第72話
燃えるような痛みと朦朧とする意識の中、九尾猫が死を覚悟したその時である。
「シアさん!」
「……ぇ……」
この姿の時でも彼女をシアと呼んでくれる人は限られる。
「シア!」
今にも閉じそうな目を必死に開けた九尾猫は、その声の主二人を見る。瞳に映ったのは心配そうな表情で駆けつけてくれた氷雨とシュレフォルンであった。
「 (何で……ああ、そっか。さっきの爆発が大きすぎて、二人の氷を溶かしたんだ。しかもクオリネの來冥力でできた氷が防護服の役目を果たして二人とも無事なんだ……) 」
クオリネにとっては皮肉な事に、その高すぎる來冥力が逆に氷雨とシュレフォルンの安全を確保してしまったのだ。更にあの凍結には凍らせる以外の役目は無いのか、二人とも目立った怪我は負っていないようである。
少なくともシアを探す為に走り回り、大声を出す事が可能なくらいには元気なのだろう。
「……ぉぁっぁ……」
二人が無事だった事に安堵した九尾猫は「良かった」と口にするが、言葉を声に出そうとすると母音が微かに聞こえる程度で終わってしまう。
「大丈夫ですか、シアさん!」
やがて九尾猫の近くまで走って来た二人は、その変わり果てた姿に驚愕する。そして思わず九尾猫の体に触ろうとした氷雨の手首をシュレフォルンが掴んで止めた。
「触らない方が良い。この怪我だ……きっと触られただけで想像を絶する痛みが広がるに決まってる」
「……そう、ですね。すみません」
冷静に状況を分析したシュレフォルンのおかげで、氷雨は無駄にシアを傷付けずに済んだ。その事に内心少しホッとするも、すぐにそんな暇は無いと自分に言い聞かす。
そしてこれからの事についてシュレフォルンと打ち合わせを始めた。
本音は早くシアを治療したいに決まっているのだが、焦っても何も良い事は無い。今は少しでも冷静に今後の動きについて明確化しておくべき場面だろう。
「どうしますか? 私もあなたも回復手段は持ち合わせていないでしょう。それに仮に使えたとして、このレベルの怪我を治せるにはかなりの來冥力が必要です。何が起きたのかは分かりませんが、この辺りを一掃し、シアさんにここまでのダメージを与えられるとなると、ある程度発生した現象は限られてきます。考えられる可能性としては絶大な來冥力同士が激突した事によって大爆発が起き、それに巻き込まれた……とかですね」
さすがは研究者と言うべきか、冷静な思考を取り戻してしまえばその分析力は目を見張るものがある。
「ああ。お互いの凄まじい來冥力同士がぶつかり合った事で発生した爆発……その破壊力は計り知れないだろうぜ。これほどの重症を治す為には……そうだな……ティナさんの力を借りるしかない」
今の九尾猫を治せる存在に心当たりがあるのか、シュレフォルンは一人の來冥者の名前を口にする。氷雨も知っている人なのか、その名前に対して分かりやすいくらいに反応を示した。
「……! ティナさんって……チーム『黎園』の、ですか?」
「そうだ。アルカナ・ヘヴン五大機関の一つ『夢ノ籠』の院長であり、WPUナンバーワンの治癒能力者――彼女だったら、きっと治せるはずだ」
夢ノ籠。アルカナ・ヘヴン五大機関の一つであり、医療や保健方面を専門とする機関だ。その機関のトップ――院長を務めているのがティナという名の女性であり、WPUの一員という顔も持っていた。
シュレフォルンたちとの邂逅で司も知っている事実だが、アルカナ・ヘヴンの五大機関の各トップは全員がWPUの人間であり、そして彼ら五人が一つのチームとして結成されている。
そのチームの名前が恐らく『黎園』なのだろう。
「しかし協力してくれるでしょうか。ティナさんの協力を仰ぐ為には、まず黎園のリーダーであるあの人に状況を伝えて許可をもらわないと……」
「分かってる。俺は今からアルカナ・ヘヴンに行って状況を伝えて来る! 氷雨はここに残ってシアを見守っていてくれ! 正直ゲーテやレイクネスの方も気になるが、試験会場にはテトラが居る。それにこっちから何か仕掛けでもしない限り、ゲーテはエンペル・ギア職員としての仕事を、レイクネスはボディーガードとしての仕事をただこなすだけだろ? 一旦は危険が無いと判断しても良いはずだ」
今は一分一秒が惜しい。そう思ったシュレフォルンは早口で捲くし立てた。




