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第57話

「 (……原異生物……人語を話し、各々がその見た目を人の姿に変える事が可能な……バケモノ……) 」


 自分に好意を向けてくれる大切な仲間を心の中とは言えそんな風に言いたくなかった氷雨は、最後の四文字のワードを浮かべてしまった事に強烈な抵抗と罪悪感を覚えた。


 その生物に関する知識はシアから教えてもらった事のみ氷雨の脳内に存在している。彼女は専門分野以外も幅広く知識を吸収している博学な人であるが、原異生物については本当に基礎的な部分しか把握できていないのだ。


 知識欲が高い氷雨にしては珍しいが、それには明確な理由があった。と言うのも原異生物について情報を知る手段は非常に限られているのだ。


 実際に原異生物と知り合いになって話を聞くという事が最も現実的な情報収集方法であり、現在の氷雨のようにシアから聞いた事しか知識を得ていない状況は至って自然な事である。


「……」


「ねぇひぃちゃん」


「……! 何ですか?」


 氷雨は原異生物について考えていた事を悟られたくなくて、思わず動揺した声でシアの呼び掛けに反応してしまった。


「もしかしてだけど、私の事考えてた~? 原異生物について色々教えてあげた時と同じ顔してるよっ」


「……隠しても無駄ですし、ここは正直に肯定しておきます」


「きゃはっ! 相変わらずメンドくさい答え方! ……それで、何考えてたの?」


 シアは純粋無垢な美しい瞳を氷雨に向ける。氷雨がその質問にどんな答えを返しても受け入れてくれそうな目だった。


「あなたが期待しているような面白い事は考えていませんよ。ただこうしてあなたに触れていると本当に私たちと同じ人間にしか見えないな、と改めて思っただけです」


「そっか。私もね? 時々思うんだ。ひぃちゃんやシュレくん、仁さん、テトちゃんに会えて、本当に良かったなって。じゃなきゃ私は……」


 そこで言葉を一旦止めたシアは、いつもの彼女からは想像できないくらいに悲しさと辛さが入り混じった表情でその先を口にした。


「あの世界で一生……『あいつ』に怯えながら孤独に生きていたと思うから……」


「……」


「なーんてねっ! 私にシリアスな雰囲気なんて似合わないよね~」


 話題が話題なだけにどうしても空気は重くなってしまうが、それでもシアは少しでも場を明るくしようと振る舞った。


「シアさん。あなたに嫌な事を思い出させるのは申し訳無いのですが、確かあなたたちを従えていた原異生物の王は……」


 氷雨は自分の記憶が間違っていない事を確かめる為に、ある質問をしようとした。


 だが彼女が全てを言い終わる前に。そしてシアが答える前に。


 落ち着きを感じられる透き通った綺麗な声が、彼女たちの会話に割って入った。


「『焔帝竜(えんていりゅう)』。原異生物の王であり、そして――界庭羅船ナンバー2の怪物」


「「「ッ!」」」


 それはあまりにも突然すぎる登場だった。


 いつから氷雨とシアの会話を聞いていたかは不明だが、廃墟の中からテトラと同じくらいの年齢の少女が姿を現したのだ。


 まだ若干の幼さを残してはいるが、面影は確かにある。もっとも二年半くらいで大きな容姿の変化はある訳も無いのだが。


 そこに居たのは間違いなく界庭羅船の一人、クオリネだった。


「クオリネ……! (こいつ一人か? レイクネスが居ないのは気になるが……クソ! こっちが先にこいつらの事を見つけて探りを入れるつもりだったのに……!) 」


 シュレフォルンは警戒心を一気に最大まで上げ、いつでも応じられるように心構えをしておく。氷雨とシアも一旦腕を組むのを止め、お互いが動きやすい状態へと戻した。


 そんな中彼らとは対照的に随分と落ち着いた様子でクオリネは一歩ずつ前へと進み、距離を縮めていく。クオリネの視線の先に居るのはシアだ。興味深いものを見るような目で見つめ、その小さな口を開いて話し掛けた。


「あなたの事はお爺ちゃん……ああ、お爺ちゃんっていうのは焔帝竜の事ね。彼から聞いてるよ。原異生物としての名前は『九尾猫(きゅうびねこ)』……でしょ? そして今はWPUのシアで通ってるんだっけ? 結構良い名前で第二の人生を歩んでいるんだね。うん。幸せそうで何より何より」

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