくて。すみません。……見ての通り今は一刻を争う状態です。でも多分大丈夫です。私には治癒力に秀でた仲間が居て、私の別の仲間がその人の元に協力を仰ぎに向かっているところなんです。その人が駆けつけてくれたら、きっと治ります』


 修道服女が何者かは不明のままだが、氷雨は取り敢えず彼女の質問に対して簡潔に状況を説明した。


『そうですか……』


 氷雨の話を聞いた修道服女は自身の指を絡み合わせて祈りのポーズをする。雑面の下に隠された顔はどうなっているのか分からないが、恐らく目でも閉じているのだろう。


 正体も目的も明かさない彼女を前にしていると警戒心が自然と働く。先ほど氷雨も口にしていたが、ここは普通の人が訪れる場所ではない。恰好や雰囲気からして廃墟巡りが好きな人といった感じもせず、氷雨は何が起こってもすぐに行動に移せるように神経を尖らせていた。


 そんな中、黙祷していた修道服女は突然祈りのポーズを維持したまま氷雨にこんな提案をした。


『あの。もしよろしければ、そちらの方の治療を私が行ってもよろしいでしょうか?』


『え?』


 まさかそんな事を言われると思っていなかった氷雨は即答する事が出来なかった。


 ティナの協力をレギュラオンが許可するかどうか分からない以上、もし確実にシアが治る道が存在しているのであれば当然その道を選択したいところだ。


 だが突如として現れた謎の女性を簡単に信じて良いのだろうかという気持ちは、依然として氷雨の中で渦巻いている。


『安心してください。私は全世界最上位の回復力を持っています。見たところ相当な來冥力で瀕死の重傷を負っているように見えますが、治せないレベルではありません。いつ到着するか分からない仲間を待つよりも、ここは私に任せて一秒でも早く苦しみから解放して差し上げた方が良いと思いませんか?』

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