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第36話

 チップの基本的な仕様を理解した事で次はその残高の使い道が気になった司は、緊張しながら質問を口にした。


「そのチップの残高って何に使うの? 試験前に現金を含めて貴重品の類はエンペル・ギアに預けたし、この試験においてお金って無価値だと思ってるんだけど……」


「仰る通りです。こちらのチップの残高は言ってしまえばただのデータ。これに金銭的な価値はありませんし、最後に現金と交換といった事も御座いません」


 彼の発言は大体予想していた通りであった。残高は一言で言えば今回の試験期間内だけで通用する仮想通貨のようなものなのだろう。


「では何に使うのか? これは脱出の過程で使用します」


「……! 脱出の過程……」


 テトラがそのワードを繰り返す。


 まさかカジノ勝負以外の所で、それも金銭的な利用方法とは無関係な方向で重要な意味を握る代物とは思っていなかったのだ。


 最初こそただの息抜き程度だと考えていたが、どうやら試験に合格する上で必要不可欠な要素になっているみたいである。このカジノに参加しない事、もしくは負けてしまう事は、そのままイコール試験の不合格に繋がってしまう訳だ。


「はい。具体的にどのように使うのか、という部分に関しましてはさすがにお答えできませんがね」


 微笑みながら話す男性ディーラー。回答を知っているのに話せないもどかしさはあるのだろうが、それを表情に出さない辺りはプロと言える。


「あの。このチップを失くした場合は? 結構小さいし、失くすリスクもあるでしょ?」


 司は気になっていた部分を質問する。


 この試験における生命線と言ってもいいチップのサイズは小さい。普段から持ち歩くにしても無くしてしまう危険がある。その辺りの管理能力も求められそうではあるが、万が一の時はどのような対応がされるのか。司はその点に疑問を感じた。


「申請していただければ一度きりという回数制限はありますが再発行いたします。その際の残高は元々の半分となります。小数点以下は切り捨ての為、残高501の状態でチップを紛失した場合、250で再発行されるという事ですね。お渡しするチップは参加者情報と紐付けされますので、誰にどのチップが配られたかはこちら側で分かるようになっております。その際に残高はもちろん、いつ、どの程度増減したのかまで正確に割り出せるようにプログラムされておりますので、引き継ぎに関してはご安心を」


 残高の半分を失ってしまうのは痛いが、再発行しくれるだけでも良心的だろう。


 意外にも優しい対応を取ってくれる事に司とテトラは少しだけ気持ちが軽くなった。


「さて。これにて説明は以上となります。カジノではチップ一枚を賭け対象として提出する事、勝敗によってチップ内部の残高データが増減する事、チップの再発行は可能ですが発行時は元の残高の半分になってしまう事……お伝えすべき内容は全てお教えしましたが、お二人から質問はありますか?」


 その問いに司とテトラは得た情報を頭の中で整理し、何か訊くべき事はないかと考え始める。こうしている間にも他参加者が自身の残高を稼いでいる訳だが、ここで焦ってはならない。


 やがてテトラの方は何も思い付かなかったのか、スッキリした様子で男性ディーラーに軽く頭を下げた。


「私は特にありません。ご丁寧にありがとうございました!」


「いえいえ。これが私の仕事の一つですので。そちらの少年はどうですか?」


「僕も特には」


 何か複雑なルールが細かく設けられているのかと若干身構えていたが、そんな事は無かった点に司はひとまずホッとする。


 それに加え脱出方法の糸口を掴んだような気がし、僅かではあるが前へ進んだような気持ちになれたのだ。もっとも、今の説明は全参加者が受ける為に情報面で出し抜いた訳では無いのだが。


 司は質問事項は無いにしろ考えるべき事はあった為、それについて頭を回す。


「 (脱出の過程でチップを使うくらいだし、やっぱりただチップを持ってるだけって状況だと意味無いよね。チップを具体的にどう使うのかは教えてくれなかったけど、いざその時が来た時に残高が足りませんでしたって事態は普通に有り得そう……。カジノへの参加資格を失う事は試験への不合格を実質意味するっていうのは、結構なプレッシャーだな……) 」


「司くん!」


「……! な、何?」


 思考の海に潜っていた司はテトラの声でビクッと肩を震わせ、強制的に現実に戻されてしまった。

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