第77話
彼女は一体何を言っているのか。そんな疑問がシュレフォルンの脳内を埋め尽くした。
想像を絶するレベルの多忙かつアルカナ・ヘヴンを回せるのは現状五大機関以外に存在しないから、レギュラオンはここまで非協力的なのではないのか。
そのように考えていたシュレフォルンにとって、今の発言は衝撃的なものであった。
「だったら……!」
「だがここで助けたら今後お前らはどうなるか? 分かりきっている事だ。いざとなれば黎園は動いてくれる、助けてくれる、協力してくれるという思考回路になり、すぐに甘い道を選択しようとする……つけあがった人間になる」
「ここでティナさんを貸し出す事は俺らを甘やかすだけだって、そう言いたいのか?」
「ああ。人という生き物は一度経験してしまえばそれが基準になってしまう。そして一度自分の中に根付いたそのラインを下方へ調整するのは、一筋縄じゃいかない」
レギュラオンの言っている事は普段の生活でも当てはまる事だ。
昔は当たり前のように送っていた生活でも、より豊かな生活を送れるようになった今、再び昔に戻ったら相当なストレスが溜まる事だろう。
それは自分の中の水準が上がってしまったからに他ならない。自分の中に根付いた当たり前の事柄ができない、行えない事に対する不満は想像以上なものとなって本人を襲う。
レギュラオンは黎園に対するその基準を緩めたくないと考えているのだ。
「あの時は助けてくれたから今回も助けてくれるだろう……そんなノリで毎回来られたら正直いい迷惑だ。故に、たった一度の『折れ』を許す訳にはいかないんだ。冷徹と言われようと何と言われようと、黎園の水準は決して緩めない。その優秀な頭に刻み込んでおけ」
この時のシュレフォルンは諦めに近い感情が湧いていた。
最初はまだ説得できると思っていたが、彼女のこの様子を見るにどんな言葉を投げても考えを改める結末になる事は無い。そしてその事実が絶望感として彼を支配した。
「理解できたなら帰れ。セレーナで倒れている仲間がシアか氷雨か、はたまたテトラかは分からないが……いやテトラは試験に参加しているから有り得ないか……とにかくだ。黎園は協力しない。以上だ」
「……っ……!」
彼女のその態度に、シュレフォルンは悔しさで歯を強く噛む。だが正直なところレギュラオンの考えを正せるだけの言葉が見つからず、それが更に悔しさを増加させた。
「ああ、そうだ。お前言っていたな。何故WPUに加入したのかと」
「……」
今更その質問の答えを得たところでどうしようもないのだが、彼は黙って彼女の言葉に耳を傾けた。
「お前らのような高尚な理由など私には無い。私の知らない世界があり、更にそれらの世界へのアクセス権限が私には無いという状況が気に食わなかったから。それだけだ。アルカナ・ヘヴンの王である以上、数多ある世界の存在を認知し、各世界への転移も容易に行えなければと思ってな」
「はっ……皮肉なもんだな。世界規模の犯罪者や犯罪組織を捕らえる事を目的とした集団に最も適していない動機で入ったあんたが、今やWPUトップチームの頭なんだからな」
「ああ。その結果を出せた事には素直に安心しているし満足している。私の実力は世界に通用するものと証明できてな」
悔しい事だがレギュラオンを筆頭にした五大機関の各トップは、彼女も口にしたが世界に通用する実力を持っていたのだ。
そしてその結果はレギュラオンに更なる自信と驕りを与えてしまった。彼女を変えるにはシンプルな話、黎園に勝てる猛者が現れれば良いのだが、個人でもチームでもそんな存在はWPU内には居ない。
レギュラオンは口にこそ出していないが、こう思っているに違いない。
黎園に口出しする前に、自分たちの実力を上げるべきだ、と。




