第64話
こうなった以上、もう戦うしかないのかとシュレフォルンと氷雨が覚悟を決めていた時であった。
「……」
妙に落ち着いた様子のシアは一歩、二歩と前に進み、二人の前に立つ。まるで二人を守るかのように。
「……思い出すなぁ」
「……?」
急にそんな事を言い出したシアに対して、クオリネは小首を傾げる。
「あのゴミみたいな世界に居た時は毎日がこんな感じだったよ。生き延びられるか、それとも今日死ぬのか……それだけを考えながら毎日生きてきた。ホントに……私は悲しいよ。もっと幸せな思い出や記憶に懐かしさを覚えたかったのにさぁ!」
「……!」
口角を上げ、ニヤリと笑ったシアの目は獲物を地の果てまででも追ってやるというハンターのように鋭く、ギラついていた。
その豹変ぶりにはさすがのクオリネも、ほんの一瞬だけ面食らったように見えた。
「前に焔帝竜から聞いたよ。あなたの開花適応レベルを。レベル4でしょ? 凄いよね~。原異生物なんかより、ずーっと化け物じゃん」
開花適応レベル4。開花適応者の最高到達点がレベル5であり、それはもう神の領域となっている。人類が到達する事はまず不可能とされているが、レベル4までであればほんの一握りの怪物が辿り着ける世界なのだ。
そして界庭羅船トップ3の三名はレベル4の開花適応者として知られている。仮に他のメンバーを倒せたとしても、最後の壁は絶対に乗り越える事ができないとされ、これもまた人々に絶望を与えている所以なのである。
普通そんな人間を目の当たりにすれば恐怖で動けなくなるものであるが、シアは今本当に愉しそうな笑みを浮かべていた。
それは空元気なのか本当に心の底から沸き上がる感情なのかクオリネには分からない。
だが彼女と長い間一緒に活動してきたシュレフォルンと氷雨には分かる。生死を賭けた戦いを想起させる今この瞬間、シアは原異生物としての血が騒ぎ、アドレナリンが大量に放出されている事に。
彼女のこの興奮した様子は、強がりでも何でもなく、心からのものであるのだ。
皮肉な話だがどれだけ原異生物を忌み嫌おうと、その本能には逆らえないという事なのだろう。
「ふーん。私を前にして恐怖どころか愉しそうに笑うだなんてね。言っておくけれどね?」
クオリネの凍てつくような目の鋭さが増し、心なしか冷気が目から発せられたかのような錯覚に陥った瞬間、シュレフォルンと氷雨の全身が凍りつき、あっという間に二体の氷像が完成してしまった。
クオリネに遠く及ばない來冥者にとって、反応速度や反射神経という概念はあまりにも無力な武器になってしまうという事なのだろう。
二人にしてみれば何が起きたのかを理解するよりも先に氷の中に閉じ込められたかのような感じだ。もっとも、意識や感覚、來冥力すらも凍結されている今はその認識すらも行えない状況な訳だが。
こうして見ると司と戦った時にクオリネは相当手加減していた事が窺える。
「開花適応レベル4は化け物だなんて安っぽい言葉で表現できる存在じゃないよ。あなたが原異生物同士の生存競争で勝ち抜いた強者だとしても、私には絶対に勝てない」
「……」
クオリネを纏う來冥力と冷気が強まり、シアは悟る。
目の前に立っているこの少女を、シュレフォルンや氷雨と同じ種族だと認識してはいけないと。
これまでの常識が一切通用しない別生命体。まさに異世界人と呼ぶに相応しい。




