第67話
一切の呼吸の乱れを感じさせないクオリネは余裕綽々といった様子だ。
彼女の表情や声色にほんの少しでも動揺を宿らせる事ができれば、それだけその対戦相手の実力が高い事の証明へと繋がるのだが、残念な事に今のクオリネにはそんな様子は微塵も感じられない。
原異生物の力を振るうWPUの一人を相手にしているにも拘らず、ここまでの余裕を見せるクオリネはさすが開花適応レベル4の來冥者と言ったところだろう。
エンペル・ギアが一般來冥者を開花適応させる為、リバーシ加入試験会場をこの世界にしているという事はセレーナの世界レベルは1だ。つまり來冥漂渦の量は比較的少ない方であり、解放可能な來冥力はいくらか制限されているはずなのだが、それでもこの戦闘力を誇るクオリネが本気を出せたらどうなるか。もはや想像すらできない領域だ。
しかしこの場において常軌を逸した強さを持っているのはクオリネだけではない。彼女はその事をすぐ知る事になる。
「……」
絶体絶命の状況下の中、それでも慌てたり焦る様子を九尾猫は見せない。
生きるか死ぬかの生存戦争を勝ち抜いた彼女にとって、こんなものはピンチでも何でも無かった。忌み嫌う記憶として心身に刻まれているが、それでもWPUとして界庭羅船を追う身となった今では、かつての日々が貴重な経験値となって蓄えられている事に感謝する時もある。
今がまさにその時だ。
「すぅー……はぁー……あああアアアアアアあああアア……ッ!」
深呼吸一つ入れた直後、獣の咆哮と人間が気合を入れる時の発声を足して二で割ったかのような声を上げた九尾猫は、凍結状態の尻尾に熱を送り出す。やがてそれはマグマのように熱い灼熱の尾へと変化し、クオリネの氷を溶かす事に成功した。
「はぁ、はぁ……」
相当量の來冥力と体力が必要だったのか、九尾猫は随分と苦しそうだ。
「ふぅん……凄いね、あなた。これはちょっとだけ本気出しても良さそう」
「……っ……!」
どうやら原異生物『九尾猫』に対する評価を改めたクオリネは、先ほどまでの戦闘ではかなり手を抜いていたのだと分かるレベルで動きが変わった。
「頑張って防いでねー」
文字通り一瞬でも気を抜いたり意識が逸れたら反応できないくらいの高速移動を披露したクオリネは、九尾猫に対して近接戦闘を仕掛ける。
目にも止まらぬ速度で冷気と來冥力の合算斬撃を、九尾猫に対して次々とお見舞いしていった。
体感的に最低二倍は動きの速いその連続攻撃に九尾猫は防ぐだけで精一杯だ。灼熱の尻尾をそのまま振るい、何とか防御に成功している。
それでも何回かは斬撃を食らってしまい、着実にダメージが蓄積されていっているのを感じた。驚きなのがクオリネの攻撃は剣一本に対して九尾猫の武器である尻尾は九つである為に数的有利は九尾猫の方が上であるのだが、それでもクオリネの方が何倍も押している点だ。
火力もそうだが何よりも攻撃速度に決定的な差がある事を嫌でも痛感させられてしまう。
開花適応レベル4は神の領域に片足を突っ込んでいる世界だ。そんな人間を相手にすれば必然的にこうなるだろう。
しかし全くチャンスが無い訳では無い。
クオリネは動きが変わる直前に確かに言った。少しだけ本気を出しても良いと。
つまりこの状態でもクオリネは今本気を出していないのだ。ならば彼女の中にまだ慢心がある状態の今であれば、その隙を突いて大ダメージを与えられるかも知れない。
そう考えた九尾猫は不意打ちにも似た噛み付きによってクオリネの剣撃を止めた。反撃のスタートを切る為には、まずは彼女の攻撃を一旦止める必要があるからだ。




