第75話
テトラを含めたリバーシ加入試験参加者が慣れない一日に終わりを告げた頃、シアの治療相談を目的としたシュレフォルンは、エンペル・ギアのエレベーター内に居た。
セレーナでは夜でもアルカナ・ヘヴンではようやく夕方頃といった感じであり、夜遅くに押し掛ける事態にならなかった点は救いと言って良いだろう。
とは言えアポイントメントも何もない状況下で急にやって来た事に変わりはなく、シュレフォルンは最初こそエンペル・ギア受付嬢に追い返されそうになった。だがその時奇跡に近い出来事が起こったのだ。
その日の会談を終えたエンペル・ギア総帥が偶然にもその場を通りがかり、シュレフォルンの存在に気付いたのである。
同じWPUの一人として彼を認識しているが故に、何か異常事態を察し、彼女は特別に部屋へ通すよう指示を出した。WPUの人間が今日アルカナ・ヘヴンを訪れる予定が無い事を把握しているのもあり、急にエンペル・ギアへやって来たからにはそれ相応の事が起きているのだと思ったのだろう。
その結果受付で手続きを済ませたシュレフォルンは、今こうしてエレベーターに乗る事ができ、この世界のトップの部屋へと向かっている訳だ。
「 (……あの人、圧が凄いから苦手な方なんだよなぁ。正直会いたくないけど今はそんな事言ってる場合じゃないよな。こうしてる間にもシアは苦しんでるんだから……) 」
そんな事を考えているといつの間にかエレベーターは総帥の部屋がある階へと着き、扉が開く。
早歩きで総帥の部屋の扉の前まで歩いて行ったシュレフォルンは、深呼吸を一つしてからノックをした。
「失礼します」
中に入ったシュレフォルンは、大きなデスクに座り、書類に目を通している女性の前まで歩みを進めた。
「……」
「……」
やがて手を伸ばせばデスクに届きそうな位置でシュレフォルンは止まり、お互いに数秒ほど無言状態を継続させる。
彼の目の前に座る女性は一切の冗談が通じなさそうな仏頂面をしていた。今が特別不機嫌という訳ではなく、彼女は常にこうなのだ。
ハーフアップのストレートロングヘアをしており、その色は綺麗な朱色で染められていた。爪はミルキーピンクの可愛らしい色でコーティングされ、美意識は持ち合わせている事が窺える。
かなりの美人ではあるのだが、目力が強く笑顔という概念が存在していなさそうな圧と雰囲気で彼女の長所の一つである美を台無しにしていそうである。
だが逆にそれが良いと一部界隈では熱狂的な彼女のファンが居るようだ。アルカナ・ヘヴンの歴史上最も美と圧が共存しているトップと言われ、今日に至る。
そんなエンペル・ギア総帥――レギュラオン・カリエンテは、シュレフォルンを睨みながら先に口を開いた。
「まさかお前が連絡も無しに来るとはな。……それで? 一体私に何の用だ。手短に済ませてくれると大変助かるのだがな」
声も決して明るい方ではなく、それが威圧感に拍車をかけていた。
「 (相変わらず怖えって、この人。特にそのキレてるとしか思えない目。笑ったら絶対今より人気出るだろうに。) レギュラオンさん……お願いがあって今日はここに来た。ティナさんを今すぐセレーナに連れて行きたいんだ。瀕死の重傷を負っちまって、彼女の治癒力を必要としている仲間がそこに居る! だから……」
「却下だ」
「秒で返されるとさすがに心が折れるんだが?」
「彼女は今夢ノ籠の仕事で手が空いていない。申し訳無いが他の世界の優秀な治癒者を当たれ。以上だ。お引き取り願おう」
取り付く島もないという言葉がこれほどしっくりくるのもなかなかに珍しい。




