第116話
テトラは司に事情を説明してゲーテと2人きりで会っていた。
場所はゲーテの部屋の前だ。テトラからすれば嫌な記憶が蘇る場所でもあり、わざわざこの場所を指定してきた辺りゲーテの性格の悪さが垣間見える。
司を含めた他の参加者はカジノに夢中になっている時間帯であり、近くに人影は見当たらなかった。つまり完全に2人きりの状況である。
WPUとして、そして1人の女の子として、今朝と同じ目には絶対に遭わないと強く心に誓ったテトラは警戒心を極限まで高めている。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、ゲーテは最早彼のデフォルト表情と言って差し支えないいつものニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「ふふふ。約束通り来てくれましたねぇテトラさん。あんな事をした後ですし、会ってくれないかと思いましたよ」
「本音はそうだよ。でもみんなの命が掛かっている以上、そういう訳にもいかないから」
「さすがWPUですねぇ。強い心をお持ちのようだ。たった半日で心の傷も癒すとは」
「っ……ふざけないで! そんな簡単に癒える訳無いでしょ! 正直もう顔だって見たくないんだから!」
「おやおや。随分と嫌われましたねぇ僕も。悲しいですよ」
どこまで本気で言っているのか分からない不気味さがこの男にはある。どれだけ腹の内を探ろうとしても目に映るのは霧に包まれたシルエットだけとなり、正確に姿を視認できない感覚だ。
「まぁおふざけはこの辺にしておきましょう。僕は今、言わば仕事を抜け出しているようなものですからねぇ。あまり長く職務放棄してしまうと怒られてしまいます。あなたもカジノで残高を稼ぎたいでしょうし、早速本題に移りましょう」
一応この試験が続く間はエンペル・ギア側の人間として働くつもりではあるようだ。
ゲーテはテトラが頷くよりも早く、今朝した要求と全く同じ内容を口にした。
「僕の監視を止めて頂きたい。このお願い……受け入れてくれますか?」
「……」
この時、テトラは内心心臓がバクバクだった。もしもシュレフォルンたちの潜入と同じく今回の作戦が実は既にバレていたらと考えると、こちら側が打つ手は全て彼からすればお見通しなのではと思えてしまうからだ。
とは言えここで断る選択だけは有り得ない。そもそも作戦では一旦ゲーテの要求を呑み込んで、実際にシュレフォルンたちによる監視を止める流れなのだ。
レイクネスを暴れさせない為にも彼のお願いには首を縦に振る以外許されない。
「良いよ。参加者の安全を約束してくれるなら、監視は止めにする。と言うかあなたからそう言われた後からは、もうずっと監視させてないしね。気付いてるでしょ?」
「ふふふ。あなた方ならそう言うと思ってましたよ。やはりレイクネス……いや、界庭羅船の影響力は計り知れないですねぇ。まぁとにかく素直に感謝しますよ。約束します、会場の皆さんを危険な目には絶対に遭わせないとね。……そちらが約束を破らない限りは」
意味深にそう言ったゲーテはテトラに背を向けて歩き出した。そして彼女に背を向けたまま、今度は内通者として言葉を投げ掛けた。
「今夜のカジノ勝負ですがご武運を祈りますよ、テトラさん。昨日みたいに頭脳と豪運を遺憾なく発揮できると良いですねぇ……」
「……大きなお世話だよ。そっちこそ簡単に見破られないように立ち回れると良いね」
「肝に銘じておきましょう」
それを最後にゲーテは完全にテトラの前から姿を消した。恐らくカジノ会場に向かったのだろう。ここからのゲーテは内通者の仮面を被って行動するはずだ。
「……。……はぁ~~~~~……息が詰まりそう、ホントに……」
緊張の糸がぷつりと切れたテトラは解放感を覚える。また手を出されたらと考えていたテトラは、今回は会話だけで終わってくれた事に一安心した。
しかしすぐにハッとなり、気を引き締める。
「……って、何安心してるの、私。あいつをアンデッドが居る地下空間に誘き出してからが本番なんだから。こんな事で一喜一憂してちゃダメだ」




