第58話
クオリネの飄々としている感じはこの頃であっても変わらないみたいだ。界庭羅船であるという事実を抜きにしても、一人の來冥者として何故か油断できない。そんな雰囲気が彼女にはあった。
シアは本名と捉えて問題無いその名前を聞き、眉をひそめる。
「……その名前で呼ばれたのは久し振りかな。ひぃちゃんたちに自己紹介した時は自分で名乗ったけど、誰かにそう呼ばれる事はそれ以降無かったから」
「人間の世界に馴染んでる証拠なんじゃないの? お爺ちゃんと同じでさ」
「あんな奴と一緒にしないで。焔帝竜の仲間であれば知ってるでしょ。あいつのやり方を」
いつものふざけた空気を一切出さないシアは、完全に真面目モードだ。原異生物時代の自分を思い出しているのか、その表情と声には怒りが隠し切れていない。
「独裁者。恐怖政治。殺戮。戦争。支配。弱肉強食。……あの世界での生活を構成する言葉だよ。血の臭いを嗅がなかった日は無いし、頻繁に耳に届く絶叫を聞いて、誰かが殺された事を悟る……そんな日が毎日続いた。ホント……思い出しただけで反吐が出る」
シアの目つきが一層鋭くなる。彼女のその変わり様だけで、当時の生活の地獄さが如何ほどのものだったか想像に難くない。
対してクオリネはシアとは真逆に無感情な声で言葉を返した。
「ふぅん。皮肉だね。焔帝竜や彼が支配していた世界に激しい憎悪を抱いているあなたが、焔帝竜のお気に入りだなんて」
「……! (シアさんが、焔帝竜のお気に入り?) 」
「 (そんな話聞いた事無いぞ) 」
氷雨とシュレフォルンは驚きの目でシアを見つめる。彼女から原異生物の話を聞いた時、そのような内容は話題に出なかった。
シアが自覚していなかっただけとも考えられるが、彼女の様子からしてそれは無いだろう。恐らく本気で忌むべき事実として認識しているが故に、無意識下でその情報を口にするのを避けてしまったのだ。
「……」
「あれ? 黙っちゃってどうしたの? もしかして本当に触れられたくない事だった?」
いつの間にかシュレフォルンたちの10メートルほど前まで来ていたクオリネは、冷たい目をシアに向ける。
「……焔帝竜のお気に入りって事は、それだけ多くの同胞を殺し、生存戦争を勝ち抜いたって事なんだよ。そんなの、何も嬉しくない。あんな奴の寵愛なんて、この世で最も価値が無いものだよ」
シアの言葉にシュレフォルンと氷雨は、彼女が焔帝竜のお気に入りになってしまった事にどこか納得してしまった。
弱肉強食の世界を好み、恐怖によって支配し続けた原異生物の王『焔帝竜』がどんな存在を自身の寵愛枠として側に置きたいと考えるか。
そんな事考えるまでも無い。焔帝竜に従順な強者。それが答えだ。
原異生物の王であると同時に界庭羅船ナンバー2である事を考えると、焔帝竜の強さは計り知れない。いかにシアが強くても、憎悪を抱いていても、彼に逆らったら惨殺される恐怖には打ち勝てなかったのだろう。
それは人間、原異生物問わず一人の生命体として当然の感情だ。だがその結果生まれてしまったのが、焔帝竜に服従する最上位クラスの原異生物という存在だ。
「自分のお気に入りにそこまで言われちゃうなんてね。お爺ちゃんかわいそー」
「あいつに可愛がられて喜ぶ原異生物は、本当に一握りしか居ないよ。私と一緒に戦いを勝ち抜いた親友も、同じく寵愛を受けてたけど、心身共に限界がきてたしね。まぁ私と同じくあの世界から逃げれたから、今は幸せな人生を歩んでいるだろうけどね」
「うん。お爺ちゃんから聞いた。その日は原異生物同士の戦いが特に熾烈を極めていて、あなたとそのお友達は、絶命寸前まで追いやられていた。これまで長い間勝ち続けていた二人……いや、二匹もこれでようやく地獄の人生から解放される……そんな時に世界地図を所有した一人の來冥者があの世界にやって来て、その人と一緒にどこかの世界に転移したんでしょ? その來冥者が誰なのか、お爺ちゃんは知ってそうだったけど、教えてくれないんだよね。あなたも多分、意識が朦朧としてただろうから誰に助けてもらったかは覚えていないんじゃないかな」
「……」
「そして察するに、あなたはその後WPUと出会い、そのまま加入したって流れでしょ? ちなみにもう片方のお友達の方は、あなたと同じくらいの年齢の女の子だったよね。ええっと、名前は何だったかな……確か……」
クオリネはシアの友達の原異生物名を思い出そうとしていた。




