第73話
「分かりました。それではこちらの事は私に任せて、シュレくんはアルカナ・ヘヴンへと向かってください。テトラさんには私の方から状況を伝えておきます。さすがにレイクネスの件は彼女に伝えておいた方が良いと思うので。もしかしたら既にゲーテに接触している可能性もありますしね。彼女がWPUの人間だとバレたら面倒な事に発展しかねません」
「悪いな。それじゃあよろしく頼んだぜ。クオリネが居ない所を見ると、別の場所か異世界に転移したんだな。つまり世界地図は……よし、使えそうだ」
そう言うとシュレフォルンは、数秒後にはその姿を消した。
司の住む世界であるアルカナ・ヘヴンへと転移したのだろう。状況を伝え、シアの治療をお願いする為に。
「シアさん。辛いでしょうけど、もう少し頑張ってください……!」
「……ぅ……ん……ぁぃぁ……ぉぅ……」
必死に笑顔を作ってお礼を言う彼女を見た氷雨は胸が締め付けられそうになった。
「もう喋っちゃダメです! シュレくんがきっとティナさんを連れて来ます。それまで私が側に居ます。絶対に離れませんから!」
氷雨の言葉に安心感を得た九尾猫は一度目を閉じて、ただ呼吸を繰り返す。先ほどまではそれだけでも辛いものだったが、氷雨が近くに居るという事実は彼女に大きな安らぎを与えた。
「 (正直見ているだけで泣きそうです。少しでも気を紛らわせないと……。そうだ、テトラさんにレイクネスの件を伝えましょう……) 」
ずっとシアの事を考えていると悲しみの感情に押し潰されそうになった氷雨は、半ば逃避目的でテトラへの連絡を行おうと通信機器を取り出した。
もう遅い時間になっている。氷雨はリバーシ加入試験のスケジュールを把握している訳では無いが、時間的に寝ている可能性は普通にあった。
「さすがにもう寝てますかね……」
なかなかテトラが出ない事に対してそんな諦めの気持ちが湧いた時であった。テトラが幸運にも出てくれたのだ。
「もしもし? どうしたの、氷雨さん。こんな時間に」
「……! テトラさん……良かったです、出てくれて。すみません、夜遅くに。今何してましたか? お話があるのですが大丈夫ですか?」
一応リバーシ加入試験に参加している他参加者は、通信機器を含めた貴重品を事前に預けているのだが、テトラはWPUの人間だ。
何かあった時の為にと彼女だけは特例として持つ事を許可されている。当然試験を有利に進める為に利用する事は禁じられているが、今のような緊急事態が発生した場合は使用可にするとエンペル・ギア総帥から言われていた。
「今は試験参加者用の個室で休んでたところだよ。でもお話くらいなら大丈夫。えっと、一体何があったの? ……あ……! もしかして何か緊急事態?」
テトラの事情は氷雨たちも熟知している。それなのに氷雨はテトラに連絡を取ろうとしたのだ。必然、何かあったのだと察したテトラの声が変わった。
そして変わったのは声だけでは無い。氷雨には見えていないが、顔つきも司に見せる年相応のそれではなく、世界を駆け巡るWPUの顔になっている。完全にスイッチを切り替えたと言って良いだろう。
「その通りです。何が起きたのか、順番に話しますね」
氷雨はこの場所にやって来てから今に至るまでの出来事を全てテトラに共有した。
「……。状況は分かったよ。それで、その……えっと、シアちゃんは無事なの?」
やはりそこが一番気になるのだろう。テトラは心配しながらその事を訊く。
「無事……とは言えないですね。ですがまだ息はありますし、原異生物の生命力は私たちのそれとは比べものにならないと聞きます。何もしてあげられないのは悔しいですが、今はとにかくティナさんの到着を待つしかありません」
「……うん、そうだね……。……。シアちゃん……」
仲間であると同時に大切な友達でもあるシアの容態を聞いたテトラは沈み切っている。
「あの。あなたの方は大丈夫なんですか? 先ほどシャックスの話をした時に、驚いた様子で言っていましたよね。ゲーテさんが? って」




