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第71話

「……ぁ……ぅぁ……」


 全身に大ダメージを負い、満足に声を出す事すらできない九尾猫は瀕死の重傷と言っていいレベルだった。地面に横たわり、必死に息をして地獄の苦しみに耐えている。


 戦闘前の綺麗な毛並みはボロボロになっており、至る所が焼けただれている。それでもまだ息があるのは、彼女の中にある全來冥力を原異生物として備わっている元々の耐久力に上乗せする事が間一髪でできた事に他ならない。


 原異生物の中ではトップクラスの実力を誇るWPUの彼女が全力で防御を行っても、ここまでの重傷を負ったのだ。先ほどの炎と氷の衝突による爆発がいかに大規模なものだったかが窺える。


 余談だがクオリネは九尾猫が九つの炎の塊を集めて太陽を形成する前に、その九つの炎一つ一つを凍らせる事に成功させていた。


 あの時、彼女は本来発生するはずであった水蒸気爆発を自身の來冥力で氷塊の中に抑え込んでいたのだ。


 もしも九尾猫がその事に気付けていたのなら、クオリネに一矢報いる為だけの戦闘続行は選んでいなかったのかも知れない。そのレベルの來冥力を余裕で出せる彼女が少しでも攻撃態勢を見せたら、太陽のような炎の塊にどんな攻撃手段を用いるか予想くらいはできたはずなのだから。


 完全にクオリネの実力を見誤っていた。九尾猫の最大の痛手はその点に尽きるだろう。


「……」


 気が付いたらクオリネが九尾猫の近くまでやって来て、無言で見下ろしていた。彼女にとって数百メートル程度の距離の移動など一瞬なのである。


 ここで驚くべきポイントはあの爆発に巻き込まれたのはクオリネも同じなのに、その体は無傷で済んでいる点。透き通るようなその美しい肌には傷や火傷は一切確認できない。


 防御面も九尾猫を遥かに上回っているとしか思えない。


「あーあ。可哀想に。こんなになっちゃって」


 そう言ったクオリネはしゃがみ込み、指を霜で纏わせる。


「えい」


 そして軽く数回、九尾猫の頬をその指で突っついた。


「……っ……! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙――ッ!」


 もはや風が肌をなぞるだけで激痛が走る今の彼女にとって、クオリネのその行動は失禁レベルの強烈な痛みとなって九尾猫を襲う。


「……」


 耳をつんざくような悲鳴を聞いたクオリネは、少ししてから興味が無くなったかのように立ち上がり、彼女に背を向けた。


「あなたの目の前に立っている人がレイクネスじゃなくて良かったね。彼女だったら今のあなたの姿とその声に興奮して、多分一晩中拷問染みた事すると思うよ。まぁ私にそんな悪趣味は無いし、これでバイバイさせてもらうねー」


 それで終わりかと思ったが、最後にクオリネは九尾猫に対して称賛の声を送った。


「あ、そうだ。あなた、本当に強かったよ。あと何年かすれば、界庭羅船と対等に戦えるようになるかも知れないね。それじゃーねー」


 どうやら九尾猫に対して言いたい事は全部話したのだろう。


 クオリネは元の姿へと戻ってから、世界地図を使ってこの世界から別の世界へと転移を果たした。クオリネがどこに転移したのかは彼女自身にしか分からない。


 ひとまず脅威となる存在が一人この世界から消えたという意味では喜ばしい事ではあるのだが、その事を喜べる余裕のある者は、この場所には一人も居なかった。


「 (熱い……痛い……痛いよ……私……このまま死ぬのかな……) 」


 痛みと言うよりは誰にも看取られず一人寂しく死ぬ事への恐怖が沸き上がり、思わず涙を流してしまった。


「 (あはは……私……弱くなったなぁ……昔は一人で死ぬ事なんて怖くなかったのに……) 」


 生きるか死ぬかの日々を送っていた原異生物時代、死が常に隣り合わせだったが故に死に対する恐怖心はそこまで大きくは無かった。


 だが今は違う。命懸けの戦いをする事は当然あるが、それでも失いたくない時間や友達が多くできた事によって、それらが無になってしまう死に対して恐れを抱くようになってしまった。

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